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第37話 ネコババ

 凝った肩をぐるぐると回す。

 完全蓄熱コアそのものは見当たらなかった物の、色々と情報の収穫はあった。しかし、流石に熱中しすぎていたきらいがある。

 というのも、どれくらいの間地下に居たかが思い出せないのだ。

 ヒュージやタムが心配していないだろうか。収穫が得られたとはいえ、仲間に心労をかけるのは本意ではない為、怒られたら素直に謝ろうと決めていた。

 いたのだが。


「アッヒャッヒャッヒャッ! 笑いが止まらねぇなァ!」


「おいおーい、分前は決めた通りだぞー? いっひひひひ!」


「わーってるってぇ! こっちが3、お前んとこが7だろぉ? 十分すぎらァ!」


 帰って来るなり見えたのは、それはそれは生き生きと動き回るオールドディガーと、その足元で指揮棒を振るいピーピー笛を吹くタムの姿だった。

 運ばれていくのは古ぼけた貨車。私はただただ唖然とするしかなかった。


「……た、楽しそう、だね?」


「おっ、帰ってきたな! 見ろよこれ! 宝の山だぜぇ!」


 ようやく捻りだした声に気付いたらしい。私の前で止まったオールドディガーのコックピットが開くと、顔を出したヒュージは見たこともない笑顔で両手を広げて見せる。

 何だかちょっとだけジェラシーな感じ。だが、いきなり拗ねるのも違う気がして、とりあえず彼の指さしたタンクの中を覗き込んだ。


「んー……これ、もしかして石油?」


「だよだよぉ! それもタンク貨車5台分! これ売ったら一財産さ!」


 黒く揺れるそれに、小さく目を見開く。

 私も研究施設の資料以外で実物を目にするのは初めてだ。否、永遠にそんな日は訪れないとさえ。

 タムが跳ねまわるのも無理はないだろう。財産として見るならかなりの価値だ。


「本当に手付かずだったんだね……」


「それにそれに、貨車もコンテナもこんなに! 屋内に保管されてたから状態も思ったより悪くないし、これなら軽整備で使えるよぉ! ウチも鉄道貨物輸送に殴り込みだー!」


 キッシシシと堪えきれない笑いを零す商売人。

 どうやらこの屋内式ヤードは、様々な物資をダムへ搬入するための場所だったらしい。機関車こそ動きそうもないが、留め置かれている貨車は錆が浮いている程度でまだまだ使えそうなものばかり。

 とはいえ、彼女の喜びようは少々早とちりが過ぎないかとも思うが。


「でもこれ、どうやって運び出すの?」


「ダムの底まで下ろしてから陸送用の台車に載せて、アパルサライナーで引っ張っていくのさ。何回か往復すれば余裕で全部回収できる算段だよ」


 言われるがままに今度はダム湖の底を覗き込めば、既に何両かが台車へと積載されており、さらに続けて傾斜エレベーターで貨車が下ろされていた。

 線路のある場所まで運んでしまえばこっちのものだ。鉄道会社に連絡して所有者証明を発行すれば、すぐさま個人所有の貨物列車としての取り扱いが始まるだろう。

 まさしく、大収穫だった。


「へっへっへ、これでダウザーとしても箔が付くってもんよ。暫くは遊んで暮らせるなァ?」


 燃料資源を見つけられるダウザーは極めて少ない。だからこそ消えゆく職業と呼ばれるに至ったが、彼はその僅かに残った1人の中で、きっと名声を高めることだろう。


「……でも、これだけじゃダメだ」


「あん? なんか言ったか?」


「ううんなんでもない」


「あ、そお?」


 頭上から降ってくる不思議そうな声に、私は首を小さく横に振る。

 名声を得たいだけならば、お金が欲しいだけならばこれでいい。タムは商売人として大きく飛躍する基盤を手に入れるだろうし、ヒュージはもしかしたら最後に資源を見つけたダウザーとして名を遺すかもしれない。

 だが、それはあくまで個人の話。わかってほしいなんて思わないけれど。


「そういや、お前の方はどうだったんだ?」


 頭上を見上げれば、ヒュージは小休止のつもりなのだろう。水筒を煽りながら、そんなことを聞いてくる。

 少しだけ、胸がチクリと痛んだ。けれど、それだけ。


「んー? ふふっ、不気味な話だけど、聞きたい?」


「あー……今は遠慮しとくぜ。今は! な?」


「はいはい」


 逃げるようにコックピットへ戻っていく彼に苦笑を投げる。

 それでいいんだ。君はそれで。

 程なくダム湖の底から声がかかり、オールドディガーは動き出す。貨車を持ち上げて私達が使った傾斜エレベーターへ乗せ。


「下降ぉー!」


 アパルサライナーから持ち出してきたらしい蒸気タンクを繋がれたエレベーターは、作業員の声と共にじわりと下っていく。


「これで3両目か。おい、あと幾つ台車繋げんだ?」


「牽引力一杯で2つが限界かな。とりあえず、中身入ってる奴を優先して――」


 ルンルンといった様子で、タムは次の車両を指定しようと指を伸ばし。

 お腹に響くような地響きが轟いたのはその直後だった。


「……爆音?」


「だったよね?」


 剥がれた錆と埃が小さく舞う中で、私達はゆっくりとダムの下へ視線を向ける。

 が、覗くよりも早く、笛の甲高い音が辺り一帯へ響き渡った。


「てっ、敵襲ぅー!!」


「ええええ!? こんな場所に賊ぅ!?」


「チッ、作業中断だ。乗れお前ら!」


 銃声が響き渡り、小さな爆炎も見える中、私はタムを抱えて膝をついたオールドディガーの掌へ転がり込んだ。

 こういう所は紳士的なんだよな、なんて思いつつ、ポーチから取り出した単眼鏡を覗き込む。


「ぐぬぬぅ、またまた邪魔してくれちゃってぇ……! 一体どこの野人だよぉ!」


「残念だけど、それはハズレだね」


「ああ、連中野人じゃねぇ」


 タムがコックピットの中へ潜り込む間際、私とヒュージは同じ回答へ辿り着いていた。

 いや、お互いに見るまでもなく分かっていたと言った方がいいかもしれない。爆音にせよ銃声にせよ、ただの野人が持つにはあまりに聞き慣れ過ぎている。

 それも、こんなにも蒸気文明が届かない片隅にあって、だ。


「んなっ!? スチーマン!?」


 谷底を走るそれらは、ご丁寧に煙幕まで焚きながら勢いよくこちらへ迫っていた。

 どうして線路からここまで離れた場所で、中型スチーマンがあれほど元気に動き回れるのか。考えずとも答えは1つしかない。


「まさか、アタシらの他にデミロコモが来てるってことォ!?」


「前の連中につけられた、かな?」


「キヒヒッ! 俺からネコババしようってんだ。頭ァかち割ってやりさえすりゃ、手口でもなんでもピーピー歌い出すぜ」


 背負子を下ろす音が響き渡る。

 全く困ったものだ。戦いたい為に仕事をしている訳ではないと言うのに。

 けれど、こんな場所で止まる訳に行かないのは、私もヒュージも同じこと。タムを膝の上に乗せたまま、私はオールドディガーの圧力分配操作系レバーを握りこんだ。



 ■



 乾いた音が遠くから鳴り響く。

 見える訳ではない。ただ地形の向こうから、ぶ厚いガラスをして防げぬ音の波となって届くのみ。

 それでも伝声管の前に立つ彼女は、口元をビッグサイズのジャケットに隠したまま、呆れたように呟いた。


「……フリーランスというのは、役に立ちませんね」


「何事です」


 仮眠の時間に突然呼び出されたと思えば、顔色こそ変わらないのに不機嫌そうなご婦人が居るではないか。

 その原因は大体想像もついていたが、吾輩はわざとらしく首を傾げた。


「監視させていた部隊が暴走したようです」


「ほう? オリゾンテを裏切ってまで、ということは、余程の目の眩む物でも出てきたということでしょうか」


 先行していたスチーマン隊は5機のはず。質のいい傭兵とは言い難い、普通の都市外労働者が武器を握っただけのような連中ではあった。

 それでもまさか、大店を敵に回すリスクなんてそう簡単には選べないはず。ただでさえ、下層に暮らす者達は司法の扱いも公正とは言い難いのだから。

 あるいは、だからこそ金を信奉するとも言えるか。


「質問があります、ミスター」


 無表情な顔がくるりとこちらへ向き直る。冷たい瞳の奥にも、相変わらず何を考えているのかは読み取れない。


「何でしょう」


「仮に監視部隊が向こうに捕まった場合、我々の事情は露見するでしょうか」


「ほぼ疑いなくそのように。オリゾンテ商会を裏切った上、敵に捕らえられたとなれば、彼らに義理など望むべくもありますまい」


 あのような連中は往々にして刹那的だ。忠誠心など望むべくもない。

 彼らにとっての神は契約書でなく金その物。失敗して何も得られないとわかれば、沈黙と痛みを選ぶ理由なんてどこにもない。

 尤も、そんな連中をかき集めた商会側も責を問われるべきだろうと、吾輩は思うが。


「それは――」


 小さな声に視線を合わせる。

 彼女は珍しく吾輩を見ていた。やはり、何を考えているのかはまるでわからないものの、何かを訴えるような目で。


「――貴方であっても、同じですか?」


 唐突に零れたのは意外な言葉だった。

 同じ? 吾輩が?

 理にかなわぬことをすれば、周りに損をばら撒くのみ。それが吾輩の信条であり、経験だ。

 父の様に吾輩はならぬ。義理の為に家を潰し、誇りの為に家族を離散させ、今の吾輩を作り出した父のようには。


「……私が尊ぶのは合理のみ。貴女は違いますか、レディ?」


 長く目を覆ったままの丸い溶接工ゴーグルに軽く触れる。

 吾輩は成すべきを成す。どのような雑事であれ、自らがサインを入れた契約書面に従うことこそ合理。

 フッと軽い笑いを零せば、雇い主である彼女は静かに瞼を落としてから踵を返した。


「旗を上げてください。グラスコロネットはこの場で待機、スティッチリッパー及びアイナエクスプレスで攻勢に出ます」


 幾重にも連なる伝声管から、いくつも聞こえる了解の声。

 操縦席から旗の色は見えずとも、それは確実に曇天を指したのだろう。同じ隊列を組む2両のデミロコモは、中心であるグラスコロネットを追い抜く形でじわりと前へ動き始めた。


「――行きましょう」


「仰せの通りに」


 指揮官席から降りた彼女に続いて、吾輩も格納庫へ向かい歩き出す。

 この先は何を言われずとも分かる。

 善悪正邪の別は求めずとも、終わればおのずと定まろう。隊商護衛というのはそういうものなのだ。

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