その言葉にサキは先ほど同様、鋭い蹴りを放った。知念は前足を斜め前に動かした。そこまでは先ほどと同じだが、知念の右腕はサキの蹴り足を下から掬うような感じで受けた。颯玄はここまでは組手などで使っている技と同じと感じた。掛け試しでも一方の上肢で同様に受け、他方の上肢で膝関節の内側を圧し、弓勢の要領で倒した経験がある。てっきりその技がと思ったが、展開は違った。
颯玄が想像したのは形の動作を解釈例だったが、知念がここで行なったのは掬った上肢をそのまま柔らかく回旋させ、掌をサキの膝関節の内側に置いた。この時の印象はまさしく置いたという表現通りで、そこに変な力みは無かった。その上での動きもまた実に滑らかだった。知念は前足を後方に引きつつ、サキの脚に絡めた上肢を巻き込むような感じで動かし、そのまま地面に倒した。
ゆっくり行なわれたためサキの身体に問題は無かったので、立ち上がってすぐにこの技の感想を口にした。
「一口で言うと、何が何だか分からない内に地面に転がっていた。しっかり受けられたとか、膝関節を強く捻じられたという感じはない。もし何か抵抗していたら膝や股関節を痛めたかもしれないが、自然に倒されたという感じだ」
客観的にその様子を見ていた颯玄の目にもそう映っており、何か魔法にでも掛かっているような動きだった。だが、武術は現実的な世界だ。2人ともこれが達人の技ということを改めて実感していた。
例によって、知念が教えた内容を基に2人で復習することになったが、その際、できた・できないで口論となる。ここしばらくそういう光景が目に付くようになったが、知念はそういう様子を目を細めて見ていた。颯玄の祖父、久米と同じ心境になっているのかもしれない。
一旦稽古に入ると颯玄もサキも周りが見えなくなる。結局この日も最初に教わった技だけで1日が過ぎていった。