そういうところに戦いを見ていた観衆の中から大声で言う者がいた。
「おーい、サキ。お前、何か言うことがあるんじゃなかったか」
はっと我に返るサキだったが、颯玄には意味が分からない。
「そう言えば、戦う前に何か言っていたな」
颯玄がそう言うと、すかさずサキが言った。
「そうだ、お前に言うことがある。お前はオレに勝った。だからお前はオレと結婚する」
「えっ?」という顔をする颯玄。その表情はきれいな技をもらった時よりも呆気に取られていた。言っている意味が分からず、黙ってサキの顔を見ていた。
「サキは前から自分に勝った男と結婚すると言っていた。何人も挑戦したが誰も勝てなかった。でも颯玄、お前は勝った。だから責任とって結婚しろ」
声の主はさっき大声で言った人物だ。無責任なことを言うなと颯玄は思ったが、この言葉をきっかけにその場の盛り上がりは最高潮に達した。悔しがる声やうらやましがる声、そして祝福する声と様々だった。
サキはもともとそういうつもりだったので問題はないが、颯玄にとっては初耳だ。だから今、ここでそういうことを言われても返事はできない。第一、まだ17歳の颯玄にとっては結婚の「け」の字も頭には無い。それよりも空手、武術の高みに上ることで頭が一杯だった。
ただ、今はその稽古ができない状態であり、その悶々とした気持ちを解消するために掛け試しの場にいる。それがこんな話に発展するなど想像もしていなかった。
そして今回のことで一抹の心配が芽生えていた。
周りの状態から自分のことやサキの話が話題になり、祖父の耳に入らないかということが気になったのだ。今は稽古停止の状態だが、そもそもこうなったのは組手稽古を祖父の承認なしにやったことが発端だ。掛け試しは道場での稽古とは異なる、という理屈が祖父に通じるかという考えが頭の中を支配した。
冷静になって今回のことを考えた時、自分の名前が知られたことへの懸念が大きくなったのだ。
一刻も早くこの場を立ち去ろうという気持ちになり、颯玄はサキに「ごめん」と一言だけ言ってこの場を足早に去った。