突き抜ける青空は、待ち焦がれていた梅雨明けを物語っていた。読書サークルとの待ち合わせは、5月4日の
「小鳥、夏は海よ!」
「結 までそれを言う?」
「誰が言ったのよ」
「佐々木さん」
村瀬 結 は、夏期講習のプリントに、スイカや花火のイラストを描き始めた。
「ほーん、佐々木さん」
「うん」
「そう言えば、佐々木さんのお友だちも沢山来るみたいよ?」
「友だち!?」
「賑やかよぉ。楽しいよぉ」
ここで特定の個人名を出す事は避けねばならない。
(拓真、拓真も参加するかな!?するよね!?)
「結!私、やっぱり海に行きたい!」
「なに、小鳥、なんか急に前向きね」
(拓真を遠くから見るだけなら、大丈夫だよね!問題ないよね!)
小鳥は拓真の姿に思いを馳(は)せ、イベント参加申し込み用紙にマル印を書き込んだ。
「でも 結」
「なに、真剣な顔をして」
「ワタクシ、水着という物を持っていないのであります」
「はぁ!?」
小鳥と村瀬 結 は、水着を扱うスポーツ用品店に向かった。そこで小鳥は、肌の露出度が少ない水着を選んだ。するとそれは悉(ことごと)く却下され、村瀬 結 はセパレート型の水着を手に取って小鳥に押し付けた。
「水色、好きでしょ?」
「ちょっ、ちょと!これビキニだよ!」
「これで佐々木隆二を悩殺よ!」
「の、悩殺って!そんな事をする為に海に行くんじゃないんだから!」
小鳥が背後(うしろ)を振り向くと、村瀬 結 はハイビスカス柄の深紅のビキニを身体の前に当て、腰を左右に振っていた。
「私、これに決めた!」
「あぁ、結 には似合ってるわ」
「でしょ?」
「私はこれにする」
村瀬 結 は小鳥が選んだ水着を見てげんなりとした。
「それ、スクール水着じゃない」
「良いじゃない」
「あざとい」
「なにがよ」
「あざといわぁ、逆にエロティックよ」
「え、そ、そうなの!?」
村瀬 結 は、鏡に映った小鳥の小振りな胸を指差した。
「あんた、貧乳じゃない」
「ひ、貧乳とか!失礼な!」
「貧乳で、スクール水着だぁ?狙っているとしか思えないね」
「なにをよ!」
「ろ・り・い・た」
「え!?」
「少女趣味の男性の視線を釘付け!あざとい!」
「じゃあ、やめる!」
両頬を膨らませた小鳥は、その水着をハンガーポールに戻した。
照り付ける陽射し。小鳥のトートバックの中には、水色のセパレート型の
(拓真は、拓真は・・・!?)
その目は左右に落ち着きなく動き、愛しい
「あ、佐々木さん」
「ほら、ダーリンの登場だよ!早く、行った行った!」
「・・・ちょっ!」
村瀬 結 に背中を押されて路肩に飛び出した小鳥は、縁石に足を取られて転倒しそうになった。
「・・・!」
そこで、柑橘系シダーウッドの香る腕が、小鳥を抱き止めた。
「大丈夫?」
「あ、はい」
拓真だった。あの
「怪我はない?」
「はい、ありがとうございます」
そこへ慌てた様子の、佐々木隆二が駆け付けた。
「小鳥ちゃん!大丈夫!?」
「はい。高梨さんが助けてくれました」
「そうか、拓真、さんきゅ」
「佐々木、彼女の事くらいちゃんとしろよ」
「悪ぃ」
拓真は不機嫌な面持ちで、色彩豊かなビーチパラソルやクーラーボックスを、軽自動車のトランクルームへと運び始めた。
「小鳥ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です」
腰に浮き輪を付けた村瀬 結 が小鳥の隣にしゃがみ込んだ。
「小鳥!ごめんね!」
「もう! 結 が悪いんだからね!」
「ごめんって!」
「謝って済まない!」
小鳥は、平謝りの村瀬 結 の背中を何度も叩(はた)いた。そして、烈しく揺さぶられた拓真への想いを隠し通そうと戯(おど)けてみせた。
「はーい!乗って!乗って!」
男子大学生たちは全ての荷物を軽自動車に積み終え、手招きをした。小鳥をはじめとする女子大学生たちは、それぞれの軽自動車に分乗して海を目指した。
「わぁ、気持ち良い!」
青々と風に戦(そよ)ぐ小麦畑を突っ切る一本道。5台の軽自動車は貨物列車の様に連なり海へと向かった。新幹線の高架橋を潜り、信号機のない交差点で一時停止、遠くに見えていた風力発電の羽が顕(あらわ)になり、松林が近付いて来た。
バタン!バタンバタン!
「あーっ、熱っちい!」
「海だー!」
「あちちちち」
燦々(さんさん)と照り付ける夏の暑さ。砂浜でパラソルを立てる男子大学生の声を聞きながら、女子大学生は”海の家”のシャワー室で水着に着替えた。
(・・・・うう、恥ずかしい)
村瀬 結 の薦めでセパレートの
「結 、これ・・・似合ってるの?」
「うーん」
「うーんってなによ」
村瀬 結 は眉間にシワを寄せ、腕を組むと仁王立ちした。
「似合ってないかも!」
「ほら、ほらやっぱり!」
「Tシャツでも着てれば?」
「そんないい加減な事言わないでよ!変な感じで焼けちゃうじゃない!」
「そうだね」
「そうだねって!」
小鳥はバスタオルを身体に巻き付けて浜辺に顔を出したが、佐々木隆二が血相を変えて走り寄って来た。
「こっつ、小鳥ちゃん!」
「はい?」
「水着、忘れたんじゃないよね?」
「着てますけど」
「じゃあ、それ、バスタオル取って!」
「なんでですか?」
男子大学生がチラチラとこちらを窺い見ているのが分かった。どうやらその格好が「風呂上がりの全裸に見える」と言う事で、佐々木隆二は周囲の視線から小鳥を遮(さえぎ)った。
「ぜ、全裸」
「お願い、そのバスタオルは勘弁して。せめてこう腰に巻くとか」
「恥ずかしくて」
「いやいやいや、今の方が十分恥ずかしいよ!」
佐々木隆二は、バスタオルをパレオの様に腰に巻き付ける事を提案した。小鳥は渋々それを承諾し、前屈みになって
「小鳥ちゃん、それもやめて」
「なんでですか?」
「その・・・・あの・・・胸の谷間が見えるから」
「あっ!ご、ごめんなさい!」
その様子を見ていた村瀬 結 はすかさず「あざとい!」と突っ込み、小鳥はその背中を叩いた。
「・・・・ふぅ」
バスタオルを腰に巻いた小鳥は、色鮮やかなビーチパラソルの下に座り、波間で陽気に騒ぐ面々を眺めていた。
(ふぅ)
小鳥の白い肌に、ビーチパラソルの赤や黄色、青い影が、潮風に揺れた。
(・・・気持ち良い)
寄せては返す心地良い波の音に微睡(まどろ)んでいると、砂を踏む足音が近付いて来た。
「ごめん、麦茶、下さい」
「あ、はい」
小鳥がクーラーボックスから麦茶のペットボトルを取り出すと、時間が止まった。滴り落ちる、溶けた氷の雫。見上げたそこに屈んでいたのは拓真だった。濡れた襟足にはふたつの黒子(ほくろ)が並んでいた。
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
ペットボトルのキャップを捻(ひね)る音にすら目眩を感じた。拓真は無言で小鳥の隣に腰を下ろし、視線は遥か彼方の青い水平線を見ていた。白い雲が棚(たな)びく。
「・・・・」
小鳥は立ち上がる事も、顔を上げる事も出来ず、足の親指に付いた砂粒を凝視していた。
「おー・・・」
波打ち際でビーチバレーを楽しんでいた佐々木隆二は、小鳥に声を掛けようと背後(うしろ)を振り返った。
「・・・い」
ビーチパラソルの下には、恋人の小鳥と親友の拓真が並んで座っていた。2人は特に言葉を交わしている様子でもなかったが、独特の雰囲気を醸(かも)し出していた。
(・・・小鳥ちゃん?)
そして、拓真の隣にいる小鳥は初々しく、頬をほんのりと桜色に染めていた。