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第29話 ゲージ

「リアハッチ開放! 客人が出るぞ!」


 赤塗りのランプが灯り、ジワリと上下に開いていくゲート。

 膝関節を人間には不可能なクランク状に折りたたんだ走行モードのまま、クローラーのピストンへ圧力を送り込む。

 舌が自然と唇を這った。


「ヒャーッヒャッヒャッヒャ! オールドディガー様のお通りだァ! 踏みつぶされたくなきゃ道開けなァ!」


 鳴り響くブザー音にブレーキを外せば、巨大な老体は火花を散らしてレール上を滑走し、勢いそのまま荒れた旧街道へと躍り出る。

 一気に開ける視界。機体を急旋回させてアパルサライナーを追い抜きつつ、走行モードを解除して普通の人型へ。

 地面を削りながら瓦礫を蹴っ飛ばせば、隠れていたらしい人影が石ころの様に転がっていった。

 まぁ、あの様子なら死んでは居ないだろう。痛い思いだけで済んだことに感謝してもらいたいものだ。


「オラオラァ! ビビってんならさっさと逃げんだよォ! 逃げなきゃ感動の余りミンチにしちまうぜェ!?」


「ねぇ、前から気になってたんだけど」


「なんだよ?」


 せっかく調子が上がってきたというところで、後ろからツンツンと頭を突かれる。それもやたらと神妙な雰囲気で。おかげで戦闘中だと言うのに肩越しに振り返ってしまった。

 一体なんだと言うのか。


「その口調って、素?」


 沈黙。

 どうやら俺の相棒様とやらは、真面目と不真面目の差を隠すのが酷くお上手らしい。上手過ぎて皮肉すら上手く出てこないくらいには。


「……そうだけどォ?」


「そっかぁ。じゃあしょうがないよね、うん」


「何か俺、今すんごく呆れられなかった?」


「細かい事気にしてると禿げるよ」


 誰のせいだよ、禿げねぇよ。そんな反論が喉元まで出かかった所で、センサーのギリギリを掠めた弾丸に意識を切り替える。

 この風みたいな女と言葉遊びをするのは後にしなければなるまい。後まで覚えていられるかどうかは知らないが。


「口閉じとかねぇと下噛んでも知らねぇ――ぞッ!」


 足元に飛んできた砲弾の爆発を突っ切って前へ。重たい機体がガツンと石畳を抉る。

 走ってみれば敵の配置が見えてきた。土嚢と瓦礫に身を隠す生身共は、道の左右に瓦礫や地形の窪みを利用しつつ、足のついた機関銃とハープーンガンで武装しており、その後ろにはなお軽装な連中も控えているらしい。

 加えて前には簡単なバリケード。デミロコモの体当たりを止めるには弱そうにも思えるが。


「あいつら、アパルサライナーに乗り移る気だ」


「珍しいこともあるもんだなァ? 俺も同じ意見だぜ」


 となると、狙いは乗っ取りだろう。整った砂賊らしい考えと言うべきか、随分と貪欲な連中だ。

 しかし、歩兵連中は機銃に任せて問題ないだろう。想像していたよりもアパルサライナーの火力は充実しており、それも頭上から撃ちおろされて機関銃手ハーモニシストすら障害物から顔を出せないとなれば、そう簡単に乗り移りもできないだろう。

 逆に銃火の中でも動き回れるスチーマンは、直線的な動きが基本のデミロコモにとって脅威になる。


「バリケードの向こう! 短銃持ち!」


「気合入ってんじゃねぇか! 面白れぇ! ヒャーッハァ!」


 今は蒸気の無駄遣いすら気にする必要はない。何せ後ろには巨大なタンクがついてきているのだ。

 ナックルプロテクターを展開。そいつでひび割れだらけの地面をぶっ叩けば、弾けた瓦礫が煙幕の様に正面へ広がった。

 目くらましとしては十分だったはず。しかし、野郎は腕がいいのかただのマグレか、外装が音を立てて火花を散らした。

 いや違う。スチーマンが装備する標準的な銃火器を貰ったにしては衝撃が軽い。


「あぁ、道理で貰っちまう訳だよなァ? オラぁ!」


 スナップスイッチを叩き、操縦レバーのトリガーを引き込めば、構えた右肘の後ろからボンと音を立ててチェーンウインチが飛び出した。

 同時に軽く腕を振って伸びる鎖を側面から叩きつける。すると綺麗に敵のボディへ絡みつき、最後はそいつを力任せに引っ張れば、細身の中型スチーマンが引きずられるようにバリケードから転がり出てきた。


「キヒッ! コスパ重視のサムセット式ヒョロガリが、お高ぇ品持ってんじゃーん!?」


 後は距離さえ詰めればこっちのものだ。捕まったスチーマンを援護しようと、生身の連中が銃撃してくるが、大型機を止められるような火力など持っていないらしい。

 クローラーの加速ついでに足を振り上げ、サッカーボールの様に頭を蹴っ飛ばしてやれば、ぶっちぎれたソレはバリケードの一部へとゴールインした。


「もうテメェには要らねぇよなァ? ちょっと借りてくぜぇ?」


 パイロットが転げるように逃げていく機体から、サテンが短銃と呼んだそれをひったくる。古い汎用規格のものだが、おかげでオールドディガーの太い手指にもフィットしてくれた。


回転式の散弾銃リボルビングバス? 使いやすいの?」


「ああ最高だぜェ? 撃ちまくりゃそれなりに当たるからよォ」


「あー……射撃、苦手なんだ」


「ハッ、近づきさえすりゃ関係ねぇ! 次ぁどいつだァ!?」


 呆れたような声を背に、久方ぶりのちゃんとした飛び道具を構える。

 別に嫌いなわけじゃない。むしろド派手にドカスカやるのは好きな方。

 それも的を気にしないでいいとなれば、テンションも上がろう。建物だったものの影から顔を出した多脚型スチーマンセヴァリー式特殊型に、躊躇いなく銃口を向けた。


「アッヒャッヒャッヒャッ! 弾代無視のパーティタイムを楽しもうぜぇ!」


 せっかくの散弾だ。狙いを定める必要も無い。

 中型機の中ではやや大柄な多脚型に、残り5発全部ぶっぱなせば、たとえ潰せなかったとしても何かしらには重大な損傷を。


「ありゃ?」


 カキンとハンマーを空打ちする音が聞こえた。

 弾痕は確かに刻まれていて、着弾による砂煙も派手に上がっている。当然だ、スチーマン用の銃はほぼ砲なのだから。

 が、煙の向こうに見えたのは、穴だらけになった瓦礫と、その向こうからひょっこり覗く無傷の蜘蛛野郎だった。


「当たらなかったね、1発も」


「……腕鈍ったかなァ? えーと予備の弾がどっかに」


 中折式の弾倉から空薬莢を弾き出しつつ、ひっくり返ったままになっているヒョロガリ機体を漁る。

 銃持ちが予備弾なしというのはなかなかないだろう。なんて考えながら視線を逸らしていれば、圧力の抜ける音が派手に響いた。


『貰ったァ!』


 完全な隙と見てか。わざわざ声を上げながら飛び出してくる蜘蛛野郎。その手にはしっかりスチームパイルが構えられていた。

 まではまぁいい。


「うるせぇ」


 多脚型の頭部ユニットに、大きな裏拳が突き刺さる。一方で、突き出された鉄杭は完全に空を切っていた。

 直線的な動きしかできない下手クソめ。殴り合いを作業だとでも思っているのだろうか。

 崩れ落ちる蜘蛛野郎を蹴っ飛ばしつつ、俺はコックピットの中で小さく肩を竦めた。


「やっぱぶん殴った方が早ぇな。飛び道具ってのは性に合わねぇわ」


「そんなことだと思ったよ。今の奴、見えてたの?」


「わざわざ自己主張しながら突っ込んでくるんだ。見えねぇ方が――」


 改めてリボルビングバスの弾を込めなおし、開いた弾倉を戻した瞬間、機体が大きな衝撃に揺れ動いた。


「うわっ!?」


 肩の外装にできた弾痕を拝みつつ、ゆっくりと後ろを振り返る。そこには立ち上がる砂埃が見え、内側に黒い影が揺らいだ。


「動きが違ぇな。どっかの雇われか」


 砂塵を抜けてくるその機体に、俺は小さく目を細めていた。

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