拓真はカレンダーの裏紙に、幾つかの長方形を描いた。1番上の長方形には、2025年7月7日結婚式と書き込んだ。
「小鳥ちゃん」
「うん」
「29歳の僕たちは、この日に結婚式を挙げるんだよね」
「うん」
拓真は、次の長方形に赤いボールペンで、2024年7月7日と書き込んだ。そして、小鳥と頷きあった。
「2024年7月7日」
「拓真が交通事故に
「小鳥ちゃんが交通事故に
そこで小鳥は、「2人とも幽霊みたいだね」と苦々しく笑い、拓真は「あの日に戻ってやり直そう」と、その髪を優しく撫でた。空欄の長方形は、あとふたつあった。
「ここにはなにが入るの?」
「今日だよ」
長方形には、2015年12月11日、祖母の四十九日にあたる、今日の日付が書き込まれた。
「お
拓真は小鳥に、ムーンフェイズの文字盤を見せた。黄色い月の姿は無い。
「真っ黒、月がないね」
「”新月”だからね」
拓真は小鳥を凝視した。
「小鳥ちゃん、小鳥ちゃんが初めてタイムリープした日は、2024年7月6日で間違いない?」
「2024年の7月6日だよ」
「その日は”新月”なんだ」
「そうなの!?」
小鳥は驚きで目を見開いた。
「あと、僕が初めてタイムリープをした2023年12月13日も”新月”だったんだ」
「12月・・・13日、拓真が・・・いなくなった朝だね」
「そうだね」
小鳥は、あの孤独な朝を思い出し、その面差しは
「そして、高校生の僕が菊乃さんと出会った、2012年12月13日も、”新月”だったんだよ」
「いつも”新月”なんだね」
「なんとなく気になって、月齢カレンダーで調べたんだ」
拓真は”新月”と書き出すと、その周りを円で囲った。
「”新月”は、
「なにかを・・・始める日?」
「そう、願い事を叶える為に、なにかを始める日」
「そうなんだ」
「だから僕は、10月13日に小鳥ちゃんとオリオン座の流星群を見に行ったんだ」
小鳥は驚きの面持ちで拓真を見上げた。
「あの日も”新月”だったの?」
「うん、小鳥ちゃんとあの横断歩道からやり直したくて、流れ星に願い事をしに行ったんだ」
「知らなかった」
「でも、それで・・・」
そこで、拓真の表情が曇った。
「それで・・・」
「どうしたの?」
「僕の願い事を叶えようとして、菊乃さんが倒れたのかもしれない」
「そんな事ないよ!そんな事ないって、拓真も言ってたじゃない!」
小鳥は拓真の両腕を掴むと前後に揺さぶった。
「菊乃さんがパティップの腕時計を小鳥ちゃんに譲った日は、小鳥ちゃんがタイムリープし始めた頃よりも、早い?」
「それは」
小鳥は返答に詰まった。
「やっぱり、早かったんだね」
小鳥の目頭に、涙が浮かんだ。
「タイムリープする前は、大学3年生の秋に貰ったの」
「2017年、2年も早くなったんだ」
「うん」
2人の間に、静かで切ない
ブロロロロ
拓真は、表通りを走る自動車の排気音で我に帰った。そして、”新月”の隣に、”満月”と書いた。
「小鳥ちゃん、僕たちが再会した日が何日だったか覚えている?」
「再会した日?」
「読書サークルのバーベキューだよ」
「ええと、5月の連休だったよね」
拓真は、月齢カレンダーアプリを小鳥に見せた。
「お月様がいっぱい」
「これが月齢、黄色い丸が”満月”で黒い丸が”新月”」
「そうなんだ」
拓真は、色褪せたA5版のプリントを1枚取り出した。そこには、
(・・・・あっ!)
そうだ。その日小鳥は、拓真の左手首にムーンフェイズの腕時計を見付け、息を呑んだ。
「あの夜は”満月”だった!」
確かに、仰いだ夜空には大きな満月が光り輝いていた。興奮気味の拓真は、”満月”の文字の周りでグルグルと円を描いた。
「そう!5月4日、僕と小鳥ちゃんが再会した日は5月4日で”満月”だったんだよ!」
「そうなんだ」
「そう!」
「”新月”がなにかを始める日なら、”満月”はなに?」
拓真は小鳥を凝視した。
「”満月”は満ちる日、願い事が叶う日だよ」
「”満月”は・・・願い事が叶う日」
「小鳥ちゃん、一緒に2024年の”満月”の日に戻ろう」
小鳥のパティップと拓真のムーンフェイズの腕時計は、21:00を差していた。祖母の「私の四十九日に、2024年に戻りなさい」という遺言のタイムリミット迄あと
(でも、失敗したら?)
「2024年に戻ろう」と拓真は簡単に言うが、2人でのタイムリープは初めての経験だ。しかも、2024年の”満月”の日に戻れる確証はどこにも無かった。
「拓真、私も2024年に戻りたいけれど、2024年にタイムリープ出来ないかもしれない」
「うん」
「だからこのまま、2024年の7月まで待っていちゃ駄目なの?」
すると拓真の面持ちは厳しいものへと変わった。
「それで、また交通事故に
「それは・・・」
「その時、もう2度とやり直しが効かないかもしれないのに?」
「やり直せない?」
小鳥は事故の瞬間を思い出し、緊張で唾を飲み込んだ。
「やり直せない」
「それは、嫌だ」
「だから、菊乃さんの遺言を信じよう?」
「お
「うん」
それでも、小鳥は拓真に詰め寄った。
「でも!2024年に戻れても、事故の瞬間だったらどうするの!?」
「事故の瞬間?」
「横断歩道の上だよ!」
「そうだね。だからこれを試してみようって、考えたんだ」
「なに?」
拓真はムーンフェイズを手首から外し、文字盤を持ちムーブメントを指先で摘んだ。
「なにをしているの?」
「時計の針を、2024年6月22日に合わせているんだ」
時計の針がクルクルと回ると、文字盤の月も”新月”と”満月”を繰り返した。然し乍ら、小鳥には、拓真がなぜ
「ねぇ、拓真」
「なに?」
「どうして6月22日なの?事故の前なら、7月6日じゃないの?」
拓真は小鳥に、「月齢カレンダーを見てご覧」と携帯電話を差し出した。
「”満月”」
「2024年7月7日に1番近い”満月”は、6月22日」
「そうなんだ」
「うん」
そこで小鳥は”満月”というキーワードに引っ掛かりを感じた。
「えーっと、”満月”ってどうしたらなるの?」
「ん?」
「カフェで拓真が言ってた、ええと、なんだったかな?」
「あぁ、太陽と月の間に地球が並んで、月と太陽が180°の角度になった時に、”満月”になるんだよ」
小鳥は難しい顔をして腕を組んだが、
「・・・・あ!」
「どうしたの?」
小鳥は、ここは”メビウスの輪”の世界かもしれないと言い、カレンダーの裏紙にドーナツをふたつ並べたイラストを描いた。
「これはなに?」
「”メビウスの輪”なの」
”メビウスの輪”の帯は、180°捻(ひね)った形で、その中心は重なり合っている。
「180°・・・」
「そう!180°!」
小鳥は、ミニッツリピーターに
「あとは、”満月”!」
ミニッツリピーターの鐘の音と”メビウスの輪”、そして、ムーンフェイズの文字盤に顔を覗かせる”満月”。
カチッ
小さなムーブメントを長く回し続けた拓真の指先は赤く腫れていた。必死に9年の
「それから、その”満月”は、ストロベリームーンって言うんだ」
「可愛い名前だね」
「ストロベリームーンは可愛いだけじゃないんだ」
「だけじゃない?」
「恋が叶う”満月”だっていわれているんだよ」
拓真は左手首に、ムーンフェイズの腕時計を
「
「拓真はロマンチックだね」
小鳥がクスリと笑うと、拓真は眉間にシワを寄せた。
「茶化さないでよ」
「ごめん」
「小鳥ちゃん。僕と一緒に2024年の6月22日に行こう」
「うん」
小鳥と拓真は互いを抱き締め、どちらからともなく唇を重ねていた。
「小鳥ちゃんのタイムリープは鐘の音で始まる」
「ゆっくりと」
「ミニッツリピーターの鐘の音で」
「ゆっくりと眠りながら」
小鳥と拓真は、ミニッツリピーターの鐘の音と、ムーンフェイズの”満月”に
「僕のベッドで良い?」
「うん」
ぎしっつ
「狭くてごめんね」
「大丈夫」
小鳥と拓真は、少し狭いベッドに身を預けた。大通りを走るオートバイのエンジン音、遠くに聞こえる救急車のサイレン。
「拓真、必ず会おうね」
「必ず、必ず会いに行くから」
頬を寄せた2人は口付け、微笑みながら
(・・・・・)
2024年の夏へと舞い戻る。小鳥はパティップのスライドピースをゆっくりとずらした。
リンゴーン リンゴーン
チーンチーン
チンチンチンチン
ミニッツリピーターの鐘の音が小鳥の耳元で