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第81話 読書サークル①

 5月4日のバーベキューという名の”異性間交流”以来、小鳥の友人、村瀬 結 は、地に足が着いていない。北國経済大学の男子大学生と男女交際を始め、その関係も順調に進み、授業に身が入らない様子だ。


「結 、レポート出したの?」

「あ!忘れてた!」

「レポートの締め切りって明日までだよ?テキストは?」

「あ、忘れてた!彼の部屋だ!」

「かっ、かっ、彼の部屋!?」


 それは、小鳥が想像していたよりも、結 と 結 の恋人は、かなり深い交際関係にあった。初心(うぶ)な小鳥にとって、それは衝撃的な出来事だった。


「なによ、その驚きよう」

「なにって、だって!」


 小鳥は耳まで真っ赤にして、俯(うつむ)いた。


「だって」

「ほーん」

「なに?なに、その顔」

「小鳥、あんた、まだ!と手を繋いだだけだとか言わないよね!」

「そ、それは!」


 周囲に座っていた女子大学生の動きが止まり、側耳(そばみみ)を立てているのが手に取るように分かった。女豹たちは佐々木隆二の恋人の座を、虎視眈々と狙っていた。


「ちょっと」

「なに?」


 村瀬 結 は、女豹たちに嗅ぎ付けられない様に、耳打ちをした。


「あんた、実際はどうなのよ?」

「どうって?」

「佐々木さんより好きな人でも居るの?」


 心臓が跳ねた。


「そ、そんな事は!」

「しっ、静かに!」

「あ、うん。ごめん」

「なら、なんでそんなに浮かない顔、してんの?」

「浮かない顔?」

「彼が出来たら・・・この世の春!春よ!春!空に舞い上がる春!」


 村瀬 結 は、突然、椅子から立ち上がると両手を高く伸ばし、天井を大きく仰いだ。机の上のペンケースがひっくり返り、消しゴムやシャープペンシル、蛍光マーカーがバラバラと床へと落ちた。小鳥は溜め息を吐きながらそれを拾い集めた。


「結 、結 こそ静かにしてよ」

「ごめん!彼の事を考えると、もう!つい!春が!」

「分かった、春はもう、分かったから」


 小鳥は、鼻息の荒い友人の背中を摩(さす)ると椅子に座らせた。


「だから!この喜びを小鳥と分かち合いたくて!」

「喜びを分かち合う?」

「そう!だから2人で経大の読書サークルに参加しない!?」


 小鳥は崩れたテキストブックの山を積み直し、村瀬 結 に向き直った。


「誰が読書サークル?」

「小鳥が!」

「もう1人は誰?」

「私!」


 村瀬 結 が意気揚々と身を乗り出してきた。


「ねぇ、結 ?」

「なに、なに、なに!?」

「結 って、小説、読まないよね?」

「うん!漫画なら読むわよ!」

「隣って、北國経済大学よね?」

「そう!」

「北國経済大学の読書サークルには、漫画も含まれるの?」

「うううん!」


 村瀬 結 は首を左右に振ると、満面の笑みで全否定した。


「なら、なんで読書サークルなの?」

「彼が居るから!」


 小鳥の眉間にはシワが寄り、付き合っていられないとばかりに椅子から立ち上がった。「ちょっ!ちょっと待って!」そこで村瀬 結 が小鳥のブラウスの袖を握り、重心を崩した小鳥は机に突っ伏した。ペンケースが音を立て床に落ちた。


「・・・・もう!なんなのよ!」


 村瀬 結 が慌ててボールペンを拾い上げると、机の上にあったプリントになにやら書き始めた。


「あっ!ちょっと!それ!」


 相合傘に、村瀬 結 と恋人の名前。その隣には、これまた相合傘に、小鳥と佐々木隆二の名前が書き込まれた。その様子を小鳥が唖然と見ていると、今度は蛍光マーカーペンで、ピンク色のハートマークをあちらこちらに飛ばし始めた。


「結 、あんた、そのプリント、後で交換してよね」

「そんな細かい事、気にしない、気にしない!」

「気にするわよ!」


 村瀬 結 は自由奔放だ。今度はそのプリントで紙飛行機を折り始めた。


「小鳥ちゃん、読書サークルで一気に距離を縮めるのよ!」

「小鳥ちゃんとか気持ちわるい呼び方、止めてよ」

「うふふふふ」


 村瀬 結 は嫌らしい笑みを浮かべると、小鳥の額を飛行機で突いた。


「い、痛っ!やめてよ!」

「うふふふ」

「それで!?なにと距離を縮めるのよ!」

「そりゃあ、佐々木さんとに決まってるじゃない」

「佐々木さんと、距離を縮める?」

「当たり前でしょ!誰と距離を縮めるつもりなのよ!」


 村瀬 結 は力説を続けた。


「それに距離ってなに!?」

「抱きしめたり、こう、キスをしたり?」

「・・・・キス」

「まだしてないんでしょ?」


 確かに、佐々木隆二は誠実で一途な理想の恋人だ。然し乍ら小鳥は、佐々木隆二と口付けを交わしたいとは到底、思えなかった。


(それに、顔、合わせ辛いな)


 キャンパス食堂の一件以来、佐々木隆二はLIMEの返信さえ寄越さなかった。その時、仲違(なかたがい)の原因となった、拓真の姿が浮かんでは消えた。


(佐々木さんには悪いけど、やっぱり拓真が好き)


 時を飛び超えて巡り合った、”メビウスの輪”の世界の、に、小鳥の心は強く惹かれた。けれど、小鳥自身が拓真の交通事故死の原因を作っているのではないかと考えると、直接、関わる事が怖かった。


(もし、もしまた私が原因で拓真が死んでしまったら)


 交通事故に遭った2人の拓真。


(あの時)


 黒いワンボックスカーと白い横断歩道に転がった黒いスニーカー。そして、跳ね飛ばされた革のサンダル。小鳥は、決してに近寄ってはならないと考えた。「でも、拓真の側にいたい」小鳥は不義理を重ね、拓真の親友である佐々木隆二と交際を始めた。


「ちょっと小鳥!聞いてるの!?」

「え、う、うん」

「で!小鳥は佐々木さんの事が好きなのよね!間違いはないわよね!」

「えっ、うん!好きだよ!?」


 咄嗟(とっさ)に嘘を吐いた。そんな小鳥の心の内を知らない村瀬 結 は、小鳥の目の前で手を叩いた。


「なら、決まり!」

「決まり?」

「北國経済大学に行くわよ!」

「あ、ちょっ」


 小鳥は腕を掴まれて、階段を駆け降りた。

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