外間はこれ以上話しても仕方がない、という表情でその場を去ろうとした。他から見たら男と女が喧嘩しているようにしか見えない。その様子を颯玄が見て、自分の存在が颯玄に知られたらという気持ちが、その場から女を遠ざけようとしている外間だった。
だが、女はさらに食い下がる。
「お前、サキという名前を聞いたことは無いか?」
外間は意外な名前を耳にした。実は女ながら空手の腕がめっぽう立ち、それなりに名前が知られた男の空手家が負けたという話を聞いたことがあったのだ。その時、外間の顔が一瞬で変わった。
「サキというのはお前なのか?」
改めて聞き直した。サキは「そうだ」と言う。
そして、それなら颯玄に興味を持つのも納得できる。
しかし、颯玄は今、そもそも掛け試しなどできる状態ではない。いわゆる謹慎処分中なので、必要以上に今回のような話が広がることを心配したのだ。ただ、そういう事情を初対面の相手に話せるはずはない。それが名の知れたサキの場合でも同じであり、外間はそれ以上の話をせず、踵を返し、その場を後にした。サキは追いかけようとしたが、外間の足は速く、その場に取り残された。
というより、この場を離れると颯玄に挑戦の申し出ができなくなるという気持ちから、本気で追いかけようとしなかったのだ。
だが、サキが外間と話している時、颯玄はその場を離れていた。時間にしては短いものの、本気の戦いは集中力を要するため、周りが考えるよりも疲れる。周りの観衆に挨拶をする必要もないので、自分の戦いが終わったら早々に姿を消していたのだ。
外間との話に夢中になっていたサキはそのことに気付かずにいたので、悔しい思いだけが残った。
掛け試しは1日に1戦だけというわけではなく、やりたい者がいれば2戦目、3戦目もある。モヤモヤした気持ちだけが残っているサキにとってこのままでは収まらない。ということで、今度は自分が中央に出て、対戦相手を募った。
だが、女性相手に戦おうという者はいない。
「オレはサキだ。名前を聞いたことは無いか? 今まで強いという評判の男と何人も戦ってきた。でも、誰もオレに勝てなかった。オレは強い男が好きだ。実際に戦ってみないと本当の強さが分からない。オレと戦ってもし負けたら嫁に行こうと思っている。誰か相手をしてくれる男はいないか?」
強気な発言だ。
周りはざわついた。
サキは男勝りだが、とても美人だ。大人しくしていたら何もしなくても男は寄ってくるだろう。