小鳥と拓真が付き合い出した噂は、大学構内で一気に広まった。巷(ちまた)では、小鳥を巡って拓真と佐々木隆二が仲違(なかたが)いをしたのでは無いかと邪推し、囁く者もいた。また、小鳥が通学する北國学園では、村瀬 結 が案じていた様に、小鳥に嫉妬する女子大学生が現れた。
「小鳥、一気に有名人ね」
「そんな呑気な事、言わないでよ」
「だって。ほら、また睨んでるわよ、怖っ!」
「怖い」
「ね?怖いでしょ?」
そして中には、小鳥の机に意図的に身体を当て、テキストを床にばら撒くといった幼稚な行為に出る姿もあり、その都度、村瀬 結 は「なにすんのよ!」とその相手に噛み付いていた。
「結 、大丈夫だから」
「だって!あんなの小学生のいじめじゃない!」
「気にしていないから」
それでもやはり小鳥の胸は傷付いた。
「今日のお昼ご飯どうする?」
「今日は高梨さんと食堂で食べるから」
「あぁ、
「・・・うん」
「そうね!
村瀬 結 は、機嫌の悪そうな女子大学生たちに向かって、わざと声を大にした。
「ゆ、結、そんな事言わなくて良いから」
「だって、腹たつじゃない!」
「そうだけど」
「じゃあ、私も
早速、トートバッグから携帯電話を取り出して、LIMEで遣り取りをする村瀬 結 の横顔は楽しそうだった。
(・・・いいなぁ)
小鳥と拓真は、先日のカラオケルームでLIME IDを交換したにも関わらず、気恥ずかしさからか、”おはよう”と”おやすみ”のスタンプを送り合うだけだった。
「ねぇ!一緒に食べない?席取ってくれるって!」
「あ、うん」
「高梨さんにも訊ねてみてよ」
「あ、うん」
「なによ、早く連絡しなさいよ!」
「うん」
「さぁ、さぁ、早く、早く!」
村瀬 結 は再び見合いの仲人の様に小鳥を急かし、その背中を押した。
「だ、だって」
「だっても、こっても、無いわよ!」
「あっ!」
LIMEコールの画像が表示され、発信音が中庭に鳴り響いた。
プルルルル
プルルルル
プルルルル
プルルルル
5コール目でそれは繋がった。村瀬 結 がニヤニヤとほくそ笑んで覗き込む。小鳥は慌ててアメリカ楓(かえで)の陰に隠れた。足元の落葉がカサカサと音を立てる。
「もっ、もしもし!」
「もしもし、須賀さん?」
「はっ、はい!須賀です!」
小鳥の身体は、自然と前のめりになっていた。
「どうしたんですか?」
「きょっつ、今日なんですけど」
「はい」
「私の友だちも一緒に、ご飯食べても良いですか!?」
「ああ、村瀬さん?」
「はい!」
「じゃあ、先輩も一緒かな?」
耳元の優しい声色に胸が高鳴った。
「そうです!」
「良いよ、一緒に食べようか」
「はいっつ!」
小鳥は携帯電話を握り締めた。
「そんな大きな声出さなくても聞こえるよ」
「ごっ、ごめんなさい!緊張して!」
「あ!本当だ。初めてだね、こうやって話すの!」
「そっ、そうですね!」
「じゃあ、また後で」
「はいっ!」
顔を赤らめて興奮気味の小鳥が携帯電話から顔を上げると、村瀬 結 が腕組みをしてにやけていた。
「なに、初めてなの?」
「なにが?」
「高梨さんとLIMEで話したの、初めてなんでしょ?」
「チッ違うわよ!」
「ふーん」
携帯電話をショルダーバッグに仕舞った小鳥は、村瀬 結 から目を背け、石畳へと足を踏み出した。
ピーヒョロ ピーチチチ
秋を告げるヒヨドリが鳴いている。ガラス張りの天井には色鮮やかな落葉がステンドグラスの様に折り重なっていた。12:30のキャンパス食堂は学生や教授陣で賑わい、小鳥と村瀬 結 はその姿を探して爪先立ちをし、辺りを見回した。
「あ、いた!」
1番奥のテーブルで手が上がり、小鳥たちは人混みを避けながらその席へと向かった。テーブルには既に美味しそうなトレーが4枚並んでいた。
「ありがとう!美味しそう!」
「いただきまーす」
ランチA定食はハンバーグだった。香ばしい焦げ目とデミグラスソース、ケチャップで絡めたスパゲッティにサクサクの海老フライが添えられていた。ハンバーグを箸で切り分けると肉汁が染み出した。
「んー、この味!この醤油が隠し味のデミグラスソースが絶品!」
村瀬 結 がハンバーグを頬張ると、その可愛らしい口元にデミグラスソースがチョンと付いた。恋人は紙ナフキンを1枚取り出すと、それをそっと拭き取った。その自然な流れに2人の親密さが窺(うかが)い知れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
小鳥と拓真は気恥ずかしさで思わず下を向いた。
「どうしたの?」
「・・ん、なんでもない」
「なに、照れてんの?」
「・・照れてない!」
「照れてるんだぁ」
頬を色付かせた小鳥と拓真は、無言で豆腐とわかめの味噌汁を啜(すす)った。
「ねぇ、2人はさ」
口元に海老フライの衣を付けた村瀬 結 が、小鳥と拓真を交互に見た。その隣に座った恋人は、紙ナフキンで村瀬 結 の口元を拭う。
「な、なに?」
小鳥は、友人がまた突拍子もない事を言い出すのではないかと、戦々恐々(せんせんきょうきょう)とその顔を見た。
「もうデートはしたの?」
小鳥と拓真は豆腐を喉に詰まらせ、咽(むせ)かえりそうになった。その様子を見た村瀬 結 は片眉を吊り上げ、付け合わせのパセリを口に放り込んだ。ムシャムシャと咀嚼(そしゃく)する事30秒、小鳥は恐る恐る片手を上げて告白した。
「していません」
その隣で、拓真も首を縦に振った。村瀬 結 とその恋人は、呆れて物が言えないという顔で溜め息を吐いた。
「LIMEコールも初めて!デートも無し!小学生の方がまだマシだわ!」
「しょ、小学生ってそんなに早いの!?」
「早いも早い!新幹線より早いわよ!」
「・・・・えええ」
「えええ、じゃないわよ!あんたたちが遅すぎるの!」
村瀬 結 は、財布からカフェのメンバーズカードを取り出し、もう1度大きな溜め息を吐きながら小鳥に手渡した。
「はい!これ、あと1ポイントでいっぱいになるから景品のボールペン貰って来て」
「・・・・ボールペン」
小鳥はその意図が分からずに、首を傾げた。
「ああ、もう!鈍感ね!高梨さんと2人で行きなさいよ!」
「そ、そういう事」
その意図を汲んだ小鳥は、薄茶いクラフト紙のメンバーズカードをまじまじと見た。
「そういう事!高梨さん!集合日時は2人で決めて!」
「あ、うん」
「集合日時って、遠足みたい」
「黙らっしゃい!」
見合いの仲人の采配により、小鳥と拓真は2人きりの待ち合わせに出掛ける事となった。