武術の戦いは一瞬にして攻守が入れ替わるが、直前の状況では金城が優勢だったが、その優位は瞬時に奪われた。
この時、金城は次の手を思い浮かべることはできなかった。ハッと思った瞬間、自分の手から颯玄の存在が消えていたのだ。それは金城の動きを止めることになり、隙が生じる。颯玄はその機を逃さなかった。
自由な左の上肢を金城の左側の首から回した。突きを受けられた次の瞬間、前足をさらに踏み込んでいたため十分自身の上肢を絡めることができたのだ。 そして、右上肢も自由になっていたため、今度はそれを相手の前足の膝に絡め、両上肢を同時に右回りに大きく回した。首と下肢を同時に同じ方向に回されればきちんと立っていることはできない。金城は宙に浮いて地面に落下した。金城のこの時の状態は思った以上に大きく宙に浮いており、落下する時も背中から落ちた。もちろん、最小限の受け身は取ったが、下は畳ではない。それなりの衝撃が身体に加わり、颯玄が投げられた時のようにすぐに立ち上がることはできなかった。
そこに颯玄の下段突きだ。間髪入れぬ颯玄の攻撃は誰が見てもきれいな1本だ。こういう時は当てることはしないが、死に体に対する突きの意味は金城も知っている。
「負けた」
金城は素直に認めた。颯玄は手を貸して金城を立たせ、言った。
「勉強になった。今まで対戦したことが無かった技だったので、今日勝てたのは幸運だった」
颯玄はそう言って金城を称えた。サキもホッとした顔をしている。颯玄が投げられた時、負けたと思ったからだ。すぐに立ち上がったためか、金城が深追いしなかったためそこで負けにはならなかったが、颯玄にしてみればあの時にもし攻撃が続行されていたら、という思いが残った。
辻から帰る時、颯玄はサキと一緒だったが、終始無言だった。