外回りの営業中に、北國経済大学と北國学園の合同学園祭のチラシを見付けたと、拓真が小鳥のLIMEに画像を送って来た。
行ってみない?
え、なんで? 既読
ほら、あの事もあるから
どの事? 既読
ほら、読書サークルの
ああ!読書サークル! 既読
拓真の不可思議発言から半月、2人の間では自分たちが”大学のサークルで出会っていた説”が何度も話題に上っていた。然し乍らそれを探る手立てもなく、拓真の友人である佐々木隆二も「覚えてないなぁ、
「なんで小鳥ちゃんがいたら気が付くんだよ」
「え?可愛いから」
「可愛い?」
「俺の好みだし」
拓真は佐々木隆二に、部屋への出入り禁止を言い渡した。
「なんで出入り禁止なんだよ」
「小鳥ちゃんと
「うわ〜独占欲〜、ドン引き〜!
「なんとでも言え!」
その時、タイミングよく学園祭のチラシが舞い込んだ。大学のキャンパスに行けば、この不可思議な出来事の解決に繋がるのではないかと考えた。
「学園祭!その手があった!」
「普段は入れないけれど、学園祭なら堂々と入れるね!」
「そうだね!学園祭!」
「それにハロウィーンパレードがあるんだって!」
「小鳥ちゃん、目的が違わない?」
「ワンコインショップで猫耳とか買おうかな」
「・・・・小鳥ちゃん」
「拓真は犬よ、犬耳!」
「僕は犬なの?」
「そう!」
結果、大型量販店で小鳥は猫耳と尻尾、カボチャのライトステッキを手に取り、拓真は貧相なドラキュラ伯爵の衣装を購入する事になった。
「小鳥ちゃんがこんなにイベント好きだとは思わなかったよ」
「そう?」
「バーベキューの時は大人しくて、物静かな感じだったよ」
「拓真だってなんにも喋らないし、ビール持っていつの間にか背後(うしろ)に立ってて怖かったんだからね!」
「ごめんごめん、じゃ会計してくるから」
「うん」
不意に眩しい夏を振り返った小鳥の胸は痛んだ。あの日は
=僕の事だけを考えて=
瞬時に拓真の言葉を思い出し、「はっ!」と顔を上げると拓真はレジスターで会計を終え、サッカー台でハロウィーングッズを袋詰めしているところだった。
(また考えてしまった)
そんな拓真は、物思いに耽(ふけ)る小鳥の姿に気付かない振りをした。
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すっかり葉の落ちたアメリカ楓(かえで)並木を走るペールブルーの軽自動車は、懐かしいキャンパスの門を振り仰いだ。学園祭は大賑わいで駐車場は満車だった。結果、北國学園の砂利敷きの空きスペースに誘導された。
「うわっ!ここ、エントランス?なんだか違う」
「新築かな、素敵なデザインだね」
小鳥の通っていた北國学園は新キャンパスに建て替えられ、当時の姿は見る影もなかった。
「卒業から何年経ったんだろう」
「卒業が2018年で、22歳の時だから」
「えっ!ちょっ、時の流れが早すぎるんですけれど!」
「4年、違うな・・・5年前だよ、小鳥ちゃん」
「5年!考えるのが怖い」
小鳥と拓真が大学を卒業した年は2018年、22歳だ。小鳥と拓真がすれ違っていたとすれば2015年から2018年、この前後になる。
(でも、でも・・・
然し乍ら、目の前で微笑む2023年の拓真は「小鳥ちゃんを懐かしく感じた」「小鳥ちゃんの部屋に見覚えがある」と、そう断言した。
「小鳥ちゃん、僕のキャンパスにも行ってみよう」
「あ、うん!」
猫耳の小鳥と貧相なドラキュラ伯爵は北國経済大学の門を潜(くぐ)った。こちらのキャンパスは5年前の姿をそのまま残していた。傾き始めた晩秋の日差し、伸びる影、懐かしい空気が溢れている。
「あ、ここ見覚えある」
エントランスの奥にライブラリーセンターと右矢印の案内板が掲げられていた。2人の記憶が正しければ、読書サークルはこの建物の一室に集っていた。
「静かだね」
露天のテントからは、たこ焼きやフランクフルトの美味しい香りが漂い、賑々(にぎにぎ)しい笑い声や音楽が、彼方此方(あちらこちら)から聞こえて来る。小鳥と拓真はその逆で、静寂が広がる廊下を真っ直ぐに進んでいた。
「エレベーター」
「うん、あったね」
小鳥はそのボタンを押した。少し軋んだ音でエレベーターの扉が開いた。鏡には真剣な面持ちの小鳥と拓真がいた。箱の中に入ると2人は迷う事なく3階のボタンを押した。
「やっぱり私、読書サークルに来た事があるんだ」
「そうみたいだね」
「なんで覚えていないんだろう」
「忘れちゃったんじゃないの?」
「たった5年前なのに?忘れちゃう?変じゃない?」
但し、小鳥が2024年から2023年(現在)にタイムリープした事自体が有り得ない、
小鳥は息を吸って深く吐き、逸(はや)る心を落ち着けた。エレベーターの扉が開くと真正面の小窓から西日が差し込み、思わず眩(くら)んだ。やがてその明るさに目が慣れると、古びた紙とインクの匂いが充満した図書室が現れた。背丈程の木製の本棚に、整然と収められた古めかしい装丁の本。懐かしさが込み上げた。
「私、やっぱりここに来た事がある」
「本当!?」
「ある、絶対にある!ここにソファがあって」
小鳥がコンクリート製の円柱を周り込むと、確かにマホガニーの肘掛が付いた黒い革張りの3人掛けのソファが置かれていた。ソファを確認した小鳥は背後(うしろ)を振り向き、本棚の隙間をジグザグに歩くと奥のガラス扉へと向かった。
「ここにベランダがあるの!」
「ええ?本当に?」
「ほら!あった!」
確かにそこには、深い緑の蔦(つた)が絡んだコンクリートのベランダが建物から張り出していた。
「本当だ、本当にある」
「もしかしたら・・・拓真と私、ここですれ違っていたのかもしれない」
猫耳と、貧相なドラキュラは顔を見合わせた。