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第52話 モヒカン

「……真意は分からない。けど、ミスター・ホンスビーは情報が欲しいと言った。私のビザを確認すれば済む話なのに」


 暗く輝く彼女の目に、俺の喉はゴクリと鳴った。


「本物なんだよな?」


「当然だよ。密入国しないといけない理由なんて何処にもないしさ」


 軽く顎を撫でる。自分を落ち着かせるために。

 このサテン・キオンという女が変な奴であることは知っているが、既に都市の出入りを数回行い都市内で工房すら借りている。何なら先のレイルギャング討伐で、鉄道会社相手なら多少名前も売れているだろう。

 仮に書類偽装をしなければいけないような逃亡犯や密入国者なら、もっと早い段階で足がついていたに違いない。

 それが今更になって騒ぐのは何故か。サテンはフッと目元に影を落とした。


「ただ、私が潔白だったとしても、力を持つ何者かに目をつけられたとしたら話は別。権力者は相手に火がなくても、煙くらい簡単に立てられる。何ならフルトニスと連絡を取る為の時間が、私に残されたタイムリミットだって言うくらいにはね」


 そこまでに何も出なければ、適当な理由をつけて消してしまえばいい。殺さなくても社会から姿を消させれば同じこと。

 下層では気に入らない誰かがスケープゴートにされるなんて珍しくない。それはあまりにも身近過ぎて、だからこそ嫌な感覚が胸元に籠った気がした。


「なら、さっきの野郎がわざわざ出向いてきやがったのは、何かを闇に葬りたがってる、あるいは何かを欲しがってるってとこか?」


「多分ね。まぁでも、捕まっちゃってるし何にもできないんだけど。弁護士とかも立られたらラッキーくらいだろうし」


 サテンの目から見ても、ホンスビーは普通でなかったらしい。自分の嗅覚も馬鹿にできないものだ。

 とはいえ、あれが敵であるという確証には至れず、かといって行動を起こすには自分たちの現状はあまりにも悪すぎる。

 大きく息を吸って、静かに吐く。


「――お前は、それでいいのかよ。やるべきことがあるんだろ」


「諦めるつもりはないよ。ただ、今は何にもできなくなったってだけ。ふぁぁ」


「気楽な奴だな。明日殺されるかもしれねぇって時によ」


「仮に消されるんだとしても、自分が正しいことをしてるって証明くらいにしか思ってないかも」


 欠伸を噛み殺しながら、サテンはフフフなんて小さく笑う。

 かと思えば、黙りこくった俺に向き直って、どこか申し訳なさそうに眉を寄せた。


「ホント、君には迷惑かけちゃうかもだけど」


「今更じゃねぇの?」


「その癖ちゃんと付き合ってくれるよね。檻に入るのも2回目だよ?」


 寝台の上で両肘をつきながら、彼女は俺を見る。言葉にしなかった代わりに、目が訴えている気がした。

 ため息を1つ。サテンに背を向けながら横になる。


「俺ぁ契約書とポリシーに従ってるだけだ。死んでも金は払えよ。こちとら生活かかってんだ」


「アハハッ、厳しいなぁ。できるだけ努力するよ」


 背中から聞こえる声はどこか楽しそうなのに寂し気で、その癖何かの問いかけを躊躇っているような気がした。

 どうして? その四音がつっかえたのだろうか。頭を捻った所で、サテンが何を考えているかなんて、俺にはまるで分からない。

 それこそ、今更の話だとは思うが。



 ■



 目の前でランプの光が揺れている。

 冷たいコンクリート壁に囲まれた部屋。鉄の机を挟んで反対側には男が3人。どいつもこいつも見知った顔だ。

 椅子にふんぞり返る小男に関しては特に。


「知っていることをさっさと吐け。あの女を庇ったところで、お前には何の得もあるまい。ヒュージ・ブローデン」


「知らねぇっつってんだろが。お前ら、俺の出自が分かっててよーくこんな質問できるよなァ? それともアレか、耳にピーナッツバターでも詰まってんのか?」


「やァれやれ、強情にも困ったもんだ」


 パイプから煙を吐きつつ、小男は呆れたように笑う。

 コラシーに帰って来て早々、下層の留置所に放り込まれている訳だが、この展開は流石に予想外だった。おかげで、後ろ手を手錠に繋がれたままでも、奴よりなお俺は呆れ返っていた。


「テメェの言う通りだぜカシャッサ。アイツを庇ったところで、金が振り込まれねぇ限り俺にゃ何の得もねぇ。吐けることがあるなら吐いてるさ」


 他に何がある、と顎を揺する。

 対する小男は似合わない探偵の真似事でもしているつもりか。トンとパイプから灰を落としつつ、机に肘をついてこちらを舐めるように眺めてくる。

 ただのスクラッパー風情が、随分偉そうな立場を気取ったものだ。


「2度仕事に同行し、どちらでもそれなり以上に派手な戦闘までやってのけている。そこまで体を張って、お前が得た物はなんだ? かび臭いダウザーのプライドを慰める為か?」


「プライドぉ……? キヒヒッ! だとしても答えは何にも変わらねぇぜ歯抜け野郎。もしも俺を挑発してるつもりなら、せめて3対1でまともな殴り合いができるようになってから言うんだな」


 軽く唾を吐いてやれば、歯抜けのカシャッサは眉を小さく跳ねさせる。

 俺が最後に素手でやり合った喧嘩相手だ。それも3対1だったのにほぼ一方的に全員を殴り倒したのは記憶に新しい。

 執念深い小男の事だ。腹の奥底に溜まった鬱憤を晴らす機会だとでも思っていたのだろうが、プライドの傷を埋めるには安っぽいやり方だろう。


「……チッ、まぁいい。今の内に精々吠えておけ。その威勢がどこまで続くか、じっくり見物させてもらおう」


 吐き捨てるようにそう言い放つと、カシャッサはフェドーラ帽を被り直して席を立った。

 手下2匹を引き連れて、ドアの向こうへ消えていくその背を見送りながら、俺は珍しく頭を回していた。


 ――サテンの言ってたことが正解かもな。何が程なく自由の身になる、だか。


 今の状況はまるで筋が通らない。あるいは、自分の見えないところで、無理筋を通そうと動いている何かがある。

 見えないなら、探すしかないだろう。タイミングよく、取調室のドアから制帽をだらしなく被った保安官が顔を覗かせた。

 どうやら俺は運がいいらしい。


「なぁ保安官さんよ」


「なんだ。こっちは忙しいんだが?」


「そう言うなよ、結構長い付き合いだろ。1つ教えてくれや」


 腐れ縁と言うべきか。何度か世話になった覚えのある下層エリアの保安官は、細い目でぎろりとこちらを睨む。だが、喋るなとは言わない。

 俺の予想が正しければ、こいつはこいつで腹に据えかねている物もあるのだろう。


「なぁんだってこっちの取り調べに、アンタじゃなくあの歯抜けが出て来てんだ? 組合内の犯罪もアンタの管轄だろ?」


 指示に従って立ち上がりながら問いかければ、明らかに鬱陶しそうな舌打ちが返って来る。


「胸糞悪ぃ話を蒸し返すんじゃねぇよ。カシャッサのボケは、組合の意向だとかなんとか偉そうなことを抜かしてたがな。人のシマに土足で入りやがって」


 どうやら、俺の想像は間違っていないらしい。

 歯抜けのカシャッサといえば、カスのようなスクラッパー連中を束ねるギャング気取りの親玉だ。そんな奴が知らない間に、組合の治安委員になって保安官を補佐している、なんて馬鹿げた話でなくてまずは一安心。


「てこたぁ、保安官様の方は何にも知らされてない感じか」


「お前こそ一体何したんだ? 昔っから馬鹿なガキだったが、組合を敵に回すような間抜けはしねぇと思ってたんだが」


「んなもんこっちが聞きてぇくらいだっての。真っ当に働いてただけだぜ俺ァよ」


 言われるがままに牢へ向かう通路を歩きつつ、しかし保安官の俺を見る目はどこか疑わしい。

 これが日頃の行いという奴だろうか。とはいえ、幼少期と比べれば随分丸くなったと自分では思うのだが。


「どっかで組合役員の家族でもぶん殴ったか?」


 保安官は一番可能性が高そうだと思ったらしい。俺が入った牢の鍵をかけつつ、そんなことを口走る。


「最近は喧嘩も碌にしてねぇよ。そもそも町中で最後にぶん殴った奴なんて――」


 と、記憶を辿って思いついたのは、しっかり歯の抜けた間抜け顔だった。


「あぁ、カシャッサだわ」


 俺は自分が殴った奴の事は忘れない。正しくは、殴った時点で自分よりも強いか弱いかがハッキリするから、それを覚えていると言った方がいいだろう。


「アイツに恨まれたところでなぁ、いいとこチンピラ寄せ集めで仕返しに来るかどうかだろ。つっても、お前相手じゃ10人がかりでも勝てるかどうかだろうけど」


「キッヒッヒ! よぉくご存じで」


「……猛獣の面倒見る俺の身にもなってほしいわ」


「嫌なら出してくれてもいいんだぜ?」


「馬鹿言うな。こっちも仕事だ」


 大人しくしてろよ、と睨まれる。基本不真面目な奴だからこそ、手間を増やすようなことになれば本気で怒り出すからたまらない。

 あるいは、だからこそ下層の保安官として長く認められているのかもしれないが。


「邪魔するつもりはねぇよ。ただ1つ、工房のリヴィにナシ付けてくれねぇかな」


「保安官をなんだと思ってんだ。伝言板じゃねぇんだぞ」


「仕事道具がぶっ壊れたままじゃ話にならねぇんだって。アイツを連れて来るだけでもいいからさァ、これで頼むよォ」


 差し出した掌をじわりと開く。

 見れば誰でもすぐわかる、小さな価値のある金属片。それを見た保安官が目を剥くのも当然だろう。


「おま……どこに隠してたんだ」


「モヒカンの中だけど」


 キヒヒと小さく笑う。

 俺の髪は硬いのだ。金貨の一枚くらいなら隠しておけるくらいには。


「……どうなってんだその髪。他になんか隠してないだろうな」


「こいつだけさ。だから触るのは勘弁してくれ、俺のアイデンティティだからな。それより要るの? 要らねぇの? 酒代くらいにはなる額だぜ?」


 頭を大きく振って何も入ってないアピールをしておく。これで納得してくれるあたり、保安官も中々情に厚い。

 否、明らかに視線が掌に行っていたと言うべきか。秒と経たないうちに、俺の大事な金貨ちゃんはポケットの中へ攫われていった。


「――あぁ見回りの時間だったな。いいか、悪さするんじゃあないぞ」


「へいへい大人しくしてますよっと」


 格子の前から去っていく保安官に、俺は硬い寝台へ静かに腰を下ろす。

 今の自分にできるのはこれくらいだろう。

 さて、相棒様はどこからどう動くつもりかな。

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