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第40話 外道的

 視界の片隅、ちょうど肩の辺りだろうか。黒いワイヤーが伸びているのが見える。


「クソが! 捕鯨銃ハープーンガンなんて舐めたモン使いやがって!」


「敵機、左右に展開――いや違う。アパルサライナーを直接狙うつもりか」


 言っている傍から、先行していた2機がこちらを無視してアパルサライナーの方へ走り去っていく。

 こんな遠隔地でデミロコモを潰されれば、補給を断たれたスチーマンは降伏するか特攻するかしか手がなくなる。

 とはいえ、分散して尚2対1だ。背を向けた奴まで追いかけられる余裕などあるはずもない。


「サテン、状況確認任せんぞ! こっちは馬鹿共のもてなしで手一杯だァ!」


「うんうん任せたまえっ」


 フフンなんて笑うサテン。何が楽しいのか知らないが、それを問うている余裕すら今の俺にはない。

 忙しなく、そしてほぼほぼ感覚的にレバーやロッドを引いては叩きこみ、またペダルをガチャガチャと踏んでは外し踏んでは外し。

 それに応えるように、オールドディガーはしっかりと暴れ回る。ハープーンとワイヤーで絡めとられていながら、もう1機の撃ち込んでくるライフル弾を躱しつつ、なんならそのワイヤーを引っ掴んで、三脚式の中型機ごと引っ張ろうとパワーを込めた。


「へっ、中々いい腰してんじゃねぇか。だがなァ!」


 三脚野郎は安全弁を動作させる程、限界一杯まで蒸気圧を叩き込んでいたのだろう。蒸気をあちこちから吹きつつも、オールドディガーのパワーに拮抗する。簡単に言えば綱引きだ。

 しかしそんな状態で、突然相手が引き合っている綱を手放したらどうなるか。

 中型スチーマンの持つ応答性ならば、たたらを踏みながらでも姿勢を保つことができたはず。しかし、その三脚野郎は自分のかけていた力を抜くことができず、全身を固めたまま後ろ向きにひっくり返ってしまった。


「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ! オツムが足りねぇなぁ模様なしちゃあん? もっぺん教習所で安全弁について勉強しなおしてきな!」


 安全弁を動作させる程の圧力は、機体に想定された以上のパワーを発揮させるかもしれない。だがそれは諸刃の剣であり、無理な圧力によって発揮された力は機体の反応性を極端に低下させてしまう。特に安全弁が自然と閉止するタイミングに、その反応は恐ろしいほどに強く現れる。


「さァて、これでまたタイマンだぜ」


 ひっくり返った三脚型の顔面を踏みつぶしつつ、残ったもう1機の方へぐるりと振り返る。

 細身な人型スチーマン。なかなかに古めかしい雰囲気のライフルを抱えたそいつは、見れば大きく後退していた。


「へっ、誰だか知らねぇが、ビビったんなら帰ってもいいんだぜ? 俺ァこう見えても、後ろから撃ったりはしねぇからよォ」


 接近を嫌う程の歯ごたえの無さには呆れも出るが、状況が状況である。

 敵が1匹でも減るのはありがたい話だと思った矢先。


「っ! 後ろ!」


 サテンの鋭い声に振り返れば、同時に視界の片隅でガラガラと瓦礫が崩れ弾けるのが見えた。

 砂埃の中から覗いたのは異形の衝角。同時にこちらへ向き直ってくる、黒く長い筒。


「ヤバッ! 砲撃!」


「が、がぁってん!」


 パパパと瞬く光と、同時に小さく吹き出てみえる煙。無論、呑気に眺める余裕などなく、俺は機体を走らせねばならなかった。

 たちまち周りが激しい爆発の渦に包まれる。面を焼き払った爆煙をぬけてなおペシャンコにされていないのは、技量がどうのこうのと言う訳でなく、ただ単に運が良かっただけだろう。


「ぎぇー! 流石にこりゃズルだろ!? 火力に差がありすぎるぜ!」


 たかが1機のスチーマン相手には、身に余る歓迎ぶりであろう。

 地形の影まではまだまだ距離がある。その一方で、砲撃の元であるデミロコモは砂煙をぶちぬくようにして、攻撃的かつ前衛的なフォルムを現した。

 狙いがこちらだとすれば、逃げ切れるとも思えないが。


「もっと左右に振って! 真っすぐ走ってるだけだと的になる!」


「こんなもん運以外の何物でもねぇだろ!?」


「やれることやってからの運だよ!」


「やれることォ!?」


 んなもん何がある。と言いかけた所で、外装に何かがぶつかる音がコックピット内へ響き渡った。

 大砲を貰ったにしては衝撃が弱い。なら迫撃砲の不発弾でも当たったかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。モニターの左奥に映り込んだのは、遠巻き古臭いライフルを構える奴の姿だった。

 オールドディガーに向かってきていた2機のスチーマンは、砲撃をぶつけるための足止め要員だとばかり思っていたが、それだけなら既に役目は終えているはず。にも関わらず、爆風を受けない程度の距離からなお攻撃してくる辺り、功を焦っているか、デミロコモの砲撃観測を行っているか。

 どちらにせよ、ライフルで居場所を知らせてしまったのは悪手である。


「んなら、これでどうだっ!」


 高速走行用履帯の片方にブレーキをかけ、機体を急旋回させながら滑らせる。

 俺は鉄砲の狙いが得意ではない。だが、飛び道具が何もかも苦手という訳ではないのだ。


「っしゃあ!」


 ライフルを構えたままの敵機へ腕を軽く曲げて肘を向け、大体の目測で火薬発射式チェーンウインチの引き金を引いた。

 金属の擦れる音を響かせながら、先端に鋭いアンカーフックを備えたウインチが飛翔する。その狙いは違うことなく、反応の遅れた敵機のボディに絡みついた。

 こっちには動いていた分の勢いに加え、大型機特有のパワーがある。ウインチを巻き上げつつ機体の重量を乗せて引っ張ってやれば、軽そうな敵機は瞬く間にバランスを崩して砲撃の中へ引っ張り出された。

 転倒した機体を掴まえる事なんて容易い。オールドディガーすら易々と支える重厚なチェーンを絡みつかせたまま引き寄せ、最後は敵機を背負子のアームでガッチリと掴まえて持ち上げた。


『や、やめろ! 何をする!? 離せっ!』


「あぁん!? やめろってぇ!? そりゃテメェの乗ってきた車に言いやがれ!」


 暴れる敵機を担ぎ上げたまま、再び降り注ぐ砲撃の雨の中を走り抜ける。

 ただ、流石に味方毎攻撃するのには躊躇いも生まれたのだろう。敵のデミロコモは手足をバタつかせる機体の姿に砲撃を止めた。

 が、如何せん間抜けな奴は総じて運が悪い。


「どぉあっ!?」


「うひゃあ!?」


 もう1歩で地形の影へ飛び込めるかという所で、ド派手な爆発に機体が顔面から地面へダイブさせられる。

 肩に食い込むベルトがギチギチと悲鳴を上げ、ついでにサテンの足に背中を蹴っ飛ばされはしたが、どうやら機体をぶち抜かれてはいないらしい。

 しかし、前に押されたということはつまり。


「うーん、結構外道な結末になったね」


 ガランガランと地面に散らばる金属の破片。背負子のロックを解除すれば、ドシャンと音を立てて真っ黒になった人型が地面へ崩れ落ちた。

 迫撃砲の直撃を受けたらしい。あちこちから蒸気を漏らしてはいたが、コックピット部分は形を留めていたので、中身が死んでいると言う事はないだろう。とはいえ、うんともすんとも言わない辺り、盛大に伸びている気はするが。


「方法選んでられる状況かよ。だがどうする。逃げ込んだはいいが、アイツに向かってこられちゃどうしようも――っ!?」


 口からボヤきを零している最中、俺は再び勢いよく地面へと転がった。

 遅れる事一瞬。さっきまでオールドディガーの立っていた場所で、地面が小さく爆ぜる。


「いたた……できれば跳ぶ前に言って欲しいなぁ」


「できるなら俺も言ってやりてぇとは思ってるぜ。だがな」


 見上げたのはダム湖側面、急斜面の先から落ちる影。

 パラりと土塊が落ちるのを見逃していれば、オールドディガーの頭に風穴が空いていただろう。


『やはり反応するか。流石と言っておこう』

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