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第32話 手詰め

「私の見立てだと、改造ベースはヘロン式甲三型C-02ね。ヘロン・ストロングスチーマー社が燃料戦争の晩年に送り出した大型スチーマンのフラッグシップ。性能的に尖った所はあんまりない代わりに、汎用性と拡張性に関してはオバケな子よ」


 自信ありげに立てられた人差し指は、私に想像以上の情報を流し込んできた。

 ヘロン・ストロングスチーマー社といえば、スチーマン業界のマイナー会社だったはず。老舗だと言う話も噂には聞くが、ヘロン社のエンブレムが入ったスチーマンというのを私は見たことがない。

 それはどうやら自分に限った話ではなかったらしい。私より遥かにスチーマンを見る機会が多いであろうタムさえもが、はてなと大きく首を傾げた。


「あの会社って下請けじゃなかったの?」


「知らなくても無理ないわ。戦後間もなく没落したようだからねぇ」


「燃料戦争ってことは、100年以上昔の話だよね? じゃあオールドディガーはそんな前から動いてるの?」


「ええ。当時の大型スチーマンは頑丈だもの。きちんと手入れされていれば、三型クラスの年代物が動いていても不思議でも何でもないわ。ま、代替品に恵まれないっていう現実もあるでしょうけど」


「代替品……後継機がないから、ということだね」


「元々大型スチーマンっていうのは、炭水庫とボイラーを備えることが前提の機体だもの。蓄圧式で使うには燃費が悪すぎるし、最大出力も蓄圧式特有の圧力限界のせいで、効率化された最新の中型機相手には敵わない。時代に取り残された化石ってとこかしら」


 ひらりと掌を見せたメルクリオに、私は顎に指をあてて考える。

 燃料戦争が終結してより100年以上。間欠泉を除くほぼすべての熱源を失った文明は、技術進歩の限界に達したとよく語られる。

 革新的な何かが作られたならば、人類は再び遍く地上の覇者と成り得るかもしれない。だが、その萌芽は何処にも見当たらず、発展を見た技術と言えば、蓄圧による活動限界の延長くらいのもの。

 メルクリオの言う通り、大型スチーマンはこの技術体系の変化についていけず、化石と貶められるに至ったのだろう。一歩踏み外せば、景色に広がる瓦礫の山と何も変わらなかったかもしれない。

 私に愛着があるからかもしれないが、それは少し寂しい話のように思えた。


「化石、かぁ……」


「まっ、私はああいうマッシブで鉄臭い機体、いい趣味してると思うわよォ。ボイラー使った時のフルパワーは別物だし」


 メルクリオはカラリと笑う。どうやら人の表情変化に敏感なようだ。

 悟られるなんて私もまだまだ甘いな、なんて自嘲的に苦笑を漏らせば、伝声管にもたれかかったタムがやれやれと首を横に振った。


「無茶言うよねぇ。あんなサイズのスチーマンが最大圧力出せる程の燃料なんて、一体何処にあんのさ?」


「コラシーの屋上庭園から、バイオコークスをかっぱらってくれば余裕じゃなぁい?」


「アホか。アレは金属精錬用の国家資源なんだぞ。盗んだりしたら裁判なしで死刑にされるわ。てかどうやって屋上庭園なんて入るんさ」


 呆れかえった顔のタム入手に、ジョーダンよ、とメルクリオ。

 私も実際に見たことがある訳ではないが、間欠泉の熱を利用した温室で、大量のアブラヤシを育てているとかいないとか。尤も、燃料として利用するにはあまりに生産数が少なすぎるとも聞く。

 あるいは、利権の為にわざと少数生産と技術秘匿を続けている、とも。

 調べるとすれば、最終手段だろう。目的を達する前に即決死刑などされては敵わないのだから。


「後は……噂の成型炭塵とか、かしら?」


「あー、アレかぁ」


 こちらには思い当たる節が大いにある。何なら、つい最近製作工程を見せてもらったくらいには。

 ただ、流石に一般的と言える技術ではなく、タムは訝し気な顔をメルクリオに向けていた。


「なにそれ?」


「時々ブラックマーケットに流通する石炭の紛い物よ。出所も分からないし、とんでもない値段だけどネ」


「はい!? そんな美味しそうな話、アタシ聞いたことないんだけど!? てかサテンはなんで知ってる感じなのさ!?」


「まぁ色々あってね。でも、商売にはならないんじゃないかな。生産数も少ないし、作ってる側は自分たちの為に使うのでギリギリだから」


 確かにアレは過去の技術者が生み出した叡智の結晶ではあろうが、ドーフォン・クラッカ率いる野人達の現実を見れば、彼女の思っている程輝かしい物ではないだろう。

 おかげで苦笑ばかりが漏れる私を、メルクリオはどこか興味深げに見つめていた。


「あら、出所まで知ってる感じなの? 底知れない子ねぇ」


「えー、それって生産拡大とかもできない感じなのー?」


「無理だね。できるなら私も困らなかったんだけど、この先どこまで作り続けられるかもわからないくらいギリギリみたいだよ」


 そっかぁ、と耳の様に見える帽子がしゅんと垂れる。どういう仕組みなのだろうか。

 どれほど小さな体で子どもっぽい雰囲気であろうと、やはり彼女は商人だ。ここまで清々しいと好感も持てるが。


「やっぱりポンとお金持ちになれる話って、中々転がってないねぇ」


「ダムの事でも転がってた方じゃないのォ?」


「本当にあれば、ですけどね……ハハ」


 耳をそばだてていたらしいサミュエルが微妙な笑みを浮かべた所で、話題は一旦切れた。

 自分にとってはそれなりに収穫のある内容だったと思う。ただ、それらを頭の中で整理していれば、ふいに肩をポンと叩かれた。


「そうそうサテンちゃん。スチーマンについて知りたいなら私の部屋にいらっしゃい。貴女なら私から聞くより、自分で学んだ方が早そうだわ」


 バチンと力強いウインクが飛んでくる。

 それなり、という言葉に疑問を持ったサミュエルの声が、私の中で現実味を帯びた気がしないでもない。



 ■



 ドンパチやらかしたあの日から数日。

 徐々に荒れ具合が酷くなる道を、アパルサライナーはその大きな車体をガラゴロ揺らしながら進み続けている。

 一方で、外は静かなものだ。アレから賊らしき連中は影すら見せることもなく、道行はまさしく順調そのもの。強いて言うなら暇を持て余しているくらいか。

 贅沢な話だとは思う。だが、何もしないでいると体にカビが生えてきそうなので、俺は格納庫の片隅に籠っていた。


「で、君は朝からガチャガチャと何をしてるのかな」


 にもかかわらず、眠そうな面をしながら見つけに来る物好きも居る。


「あぁん? 見りゃ分かんだろ」


 秤にノギスにローディングツール。並べられた硬化繊維の薬莢ケースと弾丸やら火薬やらその他その他。

 目を擦りながらそれを見たサテンは、あぁと小さく手を叩いた。


散弾実包ショットシェル?」


「どうせ暇だから作っとくかと思って、ここの連中から材料買ったのさ。予備の弾ァ全然ねぇしな」


 ローディングツールのレバーを動かして雷管プライマーを嵌め、規定量に調整した火薬ガンパウダー、その上からワッズに散弾ショットを入れて、最後に先端部分をスタークリンプで閉じれば1発完成。

 やっていることもショットシェルそのものも、狩猟用のバックショットをそのまま大きくしたようなもの。大きさがある分、威力も桁違いではあるが。


「ヒュージ君、意外と器用だよね」


「意外とは余計じゃねェ――のッ!?」


 ガチャガチャとローディングツールを弄繰り回していれば、サテンはまだ後ろに居たらしい。

 暇なら寝なおすなりしていればいいものを、と思いつつ肩越しに振り返れば、鼻がぶつかりそうになる位置に覗き込む顔があって、危うく跳び上がるところだった。


「思ったままを言っただけだよ。射撃苦手なのに、弾の作り方は知ってるんだ?」


 ビクともしねぇなこの女。

 並べられた弾をまじまじ眺める彼女に、俺は下ろす先に困った手をゆらゆらさせながら、最終的には後ろ頭をゴリゴリ掻いた。


「お、う……前は鉄砲も使ってたからなァ。当たんねぇし維持費は高ぇしで売っちまったけど」


「それもお爺さんから習った?」


「ジジイは鉄砲も上手かったからな。あの余裕な面ァ思い出すだけで腹立ってくるぜ」


 髭面がニヤリと笑う顔が浮かぶ。


『何をさせても下手糞な小僧だ。俺と違って殴り合いにしか能がねぇ。まぁ、俺が特別だってのもあるがな。カカカッ』


 記憶の中で笑うジジイ。何が腹を立てるかと言えば、俺を見下す言動に一つとして嘘がないからだ。

 スチーマンにせよ生身にせよ、射撃の腕は俺の比ではなく、殴り合いだってこっちは子ども扱い。ダウザーとしての技量だって、未だ追いつけたとは到底思えない。

 消えてしまったアレは、果たして何者だったのか。突然蜃気楼のように居なくなってもう何年も経つが、誰に聞いても俺の知っている以上の素性は何も分からない。

 脳裏を過る勝ち逃げのような笑い声が、余計に腹立たしくて敵わないのだが。


「負けず嫌いだね」


「負けて面白ぇことなんてねぇだろ」


 自分でもよく分かっていることだ。口をへの字に曲げながら返事をすれば、サテンは小さく笑ってから欠伸を零した。


「なんだァ? 寝不足かぁ?」


「ちょっとね。久しぶりに熱中しちゃってたから」


 やれやれと肩を竦める。

 あれから襲撃もなければ、景色に大した代わり映えがある訳でもなく、町中と違って娯楽も少ないデミロコモの上。クソ暇な時間が否応なしに続く中で、どうすれば睡眠が足りなくなるような事態に陥るのだろう。

 聞いた所でよく分からない小難しい話が生えてきそうなので、ここはスルーしておくが。


「体調崩したとか言っても知らねぇぞ」


「ヒュージ君はそういうのなさそうだよね」


「そりゃどういう意味だヨ?」


「言葉通りだよ。頑丈そう、って感じ」


 何となく馬鹿にされた気がしたが、どうにもそういう意図ではないらしい。サテンはボサボサの髪に手櫛を通しながら、また小さく欠伸をしていた。


「ンまぁ、覚えてる限りで病気になったこたぁねぇが」


「……気付いてないだけだったりして」


「なんか言ったァ?」


「ううんなんでも。それよりさ、どうせ作るなら変わった弾も作ろうよ」


 また馬鹿にされた気がしたが、今度は振り返るよりも先に、肩の後ろから伸びてきた手に薬莢を1つ攫われた。


「ってぇと?」


「たとえばフレシェット弾とか、ドラゴンブレス弾とか、あとは……フラグ弾とか?」


「何に使うんだよ何に」


「手札は多い方がいいってね」


 この女、何と戦うつもりなのだろうか。

 スチーマン用火器であれば、普通の散弾でも恐ろしい威力になるのは当然の事。わざわざ変わった弾丸を用意する理由が分からない。

 それもまた、値段が高かったり作るのが面倒臭かったりする奴をわざわざ付け加えてくる始末。


「材料がありゃいいがな。金払えよ」


「しょーがないなぁ」


「テメェが言い出したんだろが」


 と、勢いよく振り返ってみれば、そこには既にサテンの姿はなかった。


「冗談冗談。あんまり怒ってると顔が皺だらけになるよ」


 頭上から降ってくる声に視線を向ければ、いつの間にやらタラップを上がって、通路へ続く扉の手前にひらひらと振られる手が残されていた。

 あの様子だと、いい加減寝るつもりなのだろう。日中早々不健全な女だ。


「……目元黒くしてまで何やってんだか。おい! 材料の追加注文だ!」


「まぁた散弾ですかぁ?」


 ちょうどよく近くを通りがかったクルーを呼び止めれば、つい先日散弾を買い求めた相手だった。おかげで話が早くて助かる。


「DBとフレシェット。あればでいい。請求はサテン・キオンに回せ」


「何と戦うつもりなんスか……」


「知りたきゃアイツに直接聞けよ。俺ァ知らん」


 若そうな彼がげんなりした顔を見せるのも理解はできる。俺だって内心変わらない。

 ただ、金を払うと言うのだから遠慮する必要もないだろう。それだけだ。


 ――相棒、ねぇ?


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