滝に勢いがあるので、中途半端な突きではすぐに上肢が垂れた状態になる。颯玄は突きの質を意識しながら気合も放ち、そこら中に響き渡るような状態で続けた。数を数えていたわけではない。自分が納得するまで、という感じでただひたすら突いた。年齢的に体力は問題ないし、これまでの稽古が下地にある。
だが、滝の勢いを背負っての突きだ。道場で行なう場合とは比べ物にならない。それは初めから分かって行なっていることなので、そのことを言い訳にしようという考えは微塵もない。逆にこの条件に打ち勝とうという思いを強く持っていた。
ただ、そういう思いで数をこなしても何も見えてこない。突き以外の技も考えたが、稽古すべきことはいろいろある。今回、1日で帰るつもりはない。この環境の中、先人が感じたところに到達するまで、というところまでの気持ちはないものの、数日はいるつもりだった。天気に問題が無ければという条件はあるが、これは自分では贖えない自然の力という自身にとっての形而上のことと考えているからだ。いくら武術を修行しても、その対抗手段を持たないままであれば、猪武者と同じだ。相手に合わせて対応するということも武術としての考えの一つと理解していた。幸い、ここの水は豊富できれいだ。生活に必要な水はいくらでも周りにある。
「今回は少し長居をするか」
颯玄は心の中でそう思い、滝つぼを出た。
実際、ここで行なう予定の修行は滝行だけではなかった。基本や形についてもしっかり行なうつもりだ。環境を活用し、あえて足場が悪いところで稽古することもあるし、少しでも平坦な場所を見つけたら、そこに応じたこともした。そのためには場所探しも必要なので、滝から少し離れたところにも行った。一人しかいないでさすがに組手は無理だが、周囲の木々を相手に見立て、空手の技を叩き込むといった仮想組手を行なった。
本格的な山籠もりのような稽古というわけではなく、あくまでも精神的な気付きが欲しかったわけだが、少しでも時間を無駄にしたくなかったので、自然にそういうことまで行なっていた。
今回、あえて時計を持ってきていない。時間に縛られることなく、自然の中で自分を見つめ直すということも意図しているからで、感じるというところに力点を置いていた。
夜になると静寂と闇が一緒にやってくる。自身の感覚を全て研ぎ澄まし、周りの状態を全身で感じようとしていた。
それでも全く明かりが無いというのではまずいことがあるということで、灯油を用いる照明器具を持ってきた。だが、燃料はあまりないので、明かりを灯す時間はわずかということになる。普段の生活に慣れていると夜の暗闇は心に堪える。だが、これも修行の一環というつもりで訪れていたので心構えとしてはあったが、実際にこの環境になると多少の心細さはあった。
「古の達人も俺と同じようなことを考えていたんだろうか。もし、そんなことが無かったとしたら、まだまだ俺は未熟ということだろうな。今回、何が得られるか分からないが、自分が決めたことだ。自分の心に正直になり、謙虚に考えよう」