もうこの時点で颯玄とサキの目は大きく開かれ、顔を前に突き出しているような状態になっており、知念の話に聞き入っている。
知念は2人から少し目線をずらし、当時のことを懐かしく思っているかのような感じで再度話し始めた。
「わしはその頃から突きや蹴りよりも、投げや関節技を重視していて相手の技をしっかり捕って極め、負けを認めさせる、ということで勝ってきた。久米先生は当時、鋭い突きや蹴りで名を馳せていたので、もし戦い、勝つことができればさらにこれまでの自分に自信が持てると考えていたんだ。そういう思いで掛け試しの場にも出かけていたが、すれ違いばかりだった。だから守礼の門で出会えたことは神様が引き合わせてくれたものと喜んだ。戦いの後、久米先生と話した時、先生もそう思っていたと伺い、そこから親しくなった。それが2人をわしに紹介した理由の一つだろうな」
懐かしそうに話す知念だったが、若い2人にはそのことよりも戦いの内容のほうの興味が大きかった。だから、早くその話を聞きたい、といった思いが顔に表れていた。それを感じた知念は2人が聞きたい話の核心に入ることにした。
「こんな年寄りの昔の懐かし話は2人にとってはあまり興味ないかもしれないが、昔話として聞いて欲しい」
知念はそう言って2人の顔を改めて見て、話し始めた。
「わしと久米先生は改めて礼を交わし、戦いの構えを取った。今の掛け試しの場合、相手を徹底的に叩きのめすようなことは無いようだが、わしたちが若い頃は客観的に見れば負けたという状況でも、なかなか負けを認めず、一定時間気絶するとか、骨折など戦闘不能になるまで行なうこともよくあった。だが、それで2度と空手ができなくなった者もいた。そういうことから自然に今のような感じになっていたと思う。だが、その時は負けた方が弱いからだと思っていたし、武術ならそういうことも覚悟しなければならないのでは、と熱く思っていた。だから、久米先生と戦った時も命を失っても構わないくらいの気持ちでいた。おそらく久米先生も同じ思いだったと思う。わしの戦い方は後の先を意識するので、久米先生から仕掛けでもらわなければならない。だから、わしは待った。あの時の緊張感は今でも記憶に鮮明に残っている」