その話に知念の顔を変わった。
「そうか、久米先生には今もそんな・・・」
少し申し訳なさそうになった知念の顔。話はそこで少し止まった。若気の至りと言っても将来に渡って身体に問題を残したことに後悔の念があるようだった。血の気が多い時期ならその時の勢いで少々のことには目を向けないことがあるが、颯玄はそのことが将来に関係することがあるということを改めて知ることとなった。だが、一瞬そう思っても、若さがなせる業なのだろう、話の続きを知りたいと思う気持ちもある。自分だったそういう時どうするだろうといった余裕はそこには無かった。
「・・・久米先生の肘を折った瞬間、勝ったと思い、気が抜けたのか肋骨を折った痛みが身体を襲い、その場所を押さえてその場にうずくまった。もちろん、その時は振り向いて久米先生のほうを向いていたよ。武術家というのは勝負が衝くまで相手から目を離してはいけない、という教えを守ったんだ。並の相手ならそこで戦いは終わったのだろうが、久米先生は折れた肘を押さえながら立ち上がった。まだ負けていない、という意思表示だったのだろう。そうなるとわしも座り込んでいるわけにはいかない。折った肋骨を押さえながら立ち上がったよ。周りから見ると2人ともボロボロの状態だっただろうな。ここまでになれは最初の頃の力感は無い。その時、見ている人の中から”もう良い、戦いを止めなさい”という声がした。とても迫力があり、わしたちは声の方向に目を向けた。武術家然とした人物だった。”わしは島袋という。戦いを見ていたが、これからのことを考えると、これ以上はお互いの身体を壊すだけだ。何も残らない。2人には武術家としての素質がある。将来のため、引きなさい”と言う。わしたちは互いに顔を見合わせた。その時、構えは解いている。すぐ久米先生は表情が変わり、”島袋先生ですか?”と言った。先生という言葉を聞いてわしも思い出した。当時空手の大家と聞いていた名前だったのだ。島袋先生は首を縦に振り、”この勝負、引き分けという裁定ははどうだ。そして2人が納得すれば、怪我が治ったらわしのところに来なさい。見どころがあるのできちんと稽古すればもっと強くなる”とおっしゃった。話が思わぬ方向に進んだが、わしたちは痛みも忘れて笑みが浮かんでいた。2人ともその話に有難く受けることにしたが、そうなると緊張が一気に解け、激痛が襲ってきたよ。島袋先生は良い医者を知っているのでということで、わしたちをそこに連れて行ってくれた」
ここで知念は一息ついた。
「年寄りの話、退屈だったかな?」
知念は少し笑みを浮かべながら言ったが、颯玄たちが退屈に思うわけはない。これまで知らなかった話を聞き、これからの稽古にとても興味を持った瞬間だった。
この日、知念の話を聞き、とても興奮し、すぐに稽古を付けてもらいたいと思った2人だったが、知念が教える技というのは猛々しい気持ちでやるものではないと諭された。それは投げや関節技の際に必要な捕りということが興奮した状態では動きが固くなり、技が上手くかからないからだ。そのことについては久米との因縁を話した後、説明されたのでこの日はそのまま知念の下を後にした。
帰り道、颯玄とサキは2人で歩きながら時折顔を見合わせたが、その様子はとても微笑ましい光景だった。2人が空手家として知らない者から見たら、若い仲の良い恋人同士に見えるくらいの雰囲気だった。