次の日、颯玄とサキは知念の道場にいた。この日から技を教えてもらうということで、2人の胸は期待で大きく膨らんでいた。
他の道場生もいるが、颯玄とサキは久米から預かっているし、ここでの稽古は初めてということで知念は2人の前に立ち、今日から稽古に入ることを告げ、同時に久米から特に投げや関節技についてしっかり教えて欲しいといった手紙をもらっていることをみんなに告げた。知念は突きや蹴りといった打突系の技の実力についても超一流だ。だが、それよりも得意とする投げや関節技について指導してほしいという依頼なのでそれに応える、といった話をした。
「これから一つ技を見せる。簡単な手解きの技だが、腕力ではなく、全身をうまく使って掴みを外す。颯玄君、わしの両手首を掴んでみなさい」
知念はそう言って颯玄の前に自分の両手首を差し出した。颯玄は言われるままに掴んだ。
「本気で掴むというのはそんなものじゃないだろう。武術の技を学びたいのなら、仕掛ける段階から本気で来なさい。中途半端な仕掛け方では稽古にならない」
最初から厳しい言葉が飛んだ。昨日までの雰囲気とはまるで違う。颯玄とサキの心はこの一言で変わった。改めて掴み直し、知念の顔色を窺った。知念は一瞬笑みを浮かべた。
「では、良いか?」
その言葉が終わるか終わらない内に颯玄の足は瞬間的に宙に浮いた。次の瞬間、颯玄は姿勢を崩し、地面に座り込んだ。瞬間的なことだったので、颯玄には何があったのか分からなかった。予め何かの予備知識があれば別だったかもしれないが、予期しない動きをすることで隙を衝くことができるが、それが武術の技だ。
だが、サキは客観的な立場からその様子を見ていた。そこで知念はサキに尋ねた。
「今の技を見て、どう思う?」
「颯玄が抵抗できなかった。これが実際の戦いで起こったら、姿勢を崩し、地面に膝を着いた時点で攻撃されて負ける。でも、実際の戦いで両手首を掴むとかは無いので、例え技としてはあっても稽古する必要はあるのかと思った」
「サキさんは正直だな。確かに実戦の場で両手首を掴むとか掴まれるということは無いかもしれない。だが、実際の戦いというのはお互いに構えてから始まるだけではない。たぶん2人が考えている戦いというのは掛け試しのような場面だけだろうが、お互いに名乗り合って一礼してから始まるのかな? それこそ実戦では有り得ないことではないのか」