2025年7月7日
パイプオルガンがワーグナーの結婚行進曲を奏でる。
チャペルを埋め尽くした参列者席から拍手が湧き起こった。マホガニーの扉が重厚な音を立てて開き、逆光の中にウエディングドレス姿の小鳥と、モーニングスーツを着た小鳥の父親の姿が浮かび上がった。深紅のバージンロードを一歩、また一歩と踏み出す小鳥は美しく清らかで、チュールレースのウェディングベールの下には柔らかな微笑みが隠されていた。
(うわぁ、小鳥ちゃん、すごく綺麗だ)
片や、祭壇の前で花嫁を待つ拓真の心臓は、ようやく小鳥と結ばれるというその感動と、教会の
(き、緊張するっ!)
やがて
「緊張するね」
「緊張するね」
「初めてだもん」
「僕も初めてだよ」
「ウオッホン」神父は、お喋りな新郎新婦に咳払いをした。小鳥と拓真は、思わず苦笑いを浮かべた。神父は大きく息を吸うと、朗々と誓いの言葉を述べた。
「汝、高梨拓真は、この女、須賀小鳥を妻とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、妻を思い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
「汝、須賀小鳥は、この男、高梨拓真を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、夫を思い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻のもとに、誓いますか?」
「誓います」
シャンパンカラーのウェディングドレスは、小鳥の肢体を優しく包み、ウェストから裾へと広がる
「小鳥ちゃん」
「うん」
拓真は、刺繍の
「・・・・」
荘厳なパイプオルガンの
リンゴーン リンゴーン
「指輪の交換を」
ところが、拓真の指先は小刻みに震え、小鳥の左手の薬指は待ちぼうけで
「綺麗だね」
「うん、綺麗」
プラチナの結婚指輪には、満月に
「あぁ、ドキドキした」
「拓真、手に汗かいてる」
「だって、緊張したもの」
参列者の席にはヒナギクの装飾が施されている。深紅のバージンロードには純白のリボンがたなびき、その波間をシャンパンカラーのウェディングドレスが、グレーのタキシードにエスコートされ、ゆっくりと歩みを進めた。
「あっ」
マホガニーの扉から祭壇へと吹き抜けた夏の風に、チュールレースのウェディングベールがふわりと舞い、ヘッドドレスのヒナギクが揺れた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。びっくりしただけ」
重厚なマホガニーの扉を抜けると、眼下には鮮やかな芝生の広場が広がり、噴水へと続く大理石の階段には、2人を出迎える笑顔が待っていた。
「おめでとう!」
「拓真!おめでとう!」
「小鳥ちゃーん!おめでとーう!」
2人を祝福する拍手が鳴り響いた。
リンゴーン リンゴーン リンゴーン リンゴーン
「おめでとう!」
「小鳥さん!おめでとうございます!!」
「高梨くん、おめでとう!」
深紅のカーペットが敷かれた大理石の階段の両脇には、親戚や友人知人が並んだ。その中には、小鳥が勤務するアパレルメーカーの社員や路面店のスタッフ、拓真の会社の上司や同僚の笑顔があった。
(あ・・・佐々木さん)
”メビウスの輪”の世界で深く関わった佐々木隆二も、
「須賀さん!おめでとう!」
振り向くと、そこにはファッションモール店代表の村瀬 結 の姿があった。今の村瀬 結 と小鳥は、一社員同士の関係でしかない。
(・・・・結)
小鳥は、もう友人ではない他人行儀な村瀬 結 の笑顔が少しばかり切なかった。
「どうしたの?小鳥ちゃん」
「ううん、なんでもない」
小鳥は”メビウスの輪”の世界を打ち消すように顔を左右に振った。拓真はその寂しげな面差しに、小鳥の耳元で優しく
「小鳥ちゃん」
「うん」
「幸せになろう」
「うん!」
小鳥の目頭が熱くなった。
「みんなにご挨拶しようか」
「うん!」
小鳥と拓真は参列者に向かい深くお辞儀をした。湧き上がる拍手の中、祝福の声と共に白い
「この花って、ヒナギクかな?」
「ヒナギクだよ」
「希望だね」
「希望だね!」
小鳥と拓真は見つめ合い、微笑んだ。そして、どこまでも高く澄んだ青空へと解き放たれた、白い風船を仰ぎ見た。
「うわー!綺麗!」
「白い鳥、
そこで小鳥が悪戯めいた笑顔で耳打ちした。
「拓真」
「なに?」
「新婚旅行、楽しみだね!」
「でも、温泉ってちょっと渋かったかなぁ」
「そんな事ないよ!思い出の温泉旅行!桔梗の間!」
ピーチチチ
教会の鐘が鳴る。
リンゴーン リンゴーン リンゴーン リンゴーン