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第39話 七面鳥

 再びの轟音に、慌ててダム堤体の影へと転がり込む。

 それはアパルサライナーにしても同じこと。


『やっぱり居やがったかよォ!? サミー、動かして! メル、あいつどこの何!?』


 既にお立ち台へ戻っていたらしいタムが、悲鳴のような声で指揮を執る。

 一方、話を振られたメルクリオは、いつも通りの様子でうぅん? と声を出した。


『ちらっと見えた感じだとォ、オリゾンテのスティッチリッパーとアイーナカステールかしらねぇ。スチーマンを最大に積んでたとしたら後6、7機は出てくるかしら』


『成程成程?』


 話を聞いて何を思ったのか知らないが、タムは神妙な雰囲気でぶつぶつと何かを呟いていた。

 が、こっちしてはそんな余裕など存在しない。


「おいおいおい冗談キツイぜ!? 2両分の砲撃支援付きは聞いてねぇぞ!」


「本気で踏みつぶしに来てるね。狙いは燃料、かな?」


 ズシンと腹に響く爆音に崩落部からもじわりじわりと距離を取る。

 大型スチーマンは頑丈だ。しかし、それはスチーマン同士という前提の上でしか成り立たない話でもある。


「バックがあのババアだとすりゃ不思議でもねぇぜ! だがどうする!? まともにやり合える相手じゃねぇぞ!?」


 相手がオリゾンテ商会、もといメリーアン・リカルド本人だとすれば、数でも質でも確実に向こうが上。

 全く腹立たしい話だが、ババアの利益に対する嗅覚は全く侮れない。だからこそ、たった1代でオリゾンテ商会をあそこまで大きくしてみせたのだろうが。


『……へへ、珍しく弱気じゃんヒュージ』


「あぁん!?」


 唐突な煽りに反射で鳴き声を返す。

 あまりの不利と響き続ける爆音で、いよいよこいつもおかしくなったのではないかとさえ感じた程だ。でなければ、冷静かつ不敵な声など出てくるとは思えない。

 しかし、サテンはまるで真似したかのように真面目な声を作った。


「タム、何か考えがある?」


『大したことじゃないよ。ただ、数の劣勢なんていつもの事。大事なのは情報だってことさ』


「なーんか腹立つな……逃げる以外にどうしろってんだ?」


 へっ、と軽々しく笑うタムに小さな苛立ちが募る。

 前に遭遇した頭の悪いクソオムツ野盗ならともかく、今回の相手は基本的に同業者だ。それもオリゾンテ商会が雇っているとなれば、エンブレム持ちがウォートハグだけとも考えにくい。

 それを情報だけでひっくり返すなんて、一体どんなサーカスをしろと言うのか。


『スチーマンを引き付けて。できるだけ全部』


 沈黙一瞬。

 珍しく頭の中で算盤を弾いた気がする。スチーマン全部ということは、最大で7対1。


「はぁ!? お前正気か!?」


 頭の吐き出した答えに声が裏返る。こいつは俺を、神か何かだと勘違いしてはいないかと。


『ちょっとの間でいいんだ。スチーマンを引っぺがしてくれれば、デミロコモはこっちでなんとかできる。そうなれば、こっちが砲撃支援付き。まだ分があると思わない?』


「できるっておま……どっからそんな自信が――うぉぁッ!?」


 崩落してくる壁の瓦礫を間一髪で躱す。

 同時に、猛然と立ち上がった煙の中で、何かが地面を蹴っ飛ばす音が響き渡った。


「スチーマンが来る。時間ないよ」


「……ああくそっ! ノってやらぁ! どうなっても知らねぇからな!」


『サミー! 全力後退! 地形の影まで下げろ!』


『承知でございまーす!』


 俺には作戦なんて言う崇高なものは、半分も理解できていない。最近はこんなのばっかりだ。

 だが、タムの声には自信があった。サテンも反論しなかった。ならもう信じる以外に何がある。


 ――ベットする先を選ばせてくれるだけ、可愛げがあるってか? 馬鹿げてんな。


 自嘲的に笑ったところで、ズンと地面を踏む音が近くで聞こえた。

 舞い上がった土埃で視界が狭まっているのはお互い様。しかし、動かねばならない敵と、待っていればいいだけのこちらでは状況が違う。

 俺には黄色いランプを灯す白い機体が見えた。一方、向こうに見えていたのは真っ暗な銃口だけだっただろう。


挨拶お邪魔しますを忘れてるぜ、ガチョウ野郎」


 乾いた音が1回。

 ペレットが拡散する間もないほどの至近距離からの射撃に、羽模様が描かれたスチーマンの頭部が弾けて宙を舞う。

 遅れる事数秒、地響きと共に機体が横たわり、白い蒸気が砂埃を吹き飛ばした。


「アッヒャッヒャッ! バードショットってなぁ、お味はいっかがァ!?」


「油断しないで、次来てるよ!」


 サテンに言われるまでもない。

 ガチョウ野郎は俺の居所を割る為の餌だ。どういう取り決めかは知らないが、哀れ過ぎて涙が出てくる。

 しかし、可哀そうなそいつはキッチリ仕事をこなした。それも遠距離からの狙撃でなく、銃口が見える程の近距離攻撃だったとなれば、後発の狩人共がどう動くかなんて簡単にイメージできる。


 ――堤体を登らない限り、ダム湖側まで越えられる道はここしかねぇ。それで視界の外から、とすれば。


 考えるまでもなく、俺は機体を動かしていた。少なくとも、敵が地面を掘り進む特異な野郎でない限り。

 銃を回しながら、ステップを踏んで後退すること1歩半。目の前に鉄塊のようなハンマーが落ちてくる。

 かすめた外装に火花が散った。機体重量まで乗せて振り下ろされた一撃は、オールドディガーといえど直撃すれば無事では済まなかったに違いない。

 だが、吹き飛んでいたのは、見た目から重そうなフレームが露出している敵機の方だった。


「キヒッ! 人間なら一発ダウンだっただろうが――」


 顎に突き刺さったリボルビングバスの銃床に、黄色い中型機が背中から地面に叩きつけられる。ゴーグルのようなカメラユニットが砕け散ったせいか、地面にはガラス片が飛び散っていた。

 外装の塗装費用と交換なら、十分に釣りが来るだろう。

 だがそいつは、中々に根性があったらしい。必殺の一撃にカウンターを貰ってもなお、どうにか立ち上がろうと機体を起こし。

 その起き上がりかけた上体に、オールドディガーのデカい片足が乗っかった。


「流石に、この距離なら外さねぇぜ」


 炸裂音が響くこと2回。頭が穴だらけになり、首元が千切れ飛んだところで白い蒸気が噴き出した。

 圧力を保持できなくなれば、スチーマンはただの置物だ。撃破の目安とするなら、これ以上のものはない。


「あははっ、面白い鉄砲の使い方するね。なんて言うか、弾の出る鈍器って感じ」


「ストックは相手をぶん殴る為についてる。常識じゃねぇの?」


「少なくともアタシは知らなかったよ」


 俺が知っていて、博識な雇い主様が知らないなんてことがあるとは。

 とはいえ、驚きに振り返っている余裕はない。上体を起こしかけたまま固まった敵機を蹴っ飛ばしつつ、軽く後方へ跳躍すれば、さっきまで自分の居た場所を銃弾が舐めて通る。

 こちらが撃ち返してこないことを察してだろう。4機程がまとめて堤体を抜けてくる。


「チッ、続けてバラじゃ来てくれねぇか!」


「最初から物量で来なかっただけ優しいくらいだよ。全部止められる?」


「見りゃ分かんだろ! どう足掻いたって手が足らねぇ

 ――あん?」


 叫びながら力一杯レバーを引き込み、機体を急旋回させた瞬間、機体のどこかへ打音が走った気がした。

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