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第21話 学園祭

 外回りの営業中に、北國経済大学と北國学園の合同学園祭のチラシを見付けたと、拓真が小鳥のLIMEに画像を送って来た。


行ってみない?


え、なんで? 既読


ほら、あの事もあるから


どの事? 既読


ほら、読書サークルの


ああ!読書サークル! 既読


 拓真の不可思議発言から半月、2人の間では自分たちが”大学のサークルで出会っていた説”が何度も話題に上っていた。然し乍らそれを探る手立てもなく、拓真の友人である佐々木隆二も「覚えてないなぁ、向日葵ことりちゃんがいたら気が付くと思うんだけどなぁ」と首を傾げた。


「なんで小鳥ちゃんがいたら気が付くんだよ」

「え?可愛いから」

「可愛い?」

「俺の好みだし」


 拓真は佐々木隆二に、部屋への出入り禁止を言い渡した。


「なんで出入り禁止なんだよ」

「小鳥ちゃんとおまえ佐々木隆二が僕の部屋で鉢合わせするのが嫌なんだよ!」

「うわ〜独占欲〜、ドン引き〜!向日葵ことりちゃんドン引き〜!」

「なんとでも言え!」


 その時、タイミングよく学園祭のチラシが舞い込んだ。大学のキャンパスに行けば、この不可思議な出来事の解決に繋がるのではないかと考えた。


「学園祭!その手があった!」

「普段は入れないけれど、学園祭なら堂々と入れるね!」

「そうだね!学園祭!」

「それにハロウィーンパレードがあるんだって!」

「小鳥ちゃん、目的が違わない?」

「ワンコインショップで猫耳とか買おうかな」

「・・・・小鳥ちゃん」

「拓真は犬よ、犬耳!」

「僕は犬なの?」

「そう!」


 結果、大型量販店で小鳥は猫耳と尻尾、カボチャのライトステッキを手に取り、拓真は貧相なドラキュラ伯爵の衣装を購入する事になった。


「小鳥ちゃんがこんなにイベント好きだとは思わなかったよ」

「そう?」

「バーベキューの時は大人しくて、物静かな感じだったよ」

「拓真だってなんにも喋らないし、ビール持っていつの間にか背後(うしろ)に立ってて怖かったんだからね!」

「ごめんごめん、じゃ会計してくるから」

「うん」


 不意に眩しい夏を振り返った小鳥の胸は痛んだ。あの日はの四十九日だ。心から笑える筈もなかった。


=僕の事だけを考えて=


 瞬時に拓真の言葉を思い出し、「はっ!」と顔を上げると拓真はレジスターで会計を終え、サッカー台でハロウィーングッズを袋詰めしているところだった。


(また考えてしまった)


 そんな拓真は、物思いに耽(ふけ)る小鳥の姿に気付かない振りをした。



 すっかり葉の落ちたアメリカ楓(かえで)並木を走るペールブルーの軽自動車は、懐かしいキャンパスの門を振り仰いだ。学園祭は大賑わいで駐車場は満車だった。結果、北國学園の砂利敷きの空きスペースに誘導された。


「うわっ!ここ、エントランス?なんだか違う」

「新築かな、素敵なデザインだね」


 小鳥の通っていた北國学園は新キャンパスに建て替えられ、当時の姿は見る影もなかった。


「卒業から何年経ったんだろう」

「卒業が2018年で、22歳の時だから」

「えっ!ちょっ、時の流れが早すぎるんですけれど!」

「4年、違うな・・・5年前だよ、小鳥ちゃん」

「5年!考えるのが怖い」


 小鳥と拓真が大学を卒業した年は2018年、22歳だ。小鳥と拓真がすれ違っていたとすれば2015年から2018年、この前後になる。


(でも、でも・・・は懐かしいなんて一言も、言っていなかった)


 然し乍ら、目の前で微笑む2023年の拓真は「小鳥ちゃんを懐かしく感じた」「小鳥ちゃんの部屋に見覚えがある」と、そう断言した。


「小鳥ちゃん、僕のキャンパスにも行ってみよう」

「あ、うん!」


 猫耳の小鳥と貧相なドラキュラ伯爵は北國経済大学の門を潜(くぐ)った。こちらのキャンパスは5年前の姿をそのまま残していた。傾き始めた晩秋の日差し、伸びる影、懐かしい空気が溢れている。


「あ、ここ見覚えある」


 エントランスの奥にライブラリーセンターと右矢印の案内板が掲げられていた。2人の記憶が正しければ、読書サークルはこの建物の一室に集っていた。


「静かだね」


 露天のテントからは、たこ焼きやフランクフルトの美味しい香りが漂い、賑々(にぎにぎ)しい笑い声や音楽が、彼方此方(あちらこちら)から聞こえて来る。小鳥と拓真はその逆で、静寂が広がる廊下を真っ直ぐに進んでいた。


「エレベーター」

「うん、あったね」


 小鳥はそのボタンを押した。少し軋んだ音でエレベーターの扉が開いた。鏡には真剣な面持ちの小鳥と拓真がいた。箱の中に入ると2人は迷う事なく3階のボタンを押した。


「やっぱり私、読書サークルに来た事があるんだ」

「そうみたいだね」

「なんで覚えていないんだろう」

「忘れちゃったんじゃないの?」

「たった5年前なのに?忘れちゃう?変じゃない?」


 但し、小鳥が2024年から2023年(現在)にタイムリープした事自体が有り得ない、なのだ。

 小鳥は息を吸って深く吐き、逸(はや)る心を落ち着けた。エレベーターの扉が開くと真正面の小窓から西日が差し込み、思わず眩(くら)んだ。やがてその明るさに目が慣れると、古びた紙とインクの匂いが充満した図書室が現れた。背丈程の木製の本棚に、整然と収められた古めかしい装丁の本。懐かしさが込み上げた。


「私、やっぱりここに来た事がある」

「本当!?」

「ある、絶対にある!ここにソファがあって」


 小鳥がコンクリート製の円柱を周り込むと、確かにマホガニーの肘掛が付いた黒い革張りの3人掛けのソファが置かれていた。ソファを確認した小鳥は背後(うしろ)を振り向き、本棚の隙間をジグザグに歩くと奥のガラス扉へと向かった。


「ここにベランダがあるの!」

「ええ?本当に?」

「ほら!あった!」


 確かにそこには、深い緑の蔦(つた)が絡んだコンクリートのベランダが建物から張り出していた。


「本当だ、本当にある」

「もしかしたら・・・拓真と私、ここですれ違っていたのかもしれない」


 猫耳と、貧相なドラキュラは顔を見合わせた。

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