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第27話 篤学者

「完全蓄熱コア、ねー? それが探し物ってことかぁ」


 目的を問われた私の答えに、タムは猫耳のような形をした大きな帽子をふわりと傾ける。

 誰彼無しに言いふらしたい話ではないが、完全蓄熱コアという技術については、忘れられた技術としてたまにオカルトな界隈に出回ることもあるくらいには、ありふれた与太話の1つなのだ。仕事を共にする彼女らに伝えたところで問題はないだろう。


「聞いたことない?」


「ないねー。サミーは何か知ってる?」


 タムは小さな頭をぐりぐりやっても、何も出てこなかったらしい。可能性を求めてか、操縦レバーを握る前方の彼へと声を投げた。


「僕も特には。しかし、あらゆる熱を無限に蓄え続けて、それを任意に取り出せる装置なんて、実現可能なんでしょうか」


「ロストテクノロジーって奴だからね。原理については私も全然理解が及ばないんだけど……えっと、サミーさんでいいのかな」


「申し遅れました。操縦士のサミュエル・レイパークです」


 眼鏡をかけた優し気な顔が肩越しに振り返る。

 理知的な雰囲気とそれに見合った疑問を抱く様子は、荒くれの多い都市外労働者の中ではかなり珍しいタイプだった。


「サミュエルさんはどこかで技術的な勉強を?」


「いえ、僕の専攻は生物学です。工学や化学の分野については、ロコモの操作を齧った程度ですよ」


「サミーはフィールドワークしたいのに、町の外出るのは怖いってヘナチョコなこと言ってたから、アタシがお尻をつねってあげたんだ」


 聞くにとんでもない経歴だと苦笑を零す。生物学が現代においてあまり注目されていない分野とはいえ、市民の中でも上位層である知識人を外へ引っ張り出すなど容易なことではない。

 それを誇るようにぺったんこな胸を張ってみせるタムに対し、サミュエルは小さく肩を落としていたが。


「あれはムラサキさんが無理矢理……」


「嫌ならここで置いてってもいいよ?」


「じょじょじょ冗談です! 感謝してますよええ!」


 分かっていたことではあるが、2人の力関係は歴然としているらしい。何よりサミュエルは人に強く出られるタイプではないのだろう。

 やっぱり外には似合わないなぁと笑っていれば、下からタムがこちらを覗きこんだ。


「そんでそんで? サテンは栄光の時代が残した不思議技術を狙うトレジャーハンター! って訳?」


「んー……私にあるのは、ただの好奇心だよ」


「あれ? お宝見つけて遊んで暮らす、なんてロマンじゃない感じ?」


「あははっ! それも間違ってないけどね。私って欲張りだからさ」


 前髪を軽く払いながら、窓の向こうへと視線を流す。

 ロマンだってお金だって要らない訳じゃない。手に入る物なら全部持っておけばいいだけ。切り捨てなければならない何かが生まれるまで、取捨を考える必要なんてない。

 だから、トレジャーハンターというのはある意味で的を得ているように思えたが。


「サテン、ちょっといいかァ?」


 普段より低い声に振り返る。

 壁にもたれたまま寝ている物だとばかり思っていた大男。外周デッキへ繋がる扉を親指で指していた。



 ■



 追い風に膨らむ帆の下で、サテンはチェーンを張っただけの簡単な柵を掴んで気持ちよさげに目を閉じる。

 ブローされる蒸気が流れてこないのは、今このアパルサライナーが風力だけで動作しているからだろう。

 惰性でごろごろ転がる大きな動輪の音を聞きながら、俺が黒い外壁に背中を預けていれば、髪を遊ばせる彼女は肩越しにこちらを振り返った。


「珍しいね、君が私を呼び出すなんて」


「そーかァ?」


 と言いつつも、確かに用がなければ探すこともないだろう。別にサテンに限った話ではなく、ただ誰かとつるむこと自体があまり好きではないだけだが。

 とぼけるような俺を前に、雇い主様はくるりと体を翻し、チェーンにもたれる危なっかしい恰好をとると、何やら悪戯っぽい笑みを貼り付けた。


「愛の告白、だったりする?」


「テメェ様が俺をただの馬鹿だと思ってるこたぁよーく分かった」


 ざーんねん、なんて心にもない事を口走るサテン。既に呼び出したことを若干後悔している。

 いちいち小っ恥ずかしいことをサラサラ抜かしやがって。そういう奴なのは重々理解しているが、毎度毎度青筋を立てるこっちの身にもなってもらいたい。

 腹で煮え立つ苛立ちをため息に乗せて吐き捨てる。人生でここまで我慢の訓練をさせられたことがあっただろうかと思いつつ、とりあえずその原因をギロリと睨みつけた。


「この間、お前は俺を相棒だっつったよなァ? ありゃ本心かァ?」


「嘘なんて吐かないよ。少なくとも、一緒に死線を潜った仲じゃない」


 さもあっさりと言い放たれた言葉は、どういう訳か腹に来る。煮えかえる感じではなく、刺される感じで。

 口で勝てる気がしないのは、やはり学の差なのだろうか。軽く側頭部を叩いてから息を吐いた。


「それが世迷言じゃねぇなら、いい加減何考えてんのか教えてくれてもいいんじゃねぇの?」


 きょとん。

 サテンは言葉がそのまま張り付いたかのような表情を見せる。


「あれ? 最初に言わなかったっけ? 一生使い切れないくらいのお金がって。もしかして忘れちゃったかな?」


「忘れるわけねぇだろがあ゛ぁ゛ん゛?」


「だったら――」


「本当にそれだけかっつってんだヨ」


 緩く吹き抜ける風が音を攫って行く。


「少なくとも、この仕事は負け前提のクソ博打だ。ダウザーから見たって馬鹿げてると思うくらいにはな」


「へぇ、私に何か裏があるって?」


「俺ァ頭が良くねェ。だが、間抜けだと思われんのは心外だぜ。思わず手が出ちまいそうになるくらいにはな」


 俺にはこいつが分からない。ハッキリしているのは見目麗しく中身が面倒臭い雇い主様、というくらいだろう。

 最初はそれでいいと思っていた。今でも思っていない訳ではない。

 だが、俺はこいつに興味を持ってしまった。最後までケツを持つと約束した。吐いた唾を飲むような真似ができない以上、俺は知らねばならない。


「町暮らしのエリート様が、なんだってスチーマンの蒸気管理を知ってやがる? チャカの扱いだってそうだ。なんで確信してるかのように、このクソ博打に蒸気屋を雇うまでの大金を突っ込める? テメェは腹ン中に何飼ってんだよ」


 どうなんだ、と軽く顎を揺する。

 するとサテンは暫く考えた後、何故か小さく頬を赤らめた。


「……君との子、って言ったら?」


 青筋フィーバータイム。

 全力で表情筋を引き攣らせながらも、どうにかこうにか笑顔が維持できた辺り、俺も大人になったものだと思う。


「ンンンン、その舌引っこ抜いちゃうかもしんねェゾ」


「嘘嘘、冗談。でも、ミステリアスな方が魅力的だと思うんだけどな」


 へらへらといつも通り掴み処のない笑顔が揺れる。こいつが女だったことに本気で感謝しなければなるまい。男ならば既に顔面を陥没させているところだ。

 腹の底が見えない。いや、誰かの腹の底などに今までは興味も関心も抱くことはなかった。

 それなのに俺はどうして、ふと影を滲ませるような横顔に、風に撫でられていく髪を押さえる姿に、見えるかどうかも分からない暗がりの底を除こうとしているのだろうか。


「一言で言えば、憂い、かな」

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