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第35話 計画する小鳥

 翌朝の小鳥の目覚めは最悪だった。


(・・・・あ、図書館だ)


 図書館の風景は仄(ほの)かに明るく、フロアには木製の椅子が並んでいた。


(わぁ・・・懐かしい)


 小鳥の目前には本棚がどこまでも果てしなく並んでいた。それは、古びた紙やインクの匂いまでもが再現されていた。


(拓真だ、拓真が居る。ライブラリーセンターだ)


 やがてそれは、と一緒に訪れた北國経済大学のライブラリーセンターへと姿を変えた。「ねぇ、拓真!私、ここに来た事があるよ!」と振り返った時、そこには胡散臭い笑顔の”田中吾郎”が手を振っていた。周囲を見回したが、の姿は消えていた。


「うわっ、ちょっ!待って!」


 小鳥は自分の叫び声で目を覚ました。首筋には汗をかき、手足が思う様に動かなかった。


「な、なに!?」


 見るとタオルケットが身体に巻き付き、一切、身動きが取れない状態だった。悪夢を見た原因はこれだろうか?


(・・・・・なんで、今更、あの”田中吾郎ストーカー”が夢に出て来るの!?)


 なんとも表現し難い不快感が込み上がる。折角、と夢の中とはいえど再会した喜びが台無しになってしまった。


「・・・・うう、最悪だ」


 汗を拭うと手のひらに皮脂の脂(あぶら)が粘ついた。実に、気持ちが悪い。ベッドからやや覚束(おぼつか)ない足取りで洗面所に向かった。小鳥はいつもの様にヘアゴムで髪を後ろでひとつに纏(まと)めて鏡を覗き込んだ。


(そうだよなぁ、図書館に勤めていた時は髪が短かったんだよなぁ)


 鏡の中の、ヘアゴムで髪を纏(まと)めた小鳥の面差しは、”田中吾郎”のストーカー行為に遭っていた頃とよく似ていた。


(図書館・・・髪が短い・・・2020年!)


 図書館を退職しアパレルメーカーに再就職した当時の小鳥の髪型は、ボーイッシュなショートヘアだった。


(そうだ!)


 ふと思い付いた。


(2023年の拓真とバーベキューで出会う以前まで、タイムリープすれば良いんじゃない!?)


 これまで小鳥は”未来が変わってしまう事”を恐れていた。けれど、拓真と出会う2023年の7月7日以前、2020年から2021年頃まで時間が巻き戻れば、”全てを変える事が出来る”のではないかと考えた。


(そうよ!1年、2年前じゃなくて3年前とか!4年前とかに巻き戻れば!)


 ”田中吾郎”のストーカー行為に1年間も悶々と悩むまでもなく、さっさとアパレルメーカーに転職してしまうのだ。


(悩んでいた1年間を取り戻す!)


 アパレルメーカーの入社試験のペーパーテストの傾向と対策も万全、面接官の質問も然程(さほど)変わりはないだろう。その点に不安はない。そして採用!晴れて入社!


(よしよし、良いぞ良いぞ!)


 入社後、2020年か2021年の7月7日に、「損害保険会社の男性とバーベキューしない?」と交流の場をセッティングするのはどうだろうか。いや、この際、7月7日に拘(こだわ)る必要はないかもしれない。


(そうすれば、拓真と出会える可能性はある!99.9%無理かもしれないけれど、決して0%じゃない・・・・・筈!)


 拓真が参加していれば他の女性に奪われる前に積極的にアプローチする。連絡先を交換する為に、名刺も準備する事を忘れてはならない。


(良いぞ良いぞ、良い感じ!)


 そして、参加者全員で花火をゆっくりと、時間を掛けて楽しめるように大量に購入する。拓真には線香花火を10本ほど手渡そう。そして、囁くのだ。


(高梨さん、好きです・・・付き合って下さい・・・)


 小鳥はクッションを抱き抱えるとベッドに突っ伏した。


(は、恥ずかしい!照れる!でもそれしかない!なんで告白したんですか?って訊ねられたら”一目惚れ”ですって言おう!)


 実際、小鳥は既に2度も高梨拓真に一目惚れしているのだからあながち嘘ではない。






 2020年前後まで時間が巻き戻れば問題解決と考えた小鳥は、タイムリープが起きる手掛かりを探そうと、メモ帳とボールペンを取り出した。


「あれ、でも・・・・・なんだっけ?」


 タイムリープ、それは小鳥の身の上に突然に起こる。


(・・・・・・・・・)


 喉が渇いた小鳥は冷蔵庫の扉を開けた。そこには飲みかけの麦茶のペットボトルが入っていた。の笑顔を思い出し切なくなった。グラスに注いだ琥珀色の液体を飲み干すと、香ばしい麦の味が口の中に広がった。夏の味だ。


(タイムリープ、タイムリープ)


 部屋を見回していた小鳥は閃(ひらめ)いた。


「・・・・・・寝起きだ、寝て起きた時!そうだ!1回目のタイムリープは、このソファーでうたた寝していた時だ!」


 小鳥はソファーの座面を思い切り叩いた。の四十九日から、2024年7月6日にタイムリープした時は、このソファーでうたた寝をしていた。


「2回目はベッドで起きた時・・・!」


 小鳥はベッドに転がり込んだ。2024年7月6日から2023年7月7日にタイムリープした時は、このベッドで眠りから醒(さ)めた時だった。


「それに、あの時も・・・・」


 切ない記憶、シーツの端から熱が消えてゆく感覚に小鳥は身震いをした。の部屋で起こったタイムリープは拓真のベッドで朝を迎えた時だった。


 大きな溜め息が漏れた。そうと決まれば眠るしかない!然し乍ら、小鳥は先程、起きたばかりだ。


「明るい、さっき起きたばかりじゃん」


 太陽はまだ高く、薄い緑色のギンガムチェックのカーテンからは夏の日差しが燦々(さんさん)と降り注いでいる。昼寝をするなど到底難しく、小鳥はベッドの上で暫し呆然とした。


「・・・・そうだ!」


 小鳥は部屋着から水色に青い小花のワンピースに着替えると髪をバレッタで留めた。

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