翌朝の小鳥の目覚めは最悪だった。
(・・・・あ、図書館だ)
図書館の風景は仄(ほの)かに明るく、フロアには木製の椅子が並んでいた。
(わぁ・・・懐かしい)
小鳥の目前には本棚がどこまでも果てしなく並んでいた。それは、古びた紙やインクの匂いまでもが再現されていた。
(拓真だ、拓真が居る。ライブラリーセンターだ)
やがてそれは、
「うわっ、ちょっ!待って!」
小鳥は自分の叫び声で目を覚ました。首筋には汗をかき、手足が思う様に動かなかった。
「な、なに!?」
見るとタオルケットが身体に巻き付き、一切、身動きが取れない状態だった。悪夢を見た原因はこれだろうか?
(・・・・・なんで、今更、あの”
なんとも表現し難い不快感が込み上がる。折角、
「・・・・うう、最悪だ」
汗を拭うと手のひらに皮脂の脂(あぶら)が粘ついた。実に、気持ちが悪い。ベッドからやや覚束(おぼつか)ない足取りで洗面所に向かった。小鳥はいつもの様にヘアゴムで髪を後ろでひとつに纏(まと)めて鏡を覗き込んだ。
(そうだよなぁ、図書館に勤めていた時は髪が短かったんだよなぁ)
鏡の中の、ヘアゴムで髪を纏(まと)めた小鳥の面差しは、”田中吾郎”のストーカー行為に遭っていた頃とよく似ていた。
(図書館・・・髪が短い・・・2020年!)
図書館を退職しアパレルメーカーに再就職した当時の小鳥の髪型は、ボーイッシュなショートヘアだった。
(そうだ!)
ふと思い付いた。
(2023年の拓真とバーベキューで出会う以前まで、タイムリープすれば良いんじゃない!?)
これまで小鳥は”未来が変わってしまう事”を恐れていた。けれど、拓真と出会う2023年の7月7日以前、2020年から2021年頃まで時間が巻き戻れば、”全てを変える事が出来る”のではないかと考えた。
(そうよ!1年、2年前じゃなくて3年前とか!4年前とかに巻き戻れば!)
”田中吾郎”のストーカー行為に1年間も悶々と悩むまでもなく、さっさとアパレルメーカーに転職してしまうのだ。
(悩んでいた1年間を取り戻す!)
アパレルメーカーの入社試験のペーパーテストの傾向と対策も万全、面接官の質問も然程(さほど)変わりはないだろう。その点に不安はない。そして採用!晴れて入社!
(よしよし、良いぞ良いぞ!)
入社後、2020年か2021年の7月7日に、「損害保険会社の男性とバーベキューしない?」と交流の場をセッティングするのはどうだろうか。いや、この際、7月7日に拘(こだわ)る必要はないかもしれない。
(そうすれば、拓真と出会える可能性はある!99.9%無理かもしれないけれど、決して0%じゃない・・・・・筈!)
拓真が参加していれば他の女性に奪われる前に積極的にアプローチする。連絡先を交換する為に、名刺も準備する事を忘れてはならない。
(良いぞ良いぞ、良い感じ!)
そして、参加者全員で花火をゆっくりと、時間を掛けて楽しめるように大量に購入する。拓真には線香花火を10本ほど手渡そう。そして、囁くのだ。
(高梨さん、好きです・・・付き合って下さい・・・)
小鳥はクッションを抱き抱えるとベッドに突っ伏した。
(は、恥ずかしい!照れる!でもそれしかない!なんで告白したんですか?って訊ねられたら”一目惚れ”ですって言おう!)
実際、小鳥は既に2度も高梨拓真に一目惚れしているのだからあながち嘘ではない。
2020年前後まで時間が巻き戻れば問題解決と考えた小鳥は、タイムリープが起きる手掛かりを探そうと、メモ帳とボールペンを取り出した。
「あれ、でも・・・・・なんだっけ?」
タイムリープ、それは小鳥の身の上に突然に起こる。
(・・・・・・・・・)
喉が渇いた小鳥は冷蔵庫の扉を開けた。そこには飲みかけの麦茶のペットボトルが入っていた。
(タイムリープ、タイムリープ)
部屋を見回していた小鳥は閃(ひらめ)いた。
「・・・・・・寝起きだ、寝て起きた時!そうだ!1回目のタイムリープは、このソファーでうたた寝していた時だ!」
小鳥はソファーの座面を思い切り叩いた。
「2回目はベッドで起きた時・・・!」
小鳥はベッドに転がり込んだ。2024年7月6日から2023年7月7日にタイムリープした時は、このベッドで眠りから醒(さ)めた時だった。
「それに、あの時も・・・・」
切ない記憶、シーツの端から熱が消えてゆく感覚に小鳥は身震いをした。
大きな溜め息が漏れた。そうと決まれば眠るしかない!然し乍ら、小鳥は先程、起きたばかりだ。
「明るい、さっき起きたばかりじゃん」
太陽はまだ高く、薄い緑色のギンガムチェックのカーテンからは夏の日差しが燦々(さんさん)と降り注いでいる。昼寝をするなど到底難しく、小鳥はベッドの上で暫し呆然とした。
「・・・・そうだ!」
小鳥は部屋着から水色に青い小花のワンピースに着替えると髪をバレッタで留めた。