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第53話 天空楼

 コラシーに戻るなり、私は見知らぬエレベーターに乗せられ、随分と長いこと上へ送られていた。

 外は見えないが、かなりの高層だろうことは察しがつく。

 尤も、応接室のような部屋に着いてからは、そんなイメージなんてどうでも良くなるくらい、繰り返しの詰問を受ける羽目になったが。


「できれば、速やかに事情の一切をお伝えくださることを期待しています。その方が、貴女の為になりますので」


 これである。

 ホンスビーの口は言葉を幾重にも変えながら、しかし同じ内容を何度吐いただろう。途中何度も、被っている猫を脱ぎ捨てそうになるくらいにはウンザリしていた。


「必要なことは繰り返しお伝えしているはずです。それとも、この件とは別に知りたいことがあられる、とか?」


 澄まし顔のまま、ちらりと男を覗き見る。

 何も出さない。出すつもりは無いと視線で訴えれば、向こうもいい加減焦れていたらしい。

 手元の書類を軽く整えながら、小さく息をついた。


「あくまで、周囲から余計な詮索をされぬための方途、と思っていただきたい。次の取り調べですが、夕食の前に行いますのでそのつもりで」


「ふぅ……わかりました」


 まだこんな茶番をするつもりかと思ったが、今はただ速やかにこの空間を出たかった。たとえその行き先が牢屋だったとしてもだ。


 ――特別収容区域。やっぱり普通じゃないよね。


 物々しい刑務官に連れられていく中、目に入った文字に眉をひそめる。

 事実、私の入れられた牢は、格子で仕切られてこそいるものの、家具や水回りなどが美しく整えられ、冷暖房装置やシャワー室まで備えられた、いわゆるらしからぬ空間だった。

 おかげで余計に心がざわざわするのだが。


「静かだなぁ……私以外誰も居ない感じ?」


「それはこっちのセリフだぜ若いの」


 その場で跳び上がった。驚いた時の猫の気持ちは、多分こんな感じなのだと思う。


「わぁッ!? 誰誰!? というか何処!?」


 周りを見回してみても、あるのは格子を除いて牢らしからぬ雰囲気の部屋ばかり。強いて見えない場所といえば、ちょうど対面にある格子くらいだが、そちらは照明が落とされて真っ暗闇。挙句は何故だか音も舞っていて、どこから聞こえたかさえ掴めない。

 おかげで背中に警戒しつつ身構えるくらいしか無かったのだが、相手にはそれが見えていたらしい。ため息のような声が、今度はハッキリと対面の格子から聞こえてきた。


「騒ぐんじゃねぇ、耳がキンキンする」


 闇の中から浮かび上がるように、しわがれた人影が浮かび上がる。

 闇の中には不釣合いな真っ黒のサングラス。大きな手は枯れ枝のようで、しかし何かを探るように揺らめくと、指先の触れた格子をしっかと握りしめ。


 ――もしかして、目が見えていない?


 演技だとしたら大したものだが、私にそれをしてなんの意味があるのか。訝しみながらも、とりあえず姿勢を正して彼と向き合った。


「えっと、お爺さん? でいいのかな」


「ふん……年寄り扱いするなと言いたいが、まぁ実際そうだからなんともな。ったく、長らく俺の特別室だったってぇのに、若い女なんて寄越しやがって」


 老爺は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 どうにもこの男は、随分長い間この場所にいるらしい。


「……えーと、特別室って?」


「今の内に不幸を呪っときな。ここに入れられたってこたぁ、やっこさん逃がすつもりなんざ欠片もねぇってこった」


「何故?」


「そりゃ俺の事か? それとも嬢ちゃんの事か? 後の方なら俺が知る訳ゃねぇ」


 少しずつモヤモヤが溜まってくる。全てを自己完結で終わらせられては、結局何も分からない。

 否、私が知ったところで関係ない話と考えるべきだろう。自分と老爺の間にはなんの接点もないのだから。

 だが、そう思って寝台に腰を下ろそうとした矢先、彼は何かに勘づいた様子で小さく、待てよ、と笑った。


「ははぁ? わざわざ俺ン所に入れられたってことは、ヒヒッ、嬢ちゃん俺と同類か」


「……どういう意味かな」


「名前は」


 やはりこちらからの問いには答えてくれない。

 溜息を1つ。どうせ持っているのは向こうだと諦めつつ。


「フルトニスのサテン・キオン」


 と短く告げれば、老人はふぅむと整えられた顎髭を撫でた。


「高山の小国か。成程、野郎の予想範囲内ってぇ訳だ」


「……こっちは名乗ったんだから、せめてお名前くらい教えてもらいたいなぁ」


 苦笑に苦情を乗せて投げつける。いくら相手の方が多くを持っていそうだとはいえ、何者かを定義する言葉くらいは問いかけてもいいはずだと。

 しかし、老爺はまたふんと鼻を鳴らす。これは結局スルーされるパターンかと肩を落とし。


「名前なんて随分の昔に忘れちまったさ。呼びたきゃ好きに呼べ。そんなもんは重要じゃない」


 実に微妙な回答があった。

 しかも、何か先程とは違う雰囲気というか、言葉の中に熱を感じる。

 少しだけ、何をされることもない隔てられた空間に居ながら、ぞわりと背中をなにかが走った。


「5年……もっとか? 随分と待ちわびたぞ。俺の方が先にくたばっちまうかと思ったくらいだ」


「……何の話かな?」


「隠す必要はない。嬢ちゃんが俺の想像通りなら、お前さんは禁忌に手を出してるはずだ。新燃料っていう禁忌にな」


 これが自由の身だったのなら、迷わず飛びついて何を知っているかとひたすらに問うただろう。

 しかし、こんな状況が私に回答を悩ませた。


「だとしたら、貴方は何を知っているのさ?」


「狙いはあの特別な核だろう?」


「まさか貴方、コアのことを知っ――ッ!?」


 真っすぐ立てられた指に、慌てて口を噤む。


「シーッ……声がでけえんだよ。それは隠し通せ」


「……何故?」


「利権って奴さ。国の金持ちがなんでずっと偉そうにしていられるか。下層の連中がなんで永遠に下層から出られねえか。そういう国家構造を支える骨組みを、あの核は全部ぶっ壊しちまいかねん」


 興奮を抑える私に、見えていないであろうサングラスを向けながら老人は静かに憂いを吐いた。


「国はいつ消えるか分からない資源よりも、劇薬の投入で自分たちの足場が揺らぐことを恐れてる。いつか誰かが尻を拭う必要があるとしても、少なくとも自分の世代ではないと信じてな」


「危機も希望も訪れると分かっていながら、手を出さないでいるってこと?」


「奴らにとっちゃあくまで伝説さ。実物が何処にあるか、どんな性能なのかなんて知りはしない。だが、それを伝説から掘り起こそうとする奴を見つけると、こうして闇に葬ろうとしてくる」


 唇にグッと力が籠る。

 老人を信用できるかはともかく、余りにも現実味が強すぎる言葉だと思った。


「腐ってるね」


「コラシーはデカい。そういう場所ほど、虫歯みてぇに真ん中から腐っていくもんよ」


「……お爺さんは、何を知ってるの」


 短い問いかけには、沢山の何故がついてくる。

 私は聞かねばならない。信じるかどうかはともかく、私に語ろうという老人の言葉を。

 真剣な顔をしたところで、見えはしないのだろうとは思う。だが、彼はヒッヒと小さく肩を揺らし、握りこんだ枯れ枝のような手を持ち上げてみせた。


「アレの使い方なら、一通りは知ってるぜ。今生きてる連中じゃ、もう誰よりも知ってるかもな」


「まさかと思うけど、アレを作ったのは……?」


「馬鹿言うな。俺は壊しの天才だが、文明を救う技術なんてのは門外漢さ。だからだろうな。俺がここに残されてんのはよ」


 その一部始終を見てきたのだと、どこか自嘲的に老人は告げる。

 他の人はどうなったのか。まだ誰か知っている人が居るのか。聞こうとしてやめた。

 それを本当に問いたいのは、きっと彼の方なのだろう。そっか、という短い言葉さえ、咄嗟に出てこない。


「聞かせな。嬢ちゃんはあの核をどれくらい理解してる? 何に使おうとしている? 金か、名誉か、権力か?」


「私は――」


 この時自分は、あまりにも自然に、あまりにも短絡的に全てを語っていた。

 ほんの僅かな間だけしか関わっていないはずの老人に、知っていることもやろうとしていることも。

 どうして何も疑わなかったのかは自分でも分からない。

 ただ、彼は茶化すようなこともなく、ただ静かに私の話を聞いてくれた。手短に全てを話し終えた時、ようやくあの笑いが聞こえてきたくらいには。


「ヒッヒッヒ……大したもんだ。あぁ大したもんだなぁ」


 パチンと打ち合わせられた拳と掌。歪んだ口元からはニィと金歯が覗いていた。


「ざまあみろだぜ。ようやっと、ようやっと俺に手番が回ってきやがったらしい」


「えっと――」


「いいか嬢ちゃん」


 何の話かと首を傾げた私に、格子の向こうで人差し指が向けられる。

 最初と同じ、全てを1人で納得したような振る舞いに老人は戻っていた。何故だか最初より、余程若々しく見える気はするが。


「1週間耐えろ。取り調べには何も答えるな。ホンスビーが強引に出てきたら俺を引き合いに出せ。話をしていると言うだけで反応が変わる」


「どういう意味?」


「詮索は必要ない。ただ1つ気を付ける点は、ホンスビーの動きだけだ。あの男は国の天上とは異なる、何か別の意思で動いている。奴にだけは、十分注意を払え」


 一方的にそう言い放つと、老人はまた闇の中へとスルスルと消えていく。

 そこには同じ部屋があるだけだと思うのだが、どうしてだろう。自分が不可思議な何かと会話をしていたように思えてしまうのは。


 ――私、ホラーって結構好きだと思ってたんだけどな。


 少しだけ、手が震えていた。それが恐怖によるものか、興奮によるものかは判断できそうにない。



 ■



 汽笛の音が響く。

 辺りでは貨車から下ろされた木箱や麻袋が、人や車両やスチーマンの手であちこち行き交っている。

 だが、行き交うのは何も貨物だけではない。下層に位置する貨物駅は、中層に設けられた旅客駅と異なり、多くの労働者を運びもする。

 旅客列車とは雲泥の差があるボロけた客車から、ぞろぞろ流れ出す薄汚れた人々の中で、褐色の肌をした少年は大きなリュックを背負って立っていた。


「す、凄いなぁ。こんなに沢山人が居るなんて」


 ガチャガチャと物の詰め込まれたリュックは、肩に食い込むほどに重い。

 けれどその痛みを忘れるくらい、少年は生まれてこの方見たことのない人波と、天井が高くスチーマンの行き交う景色に呆けていた。

 ただ、ふいに彼は口を押えて顔を下へ向けた。


「う……ちょっと酔いそう」


 仕方のない事だろう。何せ少年は今日に至るまで、数十人程度の人間が居る空間が、賑やかな場所だと思って生きてきたのだから。

 しかし、出稼ぎ労働者の波が途切れれば、一旦周りから人は空く。その機を逃さず彼は大きく息を吸うや、細い身体にむっと力を入れ直した。


「ダメダメ。せっかく任せてもらえたんだから。えーと、都市外労働者組合は――わぷ」


 殴り書きの紙片を片手に歩き出そうとした矢先、顔に何かがぶつかった。それは鼻先に鉄のような固さを、頬に柔らかい温かさを同時に伝えてくる。

 リュックの重さもあって、危うく少年は転びかけたが、どうにかたたらを踏んで持ちこたえた。同時にごめんなさいと頭を下げそうになって。


「っとと、やぁゴメンね? 怪我してない?」


 先に跳んできた謝罪の言葉に、彼はぱちくりと目を瞬かせる。

 心配そうに覗き込んでいたのは、夕焼けのようなオレンジの瞳。波打って揺れる二つ括りの茶髪が見え、少しだけ日に焼けた頬にドキリと胸が跳ねた。


「は、はい! 大丈夫、です」


 慌てて姿勢を正し、大きく頭を下げる。その一瞬だけ、肩にかかる重さを忘れてしまったかのような動きで。

 一方、夕焼けのような瞳をした少女はホッと安堵した顔を見せた後、ううん? と不思議そうに再び彼の顔を覗き込んだ。


「君、この辺りの子じゃないね? 迷子?」


「違います! あ……でも」


 もしかしてこれはいいきかっけなのでは、と少年の中に閃きが走る。

 このお姉さんはなんだか慣れた様子だし、何より優しそうな感じだから、無口で速足に歩く大人を呼び止めるよりは聞きやすいのではないか、と。


「僕、都市外労働者組合に用があって、どっちに行けばいいか分かったり、とか……?」


 あくまで、少年にしてみれば淡い期待だった。何せ彼は引っ込み思案で、けれどある人に貰った勇気を出してここまで来たのだ。

 故にこの時点で残っていた勇気はほんの少しだけ。右も左も分からない都市の中、縋れるものがあるなら縋りたい。そんな感覚。

 恐る恐る、失礼にならないかと見上げた目。そこに映ったのは、ニッと明るく笑う少女の顔だった。


「だったら連れて行ってあげるよ! その荷物だし、きっと外からの出稼ぎでしょ?」


「えっ、あっ、ありがとうございます」


 お礼を言いはしたが、あまりに都合よく話が進んだことに、少年は一瞬呆然としていた。

 そんな彼を笑いながら、少女は早くおいでと軽く言いながら先を歩き始める。


 ――綺麗な人だなぁ。


 少女は彼の普段過ごす場所では、全くと言っていいほど目にしないタイプだったからだろうか。ほんのり見とれている内に、少年は組合事務所の扉を潜っており、そこまでの道のりはほとんど覚えられていなかった。


「物資の換金及び商取引許可ですね? こちらにお名前と年齢、出身地をお願いします」


「ええと……」


 受付を担当する女性から渡されたクリップボードに、彼は自らの名前を記す。

 取引依頼。所在地、ブラックブリッジ旧炭鉱。取引担当者名、エルツ・クラッカ。

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