一瞬、息が止まった。ベッドから飛び起きたその部屋は、見慣れた家具、食器棚からは
(ここは、私の部屋)
姿見に映る横顔は、青い小花がプリントされたワンピースに、
(涼しい)
エアコンから吹き出す冷風、それは
(今は、今は!?)
小鳥の手は、恐る恐る携帯電話を手に取り、暗証番号を打ち込んだ。1024、拓真の誕生日でそれは解除された。
(2024年6月22日・・!)
携帯電話のホーム画面を目にした小鳥は、思わずそれを胸に抱き締めた。そしてもう1度、画面を見つめた。
(・・・あれ?)
小鳥はそこで違和感を覚えた。ホーム画面の壁紙が変わっていたのだ。それはドラキュラ伯爵に扮した拓真の頬に、猫耳を付けた小鳥が口付けをしている。
(ドラキュラと猫・・・だ)
2022年にタイムリープした際、
(これは・・・温泉に泊まった時の写真だ)
「拓真」
向かい合わせに、
(でも!これって、どういう事!?)
その代わりに、
(・・・・もしかして!)
小鳥はスツールを袋戸棚の前に置き、埃っぽい段ボールを避けた。その奥には、色褪せたパティスリーの包みがあった。中には白い手帳と
「ない!どうして!」
その包みの中から
「書いたよね!?私、書いたよね!?」
目頭が熱くなり、ハタハタと涙が溢れた。
(ゆ、指輪は!?)
小鳥はローチェストの引き出しを開け、深紅の
「・・・ない」
2024年6月22日に戻った小鳥の前から、
(嘘・・・
小鳥は、茫然と
(そっ!そうだ!拓真は!?拓真はどうなったの!)
小鳥はショルダーバッグを持つと、革の小鳥のキーホルダーが揺れる車の鍵を握った。黒と白のギンガムチェックのサンダルを履き、玄関のドアノブを握った。
(あぁ、もう!遅い!)
ボタンを押し、エレベーターホールで待つが1階で手間取っているのだろうか、箱はなかなか上がって来なかった。
「あっ!」
小鳥はエントランスで山と積まれた荷物に
「ごめんなさい!」
印象が良くなかったかもしれないが、今はそれどころではない。一刻も早く、拓真のアパートに行かねばならない。ただ、気ばかり急くが物事が思うように運ばない。
(なんでこんな時に!)
アパートの前には引越しのトラックが横付けされていた。小鳥はペールブルーの軽自動車の前で3往復してみたが、トラックからは洗濯機や冷蔵庫の大物家電が運び出されている真っ最中で、引越し作業員からは見向きもされなかった。
(駅まで行って・・・タクシーで!)
小鳥が引越しトラックの陰から飛び出したその時だった。
「キャッ!」
小鳥もその弾みで足元からよろけたが、引越しトラックのボディに身体をぶつけただけで、転倒する事はなかった。
「・・・い、痛いよ、小鳥ちゃん」
「拓真!」
アスファルトの道路には、左手首にムーンフェイズの腕時計を着けた拓真が、クロスバイクと重なり合って倒れていた。
ミーンミンミンミンジー
ミーンミンミンミンジー
2024年7月7日
ミーンミンミンミンジー
ミーンミンミンミンジー
熱したアスファルトに白い
ブロロロロ
車のエンジン音が行き交う。対向車線には、自転車に
歩行者信号機が赤信号から青信号へと変わる。
ピッポーピッポー
ピッポーピッポー
自転車は歩行者を
ブロロロロ
セパレートの矢印式信号機が
「・・・・・」
小鳥の左手首にはパティップの腕時計、拓真の左手首にはムーンフェイズの腕時計があった。ムーンフェイズには、2024/7/7と表示されていた。
「・・・・・」
小鳥と拓真のきつく繋いだ手のひらに汗が
ブロロロロ
その時、地響きのようなエンジン音が近付いて来た。熱したアスファルトの路面に乱反射する真夏の日差し。
ブロロロロ
小鳥と拓真の目の前を、黒いワンボックスカーがスピードを上げて通り過ぎた。小鳥の
「・・・・・」
手のひらの力が緩み、緊張で
「終わったね」
拓真が呟いた。
「うん、終わったね」
小鳥も同じように呟いた。
ピッポーピッポー
ピッポーピッポー
歩行者信号機が青に変わった。機械の鳥の軽やかな