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第34話 アーチ

「輪留めヨーシ! アンカーヨーシ!」


 外から聞こえてくる作業員の声。

 アパルサライナーの係留作業だろう。大柄なデミロコモがどこかへ散歩していったなど笑い話にもならない。

 勤勉な連中だと感心しつつ、俺はレールに固定された機体を発進させるレバーをジワリと押し込んだ。

 警報ベルが鳴り響き、黄色いランプが明滅する。途端に足元の作業員たちがにわかに騒がしくなった。


「客人が出るぞ! 作業員退避ぃ!」


 関節を特殊な恰好で曲げ、可能な限り小さくなったオールドディガーを乗せた台車は、以前の緊急発進とは違い、ゆっくりした動きでカーゴランプから降ろされる。

 自分と同じく、天井に頭をぶつけるタイプの愛機には多少の同情も覚えるが、さりとて機体サイズが変わる訳でも無し。台車から切り離されたところで、関節位置を正常な人型形態へと戻し、しっかり大地を踏みしめた。


「お前らぁ、サボらずにちゃんとやるんだぞぉ!」


 等と急に叫ぶのは、人の肩を足場にしつつ、コックピットハッチから顔を覗かせたタムである。いきなり響き渡った甲高い声に、作業をしていた連中がギョッとした顔でオールドディガーを見上げてくる。


「えっ、社長!? 調査班と一緒なんじゃ!?」


「こっちのが早いからいーの! アパルサライナーの指揮はメルに任せてあるから!」


「いやいやいや、調査班はどうするんですかぁ!?」


「サミーに聞いたらいいでしょ! 後よろしくー!」


 ヘルメットを被ったまとめ役らしい男性が焦りを見せるも、タムには聞く耳も見る目も残っていないらしい。行っちゃってー、などとこちらを覗きながらヘラヘラ言ってくる。


「おいおーい、現場大混乱じゃねぇかヨ」


「ダイジョーブダイジョーブ、ウチは社員の自主性をモットーにしてるからねっ」


 絶対働きたくない職場だと思った。顎を突き出しながら、それをどうオブラートに包むか考え。


「絶対働きたくねぇ」


 包めるオブラートが見つからなくて、結局そのままが転がり出た。

 するとまぁ案の定。


「んだとー!?」


 と、チンピラ以上に気の短い声が肩の上へ、体重諸共降ってくる。

 いくら軽いとはいえ人の体重だ。薄っぺらい尻が首を直撃し、頭が前に押し出される。ただ、そのまま肩車のような格好になったまではよかったものの、痛みにうぐぅと声を出したのはタムの方だった。


「ヒュージが硬いぃ……」


「被害者ヅラしてんじゃねぇ。ヒップドロップかましてきたのはそっちだろうがヨ」


「はいはい、喧嘩しないの」


 人の頭を抱えたタムはまだ何か言いたげだったが、いい加減サテンは茶番に飽きたのだろう。あまりにも軽く小さな体は、後ろから伸びてきた手によってアッサリとひっぺがされ、そのまま後部座席へと引きずり込まれていった。


「ヒュージ君、このまま道に沿って進んで」


「あいよ」


 ようやく落ち着いたとレバーを握り直し、ペダルを踏み込んでオールドディガーを前へ進ませる。

 背の低い赤茶けた草に覆われる傾斜。そこに伸びる獣道らしい場所を踏みしめながら登っていけば、間もなく開けた場所に出た。

 荒れてはいるが獣道と言うには整備された地面。何より、敷き詰められた石の上に走るそれが、人の手が入った場所であることを語っており、タムがへへへと気味の悪い笑い声を零した。


「線路の残骸……こりゃ期待できそーだ」


「こんな所まで鉄道が来てたってのか?」


「建設工事に使われてたんじゃないかな。それを施設への物資搬入用に転用した、とか」


「ほーん?」


 やはり燃料戦争以前の御先祖様方は、大層裕福だったのだろう。石炭が溢れていた時代にあってなお、デミロコモでウロウロすればいいものを、わざわざ手間と資源をかけてまで線路を敷設しようと言うのだから。

 屑鉄を再利用しなければ都市の補修すらままならず、だからこそゴミ拾いがいい仕事になる今の俺たちとは大違いだ。


「ダメだなぁヒュージは。もっと勉強したまえ」


「悪かったな、学がなくてよォ」


 ペチペチと後ろから側頭部を叩いてくる小さな手に、必死で苛立ちを抑え込みつつオールドディガーを走らせる。

 同じくらいの背格好だというのに、エルツはいい子だったんだなぁ、などと不必要なセンチメンタルが込み上げた所で、傾斜の終わりは唐突に訪れた。


「ここが、頂上みてぇだな」


 吹き抜ける風にカメラを振れば、遥かな眼下に見えたのは大きく割れた水の流れる地形。

 加えて崖と崖を渡すように作られた、オールドディガーさえ豆粒に思える巨大な構造物だった。

 その高さに、俺が妙な恐怖を覚える一方で。


「ひょー、すっごい見晴らし!」


「線路は堤体の向こうまで通ってたみたい。ただ――」


「下からも見えてたけど、しっかり崩れてるねぇ」


 こいつらに恐怖は無いのだろうか。

 テイタイと呼ばれた、歯車の生えるコンクリート構造物は確かに巨大だが、だからといってこのまま踏み込めるかと言われるとまた別問題なのだから。


「こりゃどうみてもただの廃墟だろ。そこかしこ穴だらけな上に、残ってんのはちょっとばかしの水溜まりくれぇだしよ。骨折り損じゃねぇのォ?」


 出来れば行きたくない、と暗に示す。少なくともこのデカブツで踏み込むにはかなり勇気のいる場所だ。

 たとえ足場が崩れなくとも、万が一何らかの理由でバランスを崩してしまえば、確実に助からない高さから真っ逆さまである。

 だというのに、どうにも俺の気持ちは、女共に上手く伝わらないのか、はたまた単純に受け取る気がないだけか。今ほど欲しくない否が飛んでくる。


「いや、あるとしたら向こう側だ」


「……なぁんで分かる」


「もちょっと頭柔らかくしなよ。アタシ様が探しに来たのは残されてる物資、でしょ?」


「いちいち腹立つなコイツ……だったらなんなんだ」


 やれやれと肩を竦めるタムに苛立ちつつも、グッと堪えて質問を返せば、彼女の後ろでサテンが少し驚いたような顔をしていた。お前の方が失礼なのではなかろうか。

 俺だってガキでは無い。必死でポリシーに従っているだけとも言うが、その努力を知らないチンチクリンは、ピッとモニターを指さした。


「堤が壊れて渡れない。で、向こう側は断崖絶壁と急斜面。ってことは、貨車を下ろすには堤を直すしかない訳さ。で、今はどう?」


 俺は頭が良くない。だが、言われていることは想像できるし、想像から当時の状況もなんとなく浮かんでくる。

 ズームしてみれば、あちこちに残る弾痕。破壊されてより今まで、人の手が入っているとは思えないコンクリートの堤。

 イメージが正しいかはともかく、ここが何かの戦闘に巻き込まれたのは疑いようもなく、修復の望みなく総員退避となって放棄された可能性は高いだろう。

 なるほどと合点がいった。


「……お前、見た目に寄らず賢いのナ」


「んなっ!? 見た目に寄らずは余計じゃない!?」


 まなじりを釣り上げるチビの頭を片手で押さえつつ、だとして俺たちはどうする、と雇い主様を振り返る。

 まぁ、どんな反応が来るかは分かっていたようなものだが。


「私達の目的もきっと向こう側だ。こっちには建物の残骸がほとんどない」


「どうにせよ渡らにゃならん訳か。んで、どうやって渡るんだ? まさかあの絶壁を登れなんて言わねぇよな?」


 線路が壊された結果、資源が放棄されているのだとすれば、他に車両を動かせるような道は残っていない可能性が高い。

 無論、スチーマンと車輌とでは通れるルートも異なるだろう。

 それでも、隠すことすらままならないオールドディガーの重量級ボディが俺のアンサーだ。なんなら俺より先に、顔面を押さえられていたチビがカエルのような声を響かせた。


「うげ、やるならその前に下ろしてよ? アタシまだ死にたくないし」


「このチビよォ……」


 1回全力のベアクローでもかまして泣かせておいた方が、後々やりやすいのではなかろうか。そんなポリシー違反上等の解が顔を覗かせた矢先。


「おっ? ねぇ、あれならどうかな?」


「「あれ?」」


 サテンの指差した先に、俺とチビスケは揃って顔を向けた。



 ■



 場所を移してダムの底。

 コンクリート構造物に崩壊した部分がなければ、本来下から抜けるのは不可能であろう元ダム湖の一角である。


「こんな急斜面に線路?」


 堤体よりダム湖側に寄った場所で、擁壁のようにしっかりと固められた急傾斜。そこへ何本ものレールとラックギアが並行して走っているではないか。


「何がしてぇんだコレ。滑り台かなんかか?」


 コックピットから降りてもなお理解出来ず、タムと俺が揃って首を傾げるのもむべなるかな。

 なんなら最後の望みとして、サテンの方へ顔を巡らせるのさえ全くの同時であり、これには彼女も苦笑を浮かべていた。


「多分だけど、インクラインみたいなものじゃないかな」


「なんじゃそりゃ」


「簡単に言えば、船を上下させる為の装置だよ。あ、でもラック式だからインクラインというより傾斜エレベーターのが近いかな」


 かな、とは言うものの、ほぼほぼ確信しているのだろう。サテンはあまりにも普段通りに、四角く舗装された奇妙な地面を歩いていく。

 己だけに納得されても困るのだが。


「イマイチ分かんねぇが、これをどうしようってんだ?」


「どうって、動かす以外にある?」


「動かせそうにねぇから聞いてんじゃねぇかヨ」


「それにこのボロボロサビサビが仮に動かせたとしてだよ? 動力はどうすんのさ?」


 珍しくタムと意見が一致した。

 俺が無知だとしても、常識で考えれば無謀なのは分かる。そもそもどうやって動かすものかさえ不明瞭だというのに。

 しかし、サテンは訝しげな俺たちをくるりと振り返るや、わざとらしい明るい笑みをパッと咲かせた。


「動力なら心配ないよ? そこにあるからね」

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