颯玄とサキは雨の日を除き、ほぼ毎日、知念の道場に通った。青空道場ゆえだが、稽古時間は他の道場生よりも長く、もともと素質がある2人だから、砂が水を吸い込むように教わったことをどんどん吸収した。
半年ほど経ったころ、知念が言った。
「ここに来てそれなりになったが、そろそろ久米先生のところに戻っても良いだろう。武術は自分で教わったことを繰り返し、その上で自身で磨いていくことが必要だ。わしがこれから教えようとすることは、2人なら自分たちでも気付いていくはずだ。基礎ができていることが条件だが、その上の段階は感性が不可欠になる。この半年、2人の稽古ぶりを見ていたらその点、問題ないと思う。後は久米先生のところでさらに工夫しなさい。もちろん、時々顔を出して、成長ぶりも見せて欲しいが・・・」
知念の顔は優しく微笑んでいた。
颯玄とサキは互いに目を合わせた。
「先生・・・。もっといろいろ教えていただきたいのですが」
2人はほぼ同時に言った。
「うむ、お前たち2人は稀に見る素質を持っている。ある段階まで教えることができるが、その後は自分の気付きが必要になる。その段階に近づいたら、手元から解放し、自ら飛べるようにするのも師の役目だ。久米先生も似たようなことを考えてわしのところに寄こしたと思う。最初からわしのところで稽古していたら、同じようにそれなりの時間、基本から教え、その後、信頼できる先生の元に送り出す。沖縄では他でも行なわれている。もちろん、全員ではないが、お前たち2人は久米先生が見込んだというわけじゃ。その気持ちに応え、成長した姿を久米先生に見せてこい。その様子も聞きたいし、さらに腕が上がった2人の様子また見たい。ここもお前たちが育った道場と考え、いつでも帰ってきなさい」
颯玄とサキは黙って聞いていたが、その心には熱いものがこみ上げていた。
サキの目にはうっすら涙も見える。
ふと、先のほうを見た颯玄はそのことに気付いたが、これまで男勝りの様子しか見ていなかった颯玄の目には別人のように映っていた。
もちろん、知念もサキの様子に気付いていた。
「サキさん、永遠の別れではないし、2人ともずっとわしの弟子じゃ。師弟関係というのは、武術の世界では親子のようなものだ。この絆は切れるものではないので安心しなさい」
その言葉を聞き、今度は颯玄も目に涙を溜めた。
「颯玄、目、変だよ」
サキが言った。首を小さく横に振る颯玄。
「ゴミが入っただけだよ」
知念はその様子を微笑ましく見ており、そして言った。
「今の2人の様子を見ていると、空手家同士というよりも恋人同士のようじゃな。若い時は大いに結構。恋が修行の邪魔といった無粋なことをわしは言うつもりはない。久米先生のところに戻ったら、少しそちらにも気持ちを傾けるのも良いかもしれない。わしが若い頃は稽古もしっかりやったが、その年ごろならではの気持ちも持っていた。だからこそ稽古に打ち込める、ということも経験しているので、本当に2人は良い組み合わせだ」
目を細めながら語る知念を見て、これまで聞いたことが無い話でまた2人は目を合わせ、言葉が出なくなっていた。