今回は大ジャンプとは違うので、リヴィに怒鳴られることもないだろう。なんて都合のいいことを考えた。
勢いよく急傾斜を滑り降り、速度を殺さないまま中型スチーマンに蹴りを叩き込む。
殴り合いに重要なのは速度と重さ。特に後者に関して、オールドディガーは現行機の追随を許さない。
「キャオラァ! 俺様のヤマぁ邪魔しようって奴ァ何処のどいつだァ!?」
派手に顔面を吹き飛ばされた人型は、部品をばら撒きながら乾いた泥の上に転がった。
『ぐ……時代遅れの、化石野郎が……ぶべっ!』
止めと腰辺りを踏み抜けば、派手に蒸気が漏れて動かなくなる。
見えた限りで残り4機。といっても、半分以上はカスタムすら碌に施せていない下働きで、1機は殴り合いに慣れていない中堅スクラッパーと言ったところだろう。
「ヒャーハハハ! ハッキリしてんじゃねぇか! てめぇらの玩具よりゃ、化石のがよっぽどマシってこった!」
『チッ、怯むなよ! いくらアイツでも、この数相手に敵いやしねぇ』
たじろぐ3機の尻を叩くように、引率だか指揮官だかをやっているらしい
エンブレムを掲げているとなれば、少なくともそこそこは名の売れた奴だ。おかげで声に聞き覚えがあった。
「あの機体、もしかしてウォートホッグ?」
「いい目ぇしてんなチビスケ。当たりだ」
ベースはドッペルプレシオンユジーヌ製、ワト式乙四型スチーマン。後発メーカーだったドッペルを、一躍大企業へと引き上げた中型クラスのベストセラー品。
それだけならば目立つ特徴もなく、エンブレムからだけで機体名を言い当てることは、同業のスチーマン乗りでも難しいだろう。
だが、往々にしてエンブレム持ちは自分を飾りたがるものだ。ベース機が無個性であればあるほど、弄りまわして他人との差別化を図りたがる。
その例に漏れず、タムがウォートホッグと呼んだそいつの頭には、反りあがった牙のような意匠と、コブのように突き出した追加照明が取り付けられていた。
これだけ特徴的なら、流石に見間違いはしない。
「よぉ、随分元気がいいじゃねぇかジャザリ。なんかうまい話でもあったか?」
『余裕こいてんじゃねぇよヒュージ・ブローデン。状況が分からねぇほど馬鹿じゃねぇだろ』
「知り合い?」
「元同業って奴サ」
小声で聞いてくるサテンに、心配ないと手を振りながら答える。
ダウザーからスクラッパーに鞍替えした数多居る一人。若干前髪が後退気味だった以外、これといって特徴を思い出せない男だが。
俺の方は余程に奴の中で印象強いらしい。何か用か? と機体をジェスチャー代わりに動かせば、明らかにイラついた様子でスチームパイルを起動させた。
『とぼけやがって、都市外労働者の行方不明なんてよくある話だ。山ほどの借りはここでまとめて返させてもらわねぇとな』
「あぁ~ん? 何か貸してたっけぇ? 覚えてねぇなァ?」
『ッ……てんめぇ!』
「何したのさ」
苛立った声に、タムが俺の顔を覗き込んでくる。一体どんな姿勢をすれば、段差のある後部座席から顔だけ伸ばせるのだろう。
しかし、自分が何をしたか、少し思い出してみる。ジャザリ相手にやったことで恨まれそうなことと言えば。
「昔ボコした気がする。3回くらい」
「なんで」
と、サテン。
正確な理由なんて大して覚えていないが、喧嘩の原因はほとんどの場合。
「多分、鬱陶しかったからだナ。ダウザーがどうのこうのって」
「「あー……」」
こりゃダメだ、みたいな諦めがかった声に俺は肩を竦める。
どいつもこいつも、元ダウザーでスクラッパーになった奴は、テンプレートでもあるかのように同じことをほざきやがる。
今の今までその仕事で飯を食ってきておきながら、鞍替えした途端に唾を吐く。ドリーマー気取りだったのは誰もが同じだというのに、そこをせせらわらうのは筋が通らない真似だと思わないのだろうか。
俺には分からない。未だに。あるいは永遠に。
『中でごちゃごちゃ喋ってんじゃねぇぞコラァ!』
「あら、聞こえちまってたか? 悪ぃな、防音対策にまで回す金がなくてよォ」
怒りのオーラが目に見える。筋の通らないジャザリ君は頭の血管がはちきれんばかりなのだろう。
おかげでウォートハグも重々しく、ガリガリと乾いた地面を足でひっかいた。
『な、めやがってぇ……もう許さねぇ! ここでテメェをぶっ飛ばして、箔つけてやっか――ぎゃおん!?』
何かを言い切るより早く、爆音と共に斜め後方へ吹き飛ばされるウォートハグ。
武器を構えて突進しようとしているのは分かったのだが、野郎が動き出すよりも早く、目の前で何かが爆音を響かせた。
『箔が、何だったのかしらぁん?』
ゆっくり振り返ってみれば、あぁ成程と。いつの間に狙いをつけていたのか、アパルサライナーの砲台が盛大な煙を吐き出していた。
――オカマ野郎、いい腕してんな。
中型スチーマンが一撃で吹き飛ぶ訳である。あれに後ろを取られていたかと思うとぞっとするが。
一方、ジャザリは運が良い方なのだろう。外装はぐちゃぐちゃで蒸気管も損傷して白い煙を吐いているが、コックピットが損傷しているようには見えなかった。
『社長ぉー! はやくこちらへお戻りくださァい!』
操縦室のガラス面から、ブンブンと手を振るサミュエル。向こうはタムを除いて全員が揃い踏みらしい。
ただ、当の最高指揮官様はブーと頬を膨らませていた。
「えー、アタシもこっちが楽しいのに」
『我儘言わんでください!?』
「そもそもどーやって戦闘中に戻るの――あれ?」
駄々を捏ねるような恰好でサテンにしがみ付いたまではよかったが、周りを見回したところで自分の放った言葉との違和感に気が付いたらしい。
タムは目をぱちくりと瞬かせると、帽子の乗った頭をゆっくりと傾けた。
「他の3匹は?」
「ウォートハグが吹っ飛ばされたの見て逃げたよ」
「腰抜け共がよ。気分転換にもなりゃしねぇ。ほれ、さっさと戻ってやれ」
言い訳を封じられたからか、タムは膨れっ面をしながら、コックピットハッチからのそのそと外へ出ていく。人の肩をしっかり踏み台にしながらだ。
そんな彼女がアパルサライナーへ戻っていくのを見届けてから、俺は顔面を踏み砕いた敵の前に膝をついた。
「……仕事のネタが被ったか?」
「私みたいに酔狂な人が他に居るとは思えないけど」
サテンの正確な自己評価に顔が渋くなる。分かってんならやめとけやと言いたいが、こちらも話に乗っかってる以上、今更吐いた唾を飲むつもりはない。
「しょーもねぇ恨み1つで出張れる場所じゃねぇよなァ。んならバックには何が――」
そこまで口にしてから、ふと思い出されたことがある。
タムと契約の話をしていた時、俺たちを見ていた奴らが居た。聞き耳を立てていたかはともかく、見知った顔だったのは事実。
――あん時の銀眼鏡、前にもどこかで。
ズシンと腹に音が響いた。
「うおっ!?」
揺れる足元に、無理矢理機体を引き起こす。
おかげで崩れたダム堤体の向こう側、傾斜した枯れ川の地形に一瞬の光を見た。
「デミロコモだ! それも2両!」