これで小鳥が、北國経済大学のライブラリーセンターに出入りしていた事が明らかになった。ただ、当の本人には全く覚えがない。拓真が言い出した不可思議な問題は、ほんの一歩踏み出した様で後退した感も否めなかった。
「なんで、なんで記憶が飛んじゃっているんだろう」
「佐々木も小鳥ちゃんを覚えてないって言ってたよ」
小鳥は肩を落とした。
「私、化粧もしていなかったし、着ている服もシャツにジーンズだし、いつもうっすい青色で目立たない存在だったんだと思う」
「逆に目立つよ?」
「なんで?」
「図書サークルに参加していた女の子たちはみんな佐々木目当てで、化粧は濃かったし服も派手だったよ」
「だから?」
「その、あの、素朴(シンプル)な小鳥ちゃんは逆に目立つと思うんだけどな」
「ひ、酷いっ!」
「なにが酷いの?」
「それって、私が野暮ったいって事だよね!?」
「そんな意味じゃないよぅ」
「信じらんない!」
ポーーン
小鳥が黒いマント越しの拓真の背中を叩いていると、エレベーターの扉が開いた。
「あっ!」
暗い廊下の先には薄闇が広がり、青白い電飾ライトや色彩豊かな夜光のペンライトが点滅し列を成していた。
「うわぁ!本格的!」
行列には黄色い耳のキャラクターの着ぐるみや、輝くティアラを髪に挿し、白いドレスを身に纏(まと)った女性が並んでいた。最後尾には、本格的な扮装のゾンビたちがだらりと腕を垂らして唸り声を上げている。
「あっ!パレード!始まっちゃう!」
「ちょっ、ちょっと小鳥ちゃん!待って!」
廊下を駆け出した小鳥が振り返り、笑顔で手招きをする。その華奢な背中に愛おしさが込み上げ、それはとめどなく溢れ出た。
(・・・やっぱり、この場面は見た事がある)
そして、やはり既視感(デジャヴ)では説明しようがない懐かしさを感じた。
「拓真!早く、早く!」
「小鳥ちゃんは本当に忙(せわ)しないなぁ」
「拓真がのんびりしているんだよ!」
「パレードは逃げて行かないよ!」
「逃げちゃうってば!」
気が付けば夕日は雫が落ちたようにビルの谷間に消え、濃紺の空には光り輝く一番星と半月が顔を出していた。非日常を愉しむパレードは車道の片側一車線を貸し切り、警察官が振る、赤く光る誘導棒に導かれながら中心街へと向かいゆっくりと進んだ。
「拓真、写真撮ろう!」
「え、人がいっぱいだよ!」
小鳥は、タイミングよく歩いて来た本格的なドラキュラ伯爵に、「写真を撮って欲しい」と頭を下げ、携帯電話をショルダーバッグから取り出した。彼はとても丁寧な性格だったらしく、全身のショットから上半身、そしてパレードの列をバックに1枚、アスファルトに膝を突いてローアングルと四方八方(しほうはっぽう)から撮影してくれた。
「ありがとうございました」
すると彼は白い牙を剥き出しにして「カーっ!」と声を発するとパレードの波に姿を消した。
「本格的だったね」
「そうだね」
「来年は拓真も本格的なドラキュラ伯爵で参加しようよ」
「え!来年もここに来るつもり?」
「うん!来年はたこ焼きが食べたい!」
2024年の10月30日もこの愉しげな行列に参加して、今度はゾンビに記念写真を撮って貰おうと、小鳥は拓真の横顔を見た。
「トリック・オア・トリート!」
「なに?いきなりどうしたの?」
「ね、拓真、携帯の待ち受け画面これにしない?」
「ええええ、ちょっとこれは恥ずかしいよ」
「これ!絶対コレだからね!」
それは拓真の頬に口付ける、小鳥の横顔だった。