颯玄やサキは基本・形・組手を道場で重ねていたが、掛け試しにも時々顔を出していた。
ある時、颯玄は稽古を休み、久しぶりに辻に行った。もちろん目的は掛け試しだが、必ずしも自分が戦うということではなく、この日はどんな戦いが行なわれているのか、ということを学びに行くことが目的だった。
いつもの時間に顔を出さない颯玄を不思議に思ったサキは、もしかすると辻に行ったのではと思い、稽古を途中で抜け、急いで向かった。サキも掛け試しのことは知っているので、時間的に大丈夫かなと思い、急ぎ足になっていた。
サキが着いた時、そこそこの人数になっていたが、まだ始まっている雰囲気はなかった。周囲の様子を見ると、颯玄の姿を見つけた。何も耳にしていなかったサキは今日、颯玄が掛け試しに出るのでは思い、しばらく様子を見ていた。
しかし、出る様子はない。
それを確認し、サキは颯玄に近づいた。思いもよらなかったサキの出現に颯玄は驚いたが、今はお互い同じ道場で修行する身だ。颯玄にとってはそういう感情だったので、2人揃ってそのまま経緯を見守っていた。
ただ、颯玄とサキは掛け試しでは有名人だ。その2人が揃って顔を出していることに気付いた者もおり、以前、サキが颯玄に言った結婚宣言のことを覚えていた。
その内の1人が大声で言った。
「そこの2人、一結婚するんだ。もしする気がないなら、ここで俺と戦って、俺と一緒になるか」
掛け試しの場にふさわしくない言葉だが、その声でみんなの視線が一斉に2人に向いた。
「俺たちはそういう関係にない。今日は見学に来ただけだ。サキもたまたまここに来ただけだ」
颯玄が言った。サキはその言葉を黙って聞いていた。
「それなら颯玄、今日は久しぶりに戦え」
別の者が言った。その言葉がきっかけになり、颯玄を煽る言葉が続いた。颯玄はサキと目を合わせた。サキの目は戦うことを促すように言っていた。言外にそういうサキの意図を感じた颯玄は中央に進み出て、対戦者を募った。
その声に呼応した者がいた。金城だ。
サキが近くにいる1人に金城のことを尋ねた。前回、たまたま金城が戦った様子を見ていたそうで、その時のことを教えてくれた。
掛け試しでよく見かける打突系の技ではなく、投げたり関節技をよく使い、前回は相手の肘関節を折って勝負を決めた、という話だった。
その話を聞いて、これまで経験のない技を使う相手のようなので、少し心配になったがサキは颯玄の実力は知っている。道場でも関節技や投げの稽古はしているので、後れを取ることは無いと信じているが、勝負はやってみないと分からない。実力以外の要素が関係し、思わぬ結果になるということも理解していたので、サキの口から思わず「颯玄、頑張れ!」という声援の言葉が出た。