カラオケルームにハウリング音が響いた。小鳥は両耳を両手で覆い隠し、膝に突っ伏した。その隣には、マイクを握った村瀬 結 が鼻息を荒くしていた。
「こっつ、こっつ、こっつ」
「なに、鶏になってるよ」
「だって!」
「だってなによ」
村瀬 結 はマイクを握ると最大音量で叫んだ。精密採点DXでは小節(こぶし)が効いていたらしく、高得点を叩き出した。
「今度は高梨さん!?告白されたの!?」
「・・・・・うん」
「佐々木さんの次は、高梨さん!」
「・・・・・うん」
小鳥は烏龍茶のストローを咥(くわ)えながら、小さく頷いた。
「あんたみたいなチンチラでモモンガ!どこが良いのよ!」
「友だちに向かって失礼ね!」
「はぁ、小鳥、あんたいつか刺されるわよ」
「誰に」
村瀬 結 は再びマイクを握って雄叫びをあげた。
「誰にってーーーーーーーーーー!」
「うるさい!」
「佐々木さんも高梨さんも、学年トップ10のイケメンなんだからーーーー!」
「そうなの?」
「そうなのって!背中からブスーっと刺されるわよ!」
「やめてよ、怖いから」
カラオケルームの扉がノックされ、植物油の匂いが漂うスティックポテトが運ばれて来た。籠には赤いギンガムチェックのペーパーナフキン、村瀬 結 は山盛りのポテトからポテトを2本摘むと、ふぅふぅと息を吹き掛けた。
「それで?」
「それでって?」
「付き合うの?」
小鳥もポテトを摘んだが、もそもそと歯切れが悪い。
「付き合って良いと思う?」
「なんで、駄目な理由なんてあるの?」
「だって、佐々木さんと別れてまだ半月も経ってないし」
村瀬 結 は2本のフライドポテトを頭に突き刺し、鬼の形相になった。
「なに!佐々木さんって、なんとかっていう先輩と浮気したんでしょ!?」
小鳥の胸がちくりと痛んだ。
「そ、それは」
「それはも、これはも、ないわよ!小鳥も幸せになるべき!」
「・・・幸せ」
「そんな浮気男なんて見返して、高梨拓真と幸せにならなきゃ!」
「そうかもしれないけれど」
やはり佐々木隆二はこうなる事を予見していた。もし、小鳥が拓真に懸想(けそう)して2人が破局になったと学内に知れ渡れば、小鳥に良くない噂が立つ。自分が火の粉を被れば、「あぁ、佐々木だからな。仕方ないよな」で事が済む。
(・・・・佐々木さん)
小鳥は佐々木隆二の懐の広さに感謝した。
「えーっ、じゃあ、ここに高梨拓真を呼んじゃおうよ!」
「そ、そんないきなり!」
「だって、付き合うんでしょ?」
「うーん」
「付き合うんでしょ?」
「・・・付き合いたい・・・・かな?」
「かな、じゃないわよ、かな?じゃ!」
そうと決まれば!と村瀬 結 は恋人に連絡し、「カラオケにいるの!高梨拓真を連れて来て!」と叫んでいた。数分後、折り返しのLIMEがあり、「今から連れて行く」とのメッセージが届いた。
「高梨さん、来るって」
「ええ!?本当に呼んじゃったの!?」
「・・・うん、駄目だった?」
「だっ、駄目じゃないけど!」
小鳥はパウダールームに駆け込むと、自分の身なりを確認した。友人との買い物という気軽さで、襟首の伸びたカットソーにデニムのオーバーオール、カントリー調と言えば聞こえは良いが、これでは牧場で働くスタッフだ。
「すみません!ハサミ、ハサミを貸して下さい!」
小鳥は受付カウンターでハサミを借りるとカラオケルームに駆け込んだ。椅子に置いたショップバッグには買ったばかりのペールブルーのワンピースが入っている。
「なにやってんの〜?」
呑気な顔の村瀬 結 の隣で、小鳥はプライスタグを切り離した。そしてショルダーバッグを抱えて再びパウダールームへと駆け込んだ。
(せ・・・せまっつ!)
限られたスペースのトイレの個室でオーバーオールを脱ぐと、急いでワンピースを頭から被った。慌ててボタンを留めたものだから段違いになり、もう一度ボタンを外す羽目になってしまった。指先が震える。
(も、もうっ!結 ったら!)
突然の出来事、思い付きで行動した友人に悪態を吐きながらも、拓真に会える嬉しさで小鳥の口元は自然と綻んだ。
(次!次は!)
カットソーとオーバーオールをショップバッグに詰め込んだ小鳥は、ショルダーバッグからメイク道具が入ったポーチを取り出した。額と小鼻の脂を押さえ、軽くフェイスパウダーを肌に馴染ませてゆく。ポテトスティックで剥げた口紅もうっすらと塗り直し、水道水で手を洗うとその水で髪を整えた。
「ま、間に合った!」
そこに村瀬 結 が顔を出した。
「なに、なに、気合い入ってるじゃん」
「だって!」
「初めてのデートだもんね」
「で、デート」
「私たちも居るけど、別の部屋にする?」
「無理無理無理無理!同じ部屋に、居て!お願い!」
カラオケルームでは村瀬 結 の恋人が既にマイクを握って熱唱していた。その隣には、デニムのGジャンを羽織った拓真が座り、小鳥の姿に軽く会釈をした。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
小鳥は、拓真の蕩(とろ)ける笑顔に心臓を掴まれ、頬が火照るのが分かった。多分、蛍光灯の明かりの下だったなら、耳まで赤くなっている事が拓真に伝わっている事だろう。小鳥は、この場所が仄暗いカラオケルームで良かったと安堵した。
(き、緊張する・・・・!)
「さぁさぁ、座りなさい、座りなさい」
「ちょっ、結 !」
村瀬 結は、小鳥の身体をグイグイと押して拓真の隣に座らせた。
「さぁさぁ、交換しなさい、交換しなさい」
「ちょっ、結 !」
村瀬 結 は見合いの仲人の如く話を進め、小鳥と拓真はLIME IDを交換した。
「これで、OKですね」
「は、はい」
「須賀さんは何時までメッセージ出来るの?」
「い、いつでも大丈夫です!」
「僕も、いつでも大丈夫だから」
そこで拓真は、小鳥が着ているワンピースに言及したが、それは不可思議なものだった。
「そのワンピース、似合ってる」
「ありがとうございます」
「
「は、はい?」
拓真は首を傾げながらワンピースを指差した。
「ペールブルー」
「はい?」
「違うの?」
「いえ、合っています」
拓真は、小鳥のワンピースの色をペールブルーだと言い表した。美術系の大学生ならまだしも、一般的な大学に通う男子大学生が水色をペールブルーと表現するだろうか?
(それに、
これまで水色をペールブルーと表現したのは、
(この拓真はどっちの拓真なの?それとも別の拓真なの?)
小鳥の目はその横顔に釘付けになった。