普通の弾丸とは明らかに違う、まるで火炎そのものが発射されたかのような帯。
――ドラゴンブレス弾。
飛び散る高温のマグネシウム片はジワリと拡散しながら飛翔し、その光を奴の頭にぶつけた。
小さなマテリアならば、これを外からぶつけるだけで焼き殺せるような代物だ。しかし、巨体は意に介した様子もなく火炎を見つめ。
程なく、その口元から目が潰れる程の閃光が迸った。
「ぬひぃっ!? なん、じゃ、こりゃあ!?」
モニターが焼けつくのではと思う程の白い光に、先ほどまでの咆哮とは違う、悲鳴にも似た化物の声が響き渡る。
その真っ白な世界の中で、空から影が落ちるのが見えた。
「離れた! ヒュージ君!」
「――んのっ! 間に合えッ!」
リボルビングバスを投げ捨て、スライディングしながらもがき苦しむ奴の足元を通り過ぎる。
半分は見えていなかった。しかし、自由落下してくる軽い機体を掴まえるくらいは造作もない。
「ワルターさん!」
「悲鳴は後にしろ! 逃げんぞ!」
地面に直接落ちるよりはマシ、という程度の衝撃吸収しかできていないだろうが、気にしている場合ではない。アレが暴れ出しでもすれば、俺たちまで巻き込まれかねないのだ。
オオノ式を掴まえた俺は奴の影からとにかく距離を取ろうと、ダム湖の反対側まで全力で走った。
そこでようやく後ろを振り返った時、口元から白い閃光と煙を放っていた奴は、ぶんぶんと首を振り回していたものの、最後には無暗に長い足を棒のように伸ばしたまま、ゆっくりと横向けに倒れていった。
地響きが乾いた泥砂をパラパラと跳ね上げる。ただ、今まで騒がしかった辺りはそれきり急に静まり返った。
「暴れて暴れて、死んだ……か?」
倒れて動かなくなった奴の姿に、俺はオールドディガー共々呆然と立ち尽くす。
ただ、完全に思考が止まっていた後ろ頭を、ペチンと手のひらに叩かれた。
「ヒュージ君、ワルターさんの救助!」
「お、おう!」
慌てて俺は抱えていたオオノ式を地面におろし、すぐさまコックピットハッチを蹴り開けて外へ出た。
「おい子ガラス! 生きて――ぬぉ……」
外装板の上に降り立って、俺は息を呑んだ。
強い力にひしゃげているだけではない。高温に炙られて金属が粟立っているその姿を。
スクラップ同然。脳裏に過ったそんな言葉を振り払い、コックピットであろうハッチ部分のハンドルに手をかける。
熱で歪んだロックハンドルは、俺の力に軋みを上げたが、どうにかこうにか回ってくれた。ロックさえ外れてしまえば後は容易い。圧力系が死んでいるのもあって、薄っぺらなハッチはさほど抵抗もなく開いた。
「おい! 生きてるか!?」
内側から上がってくる蒸した空気に口元を覆う。
だが、火傷をするような温度ではなく、燻ぶる視界から微量の蒸気漏れだろうことは察せられた。
その奥から、けほけほと咳き込む声も聞こえてくる。
「だい、じょうぶ……心配には、及びません……」
「ワルターさん!」
俺に代わってサテンがコックピットの中へ飛び込むと、想像していたよりも幼い雰囲気の少女が抱き起されてきた。
何なら、見覚えもある顔で。
――こいつ、ババアの影だった奴か。
まだ成人していないのでは、と思うくらいの顔立ちに、俺は唇にぐっと力が籠る。
一方で、サテンに抱えられたワルターは無表情なまま、しかし彼女の腕に頭を埋めるようにして呟いた。
「……キオンさんは、お優しいの、ですね。このくらい、大丈夫です、から」
「ゴメン、ゴメンね……」
鼻声になりながら謝るサテン。
その背中と黒いオオノ式スチーマンに、拳がギチリと鳴るのを感じていた。
■
カァン、カァンと槌が鳴り、バチバチと溶接溶断の音も聞こえてくる。
「ダムの怪物って噂、多分あいつのことなんだろーけどさ」
資材を持って行きかう人々を前に、タムは腕を組んでうーんと首を傾げていた。
「まさか倒しちゃうなんて思わないよね」
追い払う予定だった。否、追い払えれば御の字と考えていたと言うべきだろう。
結果オーライではあるものの、彼女は腑に落ちない様子で唸る。
一方、本当に死んでいるかどうか分からない化物を、念のためとワイヤーで地面に固定している現場では。
「せめて解剖、解剖を!」
などと興奮した様子で、大いに叫び散らす生物学の先生様がいらっしゃったりもする。
作業です危険ですと周りの面々に制止されてもお構いなし。アパルサライナーの面々が如何に濃い連中ばかりかがよく分かるが、それでも彼はまだマシな方だと俺は思う。
「落ち着きなさいサミュエル。じゃなきゃキスするわよ」
「ヒぃッ!?」
押しても退いても止まらないサミュエルが硬直させるだけの迫力。メルクリオの一喝、と言っていいのかは分からないが、迫る謎の色気に周りの面々すら波が引くように作業へと逃げていく。
そんな様子に、いよいよ社長様も唸っているのが馬鹿馬鹿しく思えたらしい。頭をガリガリ引っ掻いたかと思えば、うがー! なんて叫び声を上げた。
「遊んでないで回収急げ! だいぶ勿体ないことしてんだかんね!」
その様子を尻目に、俺はキッヒッヒと笑った。
あのマテリア分も含めれば確実に黒の仕事となっただろうに、それでも失った分は勿体ないというのだから、やはりアイツはガチガチの商売人らしい。
「よくやった方だってのに、商人様は喧しいもんだぜ」
「そう、だね」
ちらと隣へ視線を移す。
サテンは水の入ったボトルを握ったまま、どこかボーっとした様子で作業風景を眺めていた。
ワルターを銀眼鏡に託してから今まで、彼女はどこか遠くを見ているようである。
「なぁ、教えてくれねぇか? お前、あん時一体何使ったんだ。一瞬でスチーマンの外装を溶かすなんて普通じゃねぇだろ」
「うん……? あぁ、代替燃料として開発されていた試作燃料を燃やしただけだよ。主成分は液化させた特殊マグネシウムだとか、ね」
ほぉん、なんて俺も気のない声を返す。聞いたってよく分からないことは先刻承知しているのだから。
強いて言うなれば、マグネシウムがドラゴンブレス弾のペレット材だったということくらい。それが大量に、しかも口の中で燃えたのなら、化物がぶっ倒れるのも無理はないのでは、とは思うが。
どうでもいいか、と小さく肩を竦める。
「らしくねぇな。お前が凹むなんてよ」
「……そうかな。そうかも」
ちらと隣へ視線を移す。
サテンは水の入ったボトルを握ったまま、どこかボーっとした様子で作業風景を眺めていた。
ワルターを銀眼鏡に託してから今まで、彼女はどこか遠くを見ているようである。
「なぁ、教えてくれねぇか? お前、あん時一体何使ったんだ。一瞬でスチーマンの外装を溶かすなんて普通じゃねぇだろ」
「うん……? あぁ、代替燃料として開発されていた試作燃料を燃やしただけだよ。主成分は液化させた特殊マグネシウムだとか、ね」
ほぉん、なんて俺も気のない声を返す。聞いたってよく分からないことは先刻承知しているのだから。
強いて言うなれば、マグネシウムがドラゴンブレス弾のペレット材だったということくらい。それが大量に、しかも口の中で燃えたのなら、化物がぶっ倒れるのも無理はないのでは、とは思うが。
どうでもいいか、と小さく肩を竦める。
「らしくねぇな。お前が凹むなんてよ」
「……そうかな。そうかも」
基本的に何があっても飄々としていて、自分の信念の為ならどこまでも突き進める奴だと思っていた。
おかげで、あまりにもギャップのあるしおらしい姿なんて見せられると、こっちがどうしていいか分からないのだ。
そもそも俺は、誰かを励ましたり元気づけるなんていう性質じゃない。にも関わらず、ここに留まっているのだから我ながら間抜けもいい所だとは思う。
ゴリゴリと後ろ頭を掻いた。
「生きてただけ儲けもんだろ。それも俺たちを追い回すお役目は中止するってんだ。こっちの仕事としちゃこれ以上はねぇ。違うのか?」
「それでも責任は取るつもりだよ。あの子を、ニコラ・ワルターを餌にしたんだから」
成人にも至らない影の少女は、既にグラスコロネットへと引き渡された。
大した外傷はないが、軽度の火傷と衝撃による骨のヒビ。多分俺が受け止めた時に負った物だろう。それ以外にもむち打ち症状なんかが想定されていた。
あんなガキを相手にしていたかと思うと、俺も腹立たしくは思う。責任という言葉も理解できる。ただ、俺たちが今沈んだところで意味がない事もまた事実だった。
「子ガラスに助けがいるとすりゃ、むしろこっからが本番だろうよ。発狂するババアが入れ歯をぶっ飛ばしてくるなら、俺も手は貸すつもりだぜ」
「君が?」
「借りがあるからなァ」
オールドディガーを降りてから、サテンが初めて俺の方を見た気がする。何故そんなに眼を丸くしているのかは知らないが。
メリーアンが影を差し向けてきた。その意味が分からない程、俺も間抜けではない。
絶対に失敗できない仕事だったはずだ。だからこそ、表沙汰にしない範囲で自分の出せる最高の戦力を出してきた。同行していたベンジャミンにしてもそうだろう。
だが、俺達は生きている。しかも向こうは何も得られず、2両のデミロコモまで失った。下手をすればオリゾンテ商会を傾けかねない大損失だ。
責任の所在を求める声は大きくなるだろう。事態の収拾がつくならば、あのババアはどんな汚い手でも打つ。そういう奴だ。
「蒸気管に穴あけられたのに?」
沈黙。
ぐるーりとアパルサライナーの格納庫入口へ顔を向け。
「ア゜ッ! 忘れてたッ!」
「ぷっ……アハハハハっ! 何それ! アハハっ!」
サテンは盛大に笑った。腹を抱えて、目の端に涙を溜める程。
貸し借りなしではないだろうかとも思うが、何だか毒気を抜かれた気分だ。今回の損があるとしても、借りは借りで処理しておこう。
「はー、おっかしい」
「ちったぁペース戻ったか?」
「お陰様でね」
どこかサッパリした顔で、彼女はまた作業風景へと視線を戻す。
怖いもの知らずの自由人。誰にも何にも縛られない風のような雰囲気。湿気なんて帯びない方がいいだろう。
そんな考えが脳裏を過ったことが、どうしてか妙に気恥ずかしくて、俺はそうだそうだとわざとらしく手を叩いた。
「お前の方はどうだったんだ? 例のブツはあったのか?」
アパルサライナーの連中はともかく、俺たちの目的はあくまで完全蓄熱コアだったはず。今の今まで完全に忘れていたが、そっちの成果も聞いておかねば。
と、彼女の方を見れば、長いウルフカットの髪はアッサリと左右に振れた。
「ここにはなかった。けど、来た意味はあったよ」