颯玄は目を伏せたまま黙っている。サキが言ったことが当たっているからだ。勝ったという結果だけでなく、自分が納得いく内容だったかどうかということが大切と理解したので、今一つ納得していなかったのだ。
「颯玄、突いてきなさい」
祖父が颯玄に言った。意味は分からなかったが、言われるまま突いた。祖父が自然体で立っているところに右中段追い突きで仕掛けたが、全く攻撃している感じが無い。
祖父は颯玄の前腕の急所、偏歴を手刀で軽く打った。受けるという感じではなく、打ちという状態だ。しかし、当たった場所が急所というだけでなく、祖父の技は重かったので、颯玄は当たったところを押さえ、その場に座り込んだ。
「何て突きだ。それでは蚊も殺せない。今まで稽古してきたことが活かされていない。そんな腑抜けだからくよくよ悩むんだ。もう一度、わしを倒すつもりで突いてきなさい」
そう言われた颯玄は悔しかったのかすぐに立ち上がり、祖父に向かって戦いの意識で突いた。
祖父は先ほど同様、自然体で立っている。颯玄の突きは祖父の正中線を正確に、しかも倒すつもりということで間合いも深い。素早く力強い突きに祖父は右足を当たる寸前で後方に引いた。結果的にそれは体捌きになるが、それにより颯玄の突きは祖父に当たることは無かった。
だが、それだけでは終わらなかった。祖父は颯玄の突きが伸び切った瞬間、自身の左手で颯玄の手首と手の甲を包むような感じで捕った。しかし、そこに力を込めているような感じはない。静かで、優しい。そして祖父の親指が颯玄の手の甲の小指に近い箇所に触れている。その直後、祖父は少し左足を左方向に動かしたかと思うと、捕った颯玄の手首を返した。祖父の動きを客観的に見ていたサキはその動きに全く力を感じなかった。魔法にでも掛かったような感じで颯玄は腰から崩れるような感じで地面に倒れたが、その表情は何が起こったか分からないような感じになっている。人は予想外の事が起こるとキョトンとした顔になることがあるが、今の颯玄はまさしくそういう状態だった。
客観的に見ているサキにはその技の外見的なところは分かったような気がしていたが、本当に分かっているわけではない。でも、祖父の動きを真似るような動作をやっている。
その様子を見ていた祖父はサキに言った。
「サキさん、今の技、小手返しと言うが、見えたかな?」
「動きだけは分かったような気がしますが、できるかどうかは別です」
正直な答えだ。1回見ただけで分かったような気になる者もいるが、そんな簡単なことなら稽古はいらない。少なくともここに集う者たちには軽く考える者は1人もいなかった。
「では外間、お前はわしのところで長く稽古している。確か以前、この技を教えたことがあると思うが、颯玄を相手に掛けてみなさい」