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第30話 不似合

 牽制にばら撒いた散弾が、地面を派手に粟立たせる。

 狙いは雑でも拡散する弾に、大体の奴は怖気付いて動きを鈍らせるか、障害物を盾にしようとするものだが。


 ――ビビりもしねぇか。助けに来たってだけのこたぁある訳だ。


 その上、回避機動をしながら撃ち返してくる時代遅れのセミオートライフルは、動かなければ確実に当ててくるという精度の良さだ。

 いくらオールドディガーが頑丈でも、古く堅牢な作りのライフルから放たれる強装弾には、そう何発も耐えられるものでは無い。

 しかし、こちらが一旦立て直しだと瓦礫の陰へ後退すれば、そいつは追ってこようとせず、ぶん殴られて損傷した友軍機との間に背筋を伸ばして立ち塞がった。

 まるで誇りある騎士であるかのように。

 都市外作業員や砂族なんぞにはあまりにも似合わない振る舞いだ。サテンが首を傾げるくらいには。


「……なんだか高潔そうだけど、口を開くつもりはないみたいだね?」


「チッ、砂族風情がネオコーメン型なんて高級なもん使いやがって」


「どうする?」


「仕掛けてきたのは向こうだぜ。貰った分は返さねぇと、相手に悪ぃだろがァ!」


 脚部シリンダへ圧力を叩き込み、拳を構えながら一気に距離を詰める。

 相手が何者かなど関係ない。邪魔をするならぶっ飛ばすだけのこと。

 お得意のライフルで狙いをつける暇はないはず。前に出てきた飛び道具使いの高級機が、どう動くのか見せてもらおうではないか。

 勢いそのまま叩きつけた拳に、ガギンと派手な金属音が鳴り響く。


「躱された……?」


「キヒッ! 真正面からのどつきあいも上等、ってか」


 ライフルを素早く背中へ戻したネオコーメン型は、蛇腹状の関節構造を持つ両腕で受け流すようにして衝撃を殺していた。

 軽量高性能がよく謳われるモデルの癖に、殴り合ってみれば随分とトリッキーな行動パターンを見せるものだ。

 何より。


「肝の座った野郎だぜ。だがなァ――ッ!」


 足裏から地面にアイゼンを打つ。

 重さの持つ意味。巨大であることの強さを教えてやろう。

 そこからの応酬は速かった。

 こんなものは生身の喧嘩と同じだ。力強く、素早く相手に拳を打ち込む。相手が崩れるまで、泣き喚くまで。

 いくらノーマルな人型よりは長い蛇腹腕を持っていようと、中型機と大型機ではリーチと重さに埋められない差が開く。おかげで流石に反撃こそ難しかったようには見えたが、きっちりパンチを捌いてくる辺り、腕のいいパイロットであることは間違いない。


 ――これだけ不利だってのに、1歩も退かねぇとはな。


 何かを待っているのか、あるいは。

 そんなことを考えた矢先、大きく振りかぶった拳に対し、初めてネオコーメン型が動いた。

 滑るように懐へと潜り込んだかと思えば、下から打ち上げられてくる拳。どうやら蛇腹関節の腕には多少の伸縮性まで備えているらしい。

 こちらが切り返しが難しい大ぶりな攻撃だったこともあり、拳の到達は確実に向こうの方が早いが。


「ぐ――だが、甘ぇッ!」


 頭部ユニットを揺さぶられ、モニターの画像に大きくノイズが走る。

 ただ、それは向こうも同じこと。地面ごとアイゼンを引っぺがしたオールドディガーの膝が、飛び込んできたボディへと突き刺さっていた。

 2つのスチーマンは同時によろめきながら後退する。それをどうにか立て直して。


「へへ、中々いいパンチしてんじゃねぇか」


「っとと? わ、大丈夫?」


 唇から滲む血の味が、サテンにも見た目で分かったのだろう。

 軽薄な心配が飛んできたが、俺にとってはどうだって構わない。口の中に広がる鉄臭さなんて、どんな飯より慣れた味なのだから。

 むしろ不利なのは向こうだろう。オールドディガーは大した一瞬信号系に派手なノイズこそ走ったが、繊細な現行型とは訳が違う。

 ジリジリと音を立てるモニターを軽く叩いてやれば、一部の色味が多少おかしくなっているものの外の状況はハッキリ見える。

 一方、そこに映った敵機は、明らかに胴体部分がひしゃげていた。


「タフな野郎だぜ。さっきのもらってまだピンシャンしてやがるなんてな。さぁ続きを――」


「ッ! 後退!」


 サテンの声にハッとして、気付いた時には自然とギアレバーを引きながらペダルを踏み込んでいた。

 吹きすさぶ爆風に後退中の機体が揺れる。そこはつい先ほどまで自分たちが立っていた場所で、巻き上げられた瓦礫の欠片が外装にカンカンと音を立てた。


「クソが、何処のどいつだァ!? 人の喧嘩にケチつけやがって、タダで済むと思うなァ!?」


「4時の方向から撃たれた。距離も遠い」


「引きこもり野郎が舐めた真似しやがってよォ。穴蔵から蹴り出して――ありゃ?」


 甲高く響いた笛の音に、俺は違和感を察した。

 あれほど周りに居た生身の連中が、何処にも居なくなっている。かといって死体が転がっている訳でもない。スチーマンにしてもそうだ。


「どゆこと?」


「さっきの彼か彼女か。わかんないけど、ほらあれ」


 ほら、と肩の後ろから伸びてきた指先を追えば、瓦礫の上にあのネオコーメン型が立っていた。

 ライフルを背中に担ぎなおし、柔軟な身体をぐるりと丸めて頭を下げる格好で。


「味方が撤退する為の時間稼ぎって訳か」


 こりゃあ良く見ても引き分けだな。と背もたれに体を預ける。

 退いていく敵の後ろを見る限り、他にも数機のスチーマンが潜んでいたのだろう。中には大きな筒を担ぐ姿も見え、爆発の理由にも察しがついた。


 ――砂賊、ねぇ?


 肩の力が抜ければ欠伸も出てくる。敵の事にせよ小難しい話にせよ、考えるのは俺の仕事ではない。


「ね、さっきの私、冴えてたでしょ?」


「あぁん? 何がァ?」


「砲撃だよ。気付かなかったら、今頃木端微塵だったかも」


 嫌な予感がして振り返る。この予感は肩越しに見えた、斜めになっている顔で確信に変わった。

 どうだとこちらを見下ろす視線に、ふんすと鳴る鼻。これでもかというドヤ顔に、俺はげんなりと肩を落とした。


「へいへい、そーですねぇ。助かりましたよ、凄い凄い」


「もぉ、またそんなへそ曲がりな言い方。たまには才能に溢れてるサテンさんを、素直に褒めてくれてもいいんだよ? ほらほらぁ?」


「だぁー! 後ろからつっつくんじゃねぇ! もー、やだぁこの女ァ!」


 何が面白いのか知らないが、サテンはえいえいなんて言いながら一層突いてくる。

 おかげで俺はこそばゆい背中に体をくねらせながら、狭いコックピットの中で見えない天を仰いで叫ぶくらいしかできなかった。


『おーいおーい? ヒュージ達聞こえてるぅー? 早く帰っておいでよー?』


「帰る! すぐ帰る!」


「うん、帰ろう」


 爽やかに笑う相棒に、深く深く息を吐く。

 こいつが本当に味方なのか。俺にはなおさら分からなくなった気がしてならなかった。

 あぁ背中が痒い。

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