そう言われたサキは同様に前蹴りで仕掛けた。もちろん、間合いの意識はさっきと同じだ。
それに対して知念は前足を斜め前に進めた。そのために、サキの前蹴りは知念の腹部の前をすり抜けるような感じで空を切った。
その様子にサキが拍子抜けしたような感じになった。
「サキさん、どういう感じだった?」
「先生の姿が視界から消えた。颯玄の場合、後ろに下がったので視界の中に入ったままだったからか、消えたという感じはなかった」
颯玄はその会話を聞いていたが、同様の運足は組手の時に自分も使っている。だが、今のような感想を聞いたことが無い。そこで颯玄はもう一度サキに蹴ってもらい、今度は同じ運足で対応し、それがどう見えるかサキに尋ねることにした。
サキはこれまではと同様に蹴り、颯玄も斜め前に移動し、蹴りを躱した。客観的に見ていれば、知念と颯玄の動きは同じだ。だが、サキの感想は違っていた。
「颯玄の動きは私の視界から消えなかった。予めどうするかが分かっていたからかもしれないけれど・・・」
「では、もう一度わしに対して蹴ってきなさい」
知念はそう言ってまたサキに蹴らせた。客観的に見ている同じに見える。
「やっぱり、視界から消えた。何故?」
サキは思わずつぶやいたが、その言葉に颯玄も首を傾げていた。
「先生、同じことをやっていて何故違って見えるんですか?」
「武術の技というのは、表面的なところだけを見ていても技にならない。その奥に潜む部分に気付き、そのことと合わせて行なってこそ本当の武技になる。ここは言葉ではなく感じなくてはならないところだが、これは心の問題とも関係する。すぐできるようなことではないので、稽古や戦いの経験を積む中で自ら感じて習得するしかない。今回のことについてわしが言えるは、自然に動いた、ということかな。相手がこう来たからこう動くといったことを頭で考えて行なうのではなく、身体が勝手に動いた、ということだ。だから、こういうことは教えてできるようなことではない。まずは認識できる段階から一つ一つ確実に行ない、数をこなす中でいつの間にかできるようになった、というところまで持って行くことだ。その過程で他にも応用・活用できることはたくさんあるが、そこに気付き、それすらも知らない内に使えるようになったら、それこそ無の境地で戦うことができるだろうな。わしもまだ途上の身、そういう境地を目指して修行中だよ。たぶん、久米先生も同じようなことを言われると思うよ」
颯玄とサキは顔を見合わせ、自分たちにはまだまだ遠い境地であることを感じていた。
「精神論はここまでにして、ここからの一例を紹介しよう。今度は技の内容が分かり易いようにゆっくりやる。でも、攻撃の部分はさっきと同じくしっかり蹴るように」