次の日、祖父から初めて形を教えてもらう約束になっている。颯玄は朝からワクワクが止まらない。昨日見せてもらった祖父の動きを何度も頭の中で繰り返していたが、実はその流れを正確に覚えているわけではない。断片的な記憶しかないが、祖父の動きの迫力というか凄みのところがやけに印象に残っている。
だから、見せてもらった形を頭の中で繰り返しているわけではない。空手とは、武術とは、といった意識が記憶にある形の一部と合わせて繰り返されているのだ。颯玄としては見せてもらっただけで大興奮なのだが、それを今日から教わるということを考えると、これから学校に行き、勉強してから稽古までの時間がとても長く感じる。
実際、この日の勉強は全く頭に入っていなかった。
そして学校が終わると、一旦は自宅に立ち寄るものの、すぐに祖父の家へと向かった。はやる気持ちでつい駆け足になったが、疲れは一切感じない。
到着するとすぐに祖父に会い、稽古をせがんだ。その必死な様子に祖父は思わず苦笑し、颯玄に言った。
「そんなに慌てなくても良い。庭に行って基本稽古をして、わしが出ていくまで待ちなさい」
少し拍子抜けした感じの颯玄だったが、言うことを聞かないと教えてもらえないのではと思い、言われた通り、いつもの基本を一人で稽古した。
30分ほどで祖父が出てきた。その瞬間、颯玄の目が光った。期待に満ちている目だ。何も言わないが、その表情に颯玄の心が見える。
祖父はその様子を見た上で、ゆっくり語り始めた。
「颯玄、ものには何事にも順序がある。昨日は今日から教える形を見せたが、いきなり身体を動かすわけではない。まずは形の背景を理解してもらう。颯玄も知っていると思うが、久米の家は代々由緒ある武士の家系だ。お前の父親はどうも武術家としての道が合わなかったようで、一代飛び越してお前が学ぶことになった。だからこそ普通の修行ではなく、いわゆる文武両道を意識し、後世に伝えなければならない。だから普通の伝授の仕方ではなく、まず形の裏側にある話を理解してもらう。今日は形そのものをすぐに学べると思っていたようだが、動きだけできてもその基礎となる知識が必要だ。今、基本として身体を動かしてもらったが、お前が認識している稽古はそこまでだ。家の中に入れ。形の背景を説明する」
祖父の言葉が終わらない内に、颯玄の表情が一気に曇った。期待が全く外れたからだ。
「でも、今日から教えると言ったじゃないか」
納得がいかない颯玄は祖父に口答えした。教えてもらうことを楽しみにしていた分、気持ちが一気に沈み、それが祖父に対して強い不満となって現れたのだ。
「うむ。だが、さっきも言ったように物事には順序がある。今日は基礎となるところを教えるのだ。今日から教えるということで噓を言っているわけではない」
祖父の言葉に納得していない颯玄は、憮然とした態度を取っている。その様子に祖父は続けて言った。
「お前は形をどう思っている?」
祖父は颯玄に問いかけた。