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第47話 新燃料

「ワルターさん、聞こえてましたか!?」


 タムすらサッパリだという道具を聞いて何になる。ひたすら巨体を相手に立ち回り続けることしかできない状況が、それで改善することなんてあるのだろうか。

 レバーを握る腕に痺れが走り、汗ばんだ手がグリップから滑る。

 その一瞬で踏みつぶされかねない現状に、俺は拳でレバーを叩いて奴の薙ぎ払いを躱していた。


『はい。途切れ途切れに』


 時々走る火花に、化物の意識が向くことはある。

 だが、立ち止まるのは一瞬。オールドディガーの方が鬱陶しいと思っているのか、さっきのように子ガラスの方へ釣られてはくれない。

 だからこそ、ワルターは途切れ途切れの話を聞く余裕があったのだろう。彼女の返答にサテンはフッと笑いを零した。


「件のコンテナを探してください! 見つけたらアイツに投げつけて!」


「何か解決策でもォ――ヒエッ!?」


 ブゥンと頭上を太い腕が通り過ぎる。しゃがむ反応が一瞬遅れていれば、今頃オールドディガーの頭は宙を舞っていた。

 質問など投げている場合ではない。俺は、俺にできることをするしかないのだと腹を括った。


「もし私の読んだ資料の通りで、アイツが本当にマテリアなら、勝ち目あるかもって感じ」


『……分かりました。探します』


 ライフルを担ぎなおしたオオノ式が、ダム施設の方へと駆けていく。

 これで気を引く援護もなし。本来は俺が何より得意とする、正面切っての1対1になった訳だが、こんなに気持ちが盛り上がらないのも初めてかもしれない。


「ヒュージ君、銃を!」


「気楽に言ってくれやがって――よォっ!」


 横っ飛びに跳びながら、右腕側の火薬式ウインチを飛ばす。

 それは地面に弾かれながらたわみ、落としたままとなっていたリボルビングバスの上を通り越えて止まった。

 転がる機体。同時にウインチ側へ蒸気を送り込んで巻き上げを指示すれば、アンカーとなっている先端が土を巻き上げながら戻ってきて、その途中でリボルビングバスをカァンと弾き飛ばした。


「上手!」


「こんなもんただのまぐれだ!」


「運も実力ってね! この先も私たちに運があれば――」


 彼女の言葉を聞きながら、傷だらけになった銃を掴まえる。

 そこまではよかった。


「――あぐっ!?」


 目の前が一瞬で真っ赤に染まる。

 次の瞬間、俺は薄く蒸気の漏れるコックピットの中で、亀裂の走ったモニターから空を見ていた。

 頭を振って歯を食いしばる。


 ――くそ、油断した。だが、動くか。


 レバーとペダルに反応して、オールドディガーは上体を起こした。鋼の相棒はまだ死んでいないらしい。

 コックピット内を走る制御配管のバルブを、バイパス側へ変更すれば蒸気漏れも収まった。腹の底から吐き気は込み上げてくるし、視界も二重にブレて映るが、オールドディガーの手がリボルイビングバスを握ったままでいることはわかった。


「や……ろう、気持ちよくぶん殴ってくれやがって……」


 覚えている限り、最後に見えたのは銃を掴まえた所。いや、正しくはそれしか見えていなかったと言うべきか。

 だが、まだ戦える。俺の体は。

 そう考えた時、冷たい感情が背中を走った。


「ッ! おいサテン、生きてるか!?」


 咄嗟に振り返った先には、だらりと弛緩した足が服のサイドスリットから伸びている。

 焦りから俺は後部座席へ身を乗り出せば、シートベルトの中で背もたれに崩れ落ちたまま、彼女は何も答えない。

 ただ、独特な薄手の衣装の下で、胸が上下していることは見て取れた。


 ――あ、焦らせやがって。


 雪崩るように俺は自分の席へ戻る。無暗にうるさい心臓が鬱陶しかった。


『キオンさん、見つけました。いつでもいけます。キオンさん?』


 仕事が早い奴だ。ババアの子飼というだけあって、地はかなり優秀なのだろう。

 俺はゆっくりと機体を起こす。


「……サテンなら伸びちまってるぜ。どうしようもねぇ」


 ぐるりと機体の首を回し、リボルビングバスをゆっくりと構えなおす。

 巨体は既にオールドディガーを仕留めたと思ったのだろう。未だ瓦礫に苦戦するアパルサライナーの方へ頭を回し、いたぶるようにゆっくりと迫っていた。

 時間はない。だが、やることは分かっている。


『彼女はニコラに、投げつけろ、と仰いました。足止めを頼みます、ヒュージ・ブローデン』


「ハッ、指図してんじゃねぇーよ。テメェの部下になった覚えはねぇ――ぜッ!」


 蒸気圧調整、脚部へ投入。

 最近はサテンに任せきりだった操作だ。いつもより荒っぽい動きとなったオールドディガーは、地面を削りながら履帯を勢いよく回して弾かれたように加速する。

 狙いは後ろ足。どうせ向こうの胴体になんて届きはしないのだ。


「足元が御留守だぜぇ! だぁらぁッ!」


 ラリアット気味の体当たりに、巨体が僅かに揺らぐ。

 しかし、そんなものは一瞬だ。奴は体をねじりながらこちらを一瞥すると、最早どうでもいいと言いたげにそのまま歩き始めようとするではないか。

 どうにか動きを止めようと、しがみ付いて地面を抉る程踏み込んだ。


「ウヒィィィィィィィ!? アイゼンごと引き摺られてるゥゥゥゥゥ!」


 残念ながら、相手が悪かったらしい。デミロコモすら踏み砕くようなパワーを前に、大きく重いはずのオールドディガーは筋トレ用のウェイトくらいにしかなれていない。

 にもかかわらず。


『耐えて下さい』


「この状況見えてねぇのかテメェ様はよォ!?」


 冷静に言われれると余計に腹が立つ。

 人にはできることとできないことがあるだろうがと、吠え掛かった時だった。

 響き渡った爆音に巨体が僅かに揺らぐ。


「なん……だァ!?」


 赤々と照らす光が暴風を作り、暴風が丸くなった黒煙を高く高く舞い上げる。

 至近距離の爆発だ。当然衝撃は凄まじく、俺は堪らずオールドディガーを後退させた。


『これは、砲撃?』


「あぁん!? おいタム、お前何してんだ!? アレを引き寄せるつもりか!? ってか俺居るんだけどォ!?」


『違うよ! アタシは何にも撃ったりなんか――』


 咄嗟にアパルサライナーの方を見れば、どうやらタムの言い分は嘘でないらしく、主砲は正面に向けられたままだった。

 であれば、一体何が。


『合理的判断によるもの、と申しておきましょう』


 ガリと鳴った無線から、淡々とした声が聞こえてくる。

 俺にはダム堤体のせいで何も見えなかった。しかし、化物の巨体は堤体の影からはみ出して見えたのだろう。黒煙を振り払ったミジンコの頭に、続けて砲弾が降り注いだ。


『何故、グラスコロネットがここに……』


「ははぁん? 道理で銀眼鏡がさっさと逃げおおせる訳だぜ。3両目まで居たとはな」


 姿は見えずとも、余程攻撃的な車両であるのは間違いない。

 でなければ、あれだけ砲弾を跳ね返し続けたミジンコ野郎を、ここへきて多少動揺させるなど不可能だ。

 しかし、それでも分厚い表皮相手ではかすり傷なのだろう。砲撃の隙間を突いて、奴は攻撃目標を明らかに変えた。


『いけません! 下がってください! そちらが狙われます!』


『はて、無線感度が悪すぎて聞こえませんな。しかし、オリゾンテ商会所属のスチーマンが損害を被りかねない状況を座して見る訳にもゆかぬ故』


『貴方は……』


『文句なら、帰られた後に伺いましょう。撃ち方ァ、出し惜しみは無しだ! 味方に当てるなよ!』


 走り出そうとする化物の体に、再び砲撃の雨が降る。

 マテリアとて一応は生き物なのだろう。痛みを覚えればよろめくし退く。

 そこまでを見越して、ベンジャミンは可能性に賭けたということだ。


「ケッ、キザな野郎だぜ」


「……ホントに、ね。いたた」


 肩越しに振り向いてみれば、サテンが額を押さえながら唸っていた。

 寝坊助もいいところだが、これで役者は揃ったと言っていいだろう。


「よォ、目覚めはどうだお姫様」


「そういうのは優しく囁いて欲しい、けど」


 ハァ? という俺の声を尻目に、彼女はまた無線機のレシーバーを引っ張り出した。


「ヒュージ君、敵から距離を! ワルターさん、砲撃の隙間でコンテナをアイツに投げて!」


『っ! 心得ました』


「こうだな!?」


 言われた通りに後退すれば、既に俺のことなど眼中にない奴は、全く追ってこようとしない。いや、正しくは砲撃を振り払うのに必死で、ダム施設の方へとよろめきながら後退していた。

 同時に、肩へコンテナを抱えたオオノ式スチーマンは、助走をつけようと後退し、砲撃の隙間に投げつけようと構え。

 砲撃が止んだ。ベンジャミンが作戦を聞いていたからか、あるいは単なる装填の隙間だったのかは分からない。

 オオノ式が走った。とてもではないが、オールドディガーでは追いつけない程の高速で。


『これでも――ッ!?』


 大きく振りかぶっていたオオノ式。しかし、そのコンテナがマニピュレータを離れるより早く、切り裂かれた黒煙の中から奴の頭であろう部分が姿を見せた。

 そこからはあっという間のこと。巨体からは考えられない程俊敏な動きで、裂けたように開かれた口が、スチーマンに噛みつき攫って行った。


「ワルター!?」


 下から見ていた俺達には、正直何が起こったのかすぐには理解できなかった。

 何せデミロコモの外装を容易に引きちぎるような奴である。まさかという絶望が頭を過った。

 ガリと無線機が音を立てなければ、それは現実だっただろう。


『お、かまいなく……一緒に咥えられています、から』



 振り返った奴の頭らしき部分に、コンテナ共々咀嚼されかかっているオオノ式が見えた。

 正直、耐えられているだけで奇跡だろう。


「サテン!」


「ダメ! あんなに近かったら熱が一緒に!」


 リボルビングバスを構えたまま、サテンの握るトリガは動かない。

 こいつが何を考えているのかなんて、俺には分からない。ただ、放っておいても状況は良くならないことくらいは理解できる。


「躊躇うな! 今しかねぇぞ!」


「でも……!」


『早く――ぐぅッ!?』


 メキメキと音を立ててコンテナがひしゃげる。同時にオオノ式スチーマンからは小さく蒸気が噴き出した。

 本来なら高温の蒸気である。しかし、化物は全く意に介さず口を機体を押し潰そうとしていた。


「……先に謝っとく」


 トップブレイク。空になったリボルビングバスのチャンバーに1発だけ、サテンは火と書かれたシェルを突っ込む。

 狙いをつけたかは分からない。いや、狙いに意味なんてなかっただろう。


「ゴメン、ね」


 小さな謝罪に続いて銃口から噴き出したのは、尾を引く眩い光だった。

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