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出稽古 14

 ここで知念は話しながらその時のことを考えたのか、少しの間、中断した。この時2人の心に過ったのはそういう好機をあえて活かさなかったところに久米と知念の間にしか分からない何かの感情があったのでは、ということを考えていた。

「次に久米先生が仕掛けてきたのは前蹴りだった。だが、その感じはそれまでと異なり、迫力が無かった。わしを気遣ってくれてのことか、何かの作戦だったかは瞬間的には分からなったが、勝負は勝負だ。わしにとっては好機と捉えたので、足首の手を回そうとした。ただ、蹴りが思いのほか低かったということと、目の問題からかほんの僅か距離感を誤った。もしかすると、そういうことを狙ってわざと中途半端な蹴りを出し、捕らせて次の技に繋げようと思われたのかもしれない。実際、次に久米先生は蹴り足を地面のほうに強く踏みつけるような動きをされた。そのことでわしが捕った手を外され、そのまま太ももの上に乗られた。同時に右手で上着の肩付近を掴まれ、そのまま飛び膝蹴りが飛んできた。このままでは顎を蹴り上げられると瞬間的に思ったわしは顔を動かしたが鼻を下から擦り上げるような感じになった。その瞬間、鼻血が流れ出た。呼吸がしにくい。また、出血したということで感情が高ぶり、勝つためには今までのようなことではいけないと思った。これまでの後の先による戦法は通じない可能性があるので、得意技ではないが、今度は自分から突きや蹴りで仕掛け、それで生じた隙を活用して捕る、という戦い方に変更することにした」

 ここで2人は戦法を変えるというところに興味を持った。しかもそれが得意な戦法を変更してという話の展開は知念の下での稽古にも参考になると考えた。

「だが、突きや蹴りの技としての質は久米先生には及ばないことはこれまでの手合わせで分かっている。だからわしが仕掛けることでその反撃を誘い、その技に対して得意な関節技で極めようと考えたのだ。中途半端な技では仕掛け技にもならないだろうから、わしができる範囲内で仕掛けた。ただ、関節技にしても投げにしても、土台がしっかりしていなくでは技が出せない。だから久米先生が最初に仕掛けられたように突きをと考えたが、わしの技には1本で極められるような質はない。だから、左の突きを誘いとしてすかさず右の逆突きに続けるつもりだった。呼吸を計り考えた連続技を放ったが、予想通り、最初の左上段刻み突きにはほとんど反応がない。ほんのわずかに後方に下がることで間合いをとられ、攻撃は空を切った。そしてわしは予定通り右中段逆突きを出したが、久米先生は前手で下段払いのような感じで受け、すかさず右の前腕を首に引っ掛けられ、斜め前に崩されようとした。結果的には耐えられだが、投げを得意とするわしが逆に投げられそうになったんだ。自信が無いとは言え、本気の突きでなければどこか隙ができるものと理解した。気迫の問題かな。ならばということで、今度はこざかしいことは考えず、ただひたすら突きを出す、ということにした。上段追い突きを2本連続して出した。今度は久米先生からの反撃云々といったことを考えず、突きで倒そうとしたんだ。1本目は当たらなかったが2本目はしっかり当たった。手応えがあった。勝ったと思った。しかし、久米先生は倒れない。顔面にしっかり極まっても倒れないのなら、やはり関節技で勝負しようということにした。だが、戦いの後で聞いたことだが、とても効いたという。その話は嬉しかったが、わしは得意な投げ技を久米先生に掛けられそうになった。突きではわしが1本取ったような感じだったが、投げでは逆に1本取られそうになった状態に少々焦りの気持ちが出てきた」

 この時、知念の表情はその時の世界を見ているかのような感じだった。それだけ久米との戦いは大きな経験だったのだろう。


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