年齢が上がってくると、空手の基本も少しずつ教わり始めた。
とは言っても、単純な基本の技のみで、形については何も教わってはいない。この頃になると、他の弟子と一緒に稽古させてもらえるはずと思っていたが、颯玄だけは基本から先へは進めなかった。その分、それまでやらされていたことに加え、少しずつ身体に負荷をかける稽古が行なわれるようになり、空手の稽古か肉体的な鍛錬が分からない単調な内容が続いていた。
颯玄が10歳の頃になると、単調で数をこなすだけの稽古から逃げ、約1年間、祖父の下から遠ざかった。その間、祖父と両親はいろいろ話し合っていたが、颯玄の心に任せようということで落ち着いていた。
祖父の下には7年間通い続けたわけだが、その間、他の子供と過ごしてはいない。
颯玄は自由になったと思い、他の子どもと付き合い始めた時、変なすれ違いの感覚を感じていた。
幼い頃と言っても毎日のように祖父の下に通い、他の子供とは違う生活をしていたのだから無理もないが、何をしても中途半端な感じがしていた。幼いながらも自分の限界に挑戦し、その結果を他の子どもと一緒に過ごすことで感じ取っていたのだ。
そのため、一緒に遊んでいても渇いた時間を過ごすような感じだったし、退屈だった。祖父のもとにいた時は逃げ出したい気持ちがあったが、今となっては充実していたと感じるようになっていたのだ。
ある時、些細なことが原因で友達と喧嘩になった。颯玄としては軽く触れたつもりだったが、それでも相手は痛がり、泣き出すこともあった。相手が殴り掛かっても当たることは無く、組付いてきても倒されることは無かった。
何故、相手の動きが分かるのか、何故自分が相手の手を払うと痛がるのか、颯玄にはその答えが分からなかった。
しかし、子供ながらにこれまでやってきたことを改めて考えた時、他の友達とは明らかに違った時間を過ごしたことを思い出した。そしてそれが今につながっていると気付いた時、祖父からやらされていたことや基本の意味が理解できた。もちろん、それは10歳の時の気付きであり、それなりの水準に達した時の話ではない。
ただ、そこに思い至った時、どうしようもない空手修行への強烈な熱情が湧き上がってきた。
だから今度は、自ら進んで祖父に再入門を願い出ることにした。
1年ぶりに祖父のもとを訪れた颯玄は、その時にできるだけの謝罪の意を示し、改めて空手の稽古をしたいという心情を一生懸命に訴えた。
だが、祖父の返事は冷たく、一度道から外れた颯玄の思いを簡単には聞き入れてもらえなかった。