~褒めて伸ばすカンパニー 出社編~
彼が入社した会社、その名は株式会社褒めて伸ばすカンパニー。
その名の通り、人材を褒めて伸ばすことに特化した会社である。
まずは出社風景から見ていこう。
彼はいつものように5分前に会社に到着した。
「すげぇ! 就業時間前に出社なんて、お前は偉い!」
「早起きしたんだね! 偉い!」
「スーツ着てて偉い!」
「昨日寝たんだね、偉い!」
「電車一人で乗れたの? 偉い!」
「革靴きれい、偉い!」
「髪型キマってる! 偉い!」
「ヒゲも剃ってるじゃん! 偉い!」
「生きてて偉い!」
「大人になるまで元気に育ててくれた両親も偉い!!」
会社に入った途端、これである。
ちなみに、今褒めてくれている人たちは褒め部隊と呼ばれ、この出社する人たちの流れが終わったらその日はすぐに帰れる。
帰る際は「褒め部隊の退社を褒め部隊」と褒められて帰るのだ。
彼は今日も朝から気分良く自分のオフィスに向かうのであった。
~褒めて伸ばすカンパニー 契約編~
朝の褒め朝礼が終わり、彼は自分のデスクに座った。
この会社では決まっている業務はない。
しかし、業績は右肩上がりで、ほぼ90度の売上を毎月達成している。
その理由は、
「田中がよくわからないけど契約を取ってきたぞ! 偉いな!」
「凄いぞ田中! 偉い!」
「契約取れるとか天才だな! 偉い!」
「田中って名字がまず偉い!」
「これで会社も安泰だ! 偉い!」
「いつもありがとう! 偉い!」
「晩飯奢るよ! 偉い!」
「この会社にはお前が必要不可欠だ! 偉い!」
オフィスの全員が田中を褒めちぎる。
彼もその輪に入り、最後には田中を胴上げする。
その後、「契約を取った人達を褒める部隊」に褒められる。
この人達は「褒め部隊の退社を褒め部隊」と同じ人達である。
このように契約を取ると褒められ、それを褒めると褒められる。
褒め合いの無限ループなのだ。
これにより社員全員のやる気はいつも最高潮であり、契約がどんなに困難であろうとも、全員で協力し、褒め合いながら乗り越えている。
~褒めて伸ばすカンパニー 会議編~
褒めて伸ばすカンパニーでは月に一回、全社員合同のCEOを交えた会議が行われる。
全員の前に年配のCEOがゆっくりと歩いてくる。
彼も含めた全社員が固唾を呑んでCEOの発言を心待ちにしている。
「みんな……今日はビンゴ大会やるぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
『いぇあぁぁぁぁぁぁぁ!!! 待ってましたぁぁぁぁぁ!!』
全社員の歓声で会場が揺れる。
全員がフェスに来たかのように縦揺れを始め、後ろではサークルモッシュをしている社員達もいる。
「景品はなんと! 全社員分の海外旅行だぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
会場のテンションはピークに達し、人の波にダイブする社員が後を絶たない。
会議とは一体何なのか、そんなことは彼らには問題ではなかった。
このCEOに一生ついていこう。
そう思いながら全社員は手に持っていたタオルを頭上に掲げ、鳴り止まぬCEOコールをしながらそのタオルを回し始めるのであった。
~褒めて伸ばすカンパニー 食堂編~
褒めて伸ばすカンパニーには食堂がある。
本日はこの食堂での風景を一部始終を紹介していこう。
「幸せ定食一つお願いします」
「「「「「「「はい喜んで!!」」」」」」」
彼が幸せ定食を注文するとキッチン内にいる従業員が笑顔を向けながら料理を作り始める。
「野菜さん今日も新鮮で偉い!」
「お肉さん色が最高! 偉い!」
「お魚さん目が生きてる! 偉い!」
「お米さん大胸筋がキレてる偉い!」
「味噌汁さんの良い匂い! 偉い!」
「ドンブリさんキレイだね! 偉い!」
「お盆に乗って偉い!」
「「「「「「「美味しい料理作ってくれてて偉い!」」」」」」」
最後は注文した彼らからの激励である。
そして出てきた幸せ定食。
「ご飯、味噌汁、サンマの塩焼き、豚の生姜焼き、青椒肉絲、納豆、生卵」
そして「午後もお仕事頑張っていつもお仕事偉い」とまるで自分の娘が書いてくれたかのようなマル文字のカードが一枚添えられている。
「いただきます」
「いただきますって言えて偉い!!」
「完食しました」
「残さなくて偉い!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまって言えるなんて偉い!」
「返却口に持ってきてくれて偉い!」
そんな声が右から左から聞こえる。
みんな幸せな気持ちでご飯を食べるのであった。
ちなみに、カードは十枚集めると好きな小鉢と交換できる。
~褒めて伸ばすカンパニー 退社編~
一日の業務が終わると彼は会社の出入り口に移動する。
そして「褒め部隊の退社を褒め部隊」の人達を労いながら褒めちぎり、自分達も「褒め部隊の退社を褒め部隊の退社を褒めた社員を褒め部隊」に見送られながら退社するのだ。
全員明日も会社に来るのが楽しみなのでニッコニッコな顔で帰路につく。
彼は自宅に戻るとスーツを脱いでから一言こう言った。
「褒めすぎるのもそこそこ疲れるよね」
彼が三十年後にこの会社のCEOになることをまだ誰も知らない。
end