颯玄は20歳になった。サキとの間は何も進展しないまま、颯玄はひたすら修行に打ち込んでいる。この時点では組手を含む稽古全般を行なっており、その時はサキも相手になっている。
サキも入門してからますます腕を上げたが、稽古での組手では1回も颯玄に勝っていない。サキの心には以前よりも颯玄への思いが募っていたが、2人は相変わらず空手仲間という関係から進展していない。あえて違ってきたこととしては、異性というより空手家として親しみが増しているところだろう。最初の頃こそ颯玄は意識的に避けていたが、サキが一生懸命に稽古する様子や、実際に手合わせをする中で空手家同士という点では接近し、稽古の前後では空手談議が増えてきた。
19歳になった頃から颯玄は、祖父から言われたように肉体的な修行だけでなく禅を組んだり、滝に打たれていたりしていた。
滝行の場合、道場から離れている場所になるため、その時は1日中そこに行っている。そこにはサキの姿はない。修行に集中するため、あえて伝えず、突然行くという状態だ。最初の頃は颯玄のその様子に不満を募らせていたサキだが、修行を乱されたくないという颯玄の思いを聞き、今は理解している。
ある日、颯玄は初めて訪れた滝の前にいた。噂では特別な感覚になれるそうでも古の空手家もここで滝に打たれる中で開眼した、という話があるところだ。
「今日は何か感じることができるかもしれない」
そういう期待に心が膨らむ颯玄だったが、その何かについて具体的なものは無い。漠然とした思いだけだった。そのような状態では何か得られることは無いかもしれないが、そのことも含めて悟らせてくれるかもしれないという淡い期待があった。もちろん、何も得られなければそれはそれで今の自分の状態を教えてくれた、ということで納得するつもりだった。
これまでの滝行の場合、その日に内に帰っていたが、今回は野宿するつもりだった。この滝で修行した先人たちのことを耳にしていたこともあるが、誰も訪れないような場所だからこそ、修行には打ってつけという感じだった。二,三日分の食べ物や横になる時の装備も持ってきたが、粗末なものだ。とりあえずのお腹を満たし、寝れれば良い、という感じの軽いものになっている。
颯玄は滝のそばに行き、水が落ちる様子を見ていた。これまで経験した滝よりも水量が多いのは明らかだった。滝つぼに落ちる水しぶきが違っていたのだ。
「これは身体に堪えそうだ」
それが第一印象だった。