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第41話 砲撃戦

 激しく揺れる車内でアタシは手足を突っ張って、いつもの伝声管に囲まれた指揮台に立つ。


「サムセット及びセヴァリー式と思しきスチーマン各1機、急速接近!」


「迎撃ぃ! 弾代なんて気にするな! ずぇったいに近付けるなよ!」


「んな無茶な!? トップスピードなら向こうが上ですぜ!?」


 観測所からの情報に砲台方が悲鳴を上げるが、泣き喚いて許して貰えるなら最初から武装なんてしていない。する必要がない。

 アパルサライナーは親友と作り上げた、アタシの仕事道具であり家なのだ。それに傷をつけようとするなら容赦はしない。


「無茶でも何でもやるんだよ! 左側面シャッター解放、ブレーキ左一杯用意! 衝撃に備え!」


 分からせてやる。この車がどれだけ戦い抜いてきたかということを。


「ブレーキ、今ぁッ!」


「左動輪非常制動!」


 サミュエルの復唱と同時に動輪の片側がロックし、車体はそれに引き摺られるような格好で、ガリガリと音を立てながら横向きに滑る。

 パッとしない生物学者な彼。結構長い付き合いだけど、なんで学者をしているのか分からなくなる時がある。

 そう思ってしまうくらいに、の操縦は的確なのだ。

 迫る2機のスチーマンが真横に見える。ちょうどよく車体が停止する寸前、アタシは伝声管に齧り付いた。


「爆雷解放! ばら撒けぇ!」


「ええいくそぉ! 投射、投下ァ!」


 整備担当の親父がやけっぱちに復唱すると同時に、車体からは4つのドラム缶が飛び、続けて同じものが更に4つ転がり出た。

 それまで大砲の射角外に潜り込もうと全力で近付いてきていたスチーマンが、慌てて回避に転じる。

 だが遅い。アタシが親指を下に向けた途端、ド派手な爆発が進路を変えたせいで速度が落ちたスチーマンを飲み込んで行った。


「へっ、マヌケちゃんめ! おとといきやがれー!」


 ガシャンと地面に転がるスチーマンの頭に、軽く舌を出してやった。

 デミロコモだからって、接近すれば何も出来ないなんて思うなよと。


「相変わらず、戦闘はお上手よねぇ」


「戦闘は、って何さ!? 言うなら、も、でしょ!?」


 ホホホと笑うメルクリオの声に、心外だと叫び散らす。

 これでもか弱い乙女なのだ。ヒュージみたいな奴ならともかく、戦狂いだと思われては困る。


「でも、流石にやりきれなかったみたいだけど?」


「構うもんか! サミー、進路修正して後退続行! 急いで!」


 爆炎の過ぎ去った後には、脚を吹き飛ばされながらもがいているスチーマンがあったが、飛び道具もペシャンコならば何が出来るものでもない。

 後はひたすら下がりに下がり、敵のデミロコモが出てきたところでできるだけ長距離からの撃ち合いに持ち込むだけ。

 と、思っていたのだが。


「あー……本当にそれでよろしいんでしょうか?」


「えっ?」


 微妙な反応のサミュエルが見ている先を追いかける。

 そこにあったのはダムの崩落部。小さくなったとはいえ、奥の景色が見えているはずだった。


「へへっ、スティッチリッパーって思ってるより速いじゃん?」


 景色を塞ぐように居座っていたのは、妙ちくりんな衝角を備えたデミロコモ。

 どうしてかその砲身が、横からこちらへ向き直り、キラリと輝くのが見えた。


「わぁぁぁぁっ!?」


 爆音とともに近くにあった崖が派手に崩れる。落ちてきた土やら石やらが、ガンガンと車体を打った。


「し、指示変更! 何でもいいからはよ動かせ!」


「りょ、了解了解了解でぇす!」


「だァから言ったじゃないの。アイツ、足はかなりいいわよって」


「聞いてない! 全然聞いてない!」


 場数が違うからか、あるいは生きることへの執着がないのか。メルクリオは平然とため息をつく。

 その冷静さは頼もしくもあるが、アタシとサミュエルがおバカに見えるので認めたくは無い。


「でも、作戦としてはこれで思った通り、でしょお?」


「そーだけどさそーだけどさァ! ええい、もういい! この距離でもやるっきゃねぇ!」


「どうするんですか!?」


 操縦レバーに縋り付くようなサミュエルは、それでもなお車体を左右に振って砲撃を躱し続ける。

 勘、あるいは運なのだろうけれど、それはメルクリオも信頼しているようで、フンと小さく鼻を鳴らしたのが聞こえた。


「もう少しだけ耐えなさい。後は何とかしてあげるから」


「とにかくこのまま躱しまくって! 小さい砲だから1、2発は耐えられても、一杯食らったらヤバい!」


「なんとかって何!? それにヤバいとは!?」


「絶対リヴィに怒られる!」


「そりゃよろしくございませんね――ッとォ!?」


 車体の外郭に砲弾が弾かれる。中に飛び込んで来ないだけありがたいのだが、わぁんと鳴った金属の音はやっぱりビックリするくらい不快だった。

 しかし、どうにもそうは思っていないらしい声もある。


「フフ、せっかちねぇ。慌てんぼさんなのも可愛いけど――」


 歯車の回る音。アパルサライナーの持つ黒い主砲の先が、天面ガラスにチラリと映りこんだ。


「あぁんまり早すぎたら、満足させられなくて逃げられちゃうわよォン」


 ズンと衝撃がお腹に響く。

 正直、砲弾なんて見えはしない。だが、どこに当たったかは分かる。

 スティチリッパーからは大きく外れたダムの堤体。それもあの崩落部の付近の下部であり、僅かにコンクリートが吹き飛んだだけで終わった。


「ちょっ、どこを狙って――あ」


 かに見えていたが、遅れること一瞬。

 劣化していたであろうダム堤体に、凄まじい勢いでヒビが走り始め、幅数メートルに渡ってコンクリートの塊が大きく崩れ落ちた。

 その下にあったものは、言うまでもないだろう。


「ほぉーっほっほっほォ! あぁんな隙間に潜り込んだまま砲撃するなんて、ちょっと安全意識が足りないんじゃなくてェ!?」


 高らかな笑い声を尻目に、スティッチリッパーは瓦礫の中へと埋もれていく。

 元々真正面から撃ち合うつもりはなかったし、メルクリオからネタは聞かされてもいた。

 しかし実際にやって見せられると、なんと言えばいいか。


「え、エグイことしますよね、メルクリオさん……」


「てかあれ、瓦礫どかさないとアタシらも出れなくない?」


「生き残るのが先決なんだもの。終わった後の事は、終わってから考えればいいのよ」


 勢い任せと言えばそうかもしれない。

 だが、足を組んで髪を払っているであろうメルクリオがあまりにも自信満々すぎて、アタシは考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。


「ま、それもそうか。じゃあヒュージたちを支援しつつ、後ろのもう1両へ反撃を――」


 と言いかけた時、足元が縦に揺れた気がした。

 大した振動では無い。けれど、砲撃や爆発のそれとは違う。

 地震、というのもおかしな感じで、アタシは何故か恐る恐る上流方向へと振り返った。


「今の音、何?」


 浅い川が震えている。

 ただそれだけの事なのに、どうしてこんなに胸騒ぎがするのだろうか。

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