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第21話 作業場

 コラシーに戻ってから暫く。

 マテリアの死骸は予定通りのお値段が付いたし、あのレイルギャングの機体は懸賞金がかかっていたようで臨時収入にもなった。加えて南部に向かう鉄道会社から感謝状が届いたりもしたが、腹が膨れるわけでもないのでコンテナの奥底に眠らせたが。

 一方、オールドディガーの方には問題もあって。


「これ、分かる?」


「あぁん? 蒸気ピストンがどうしたってェ?」


 先端がウェーブがかった茶髪ツインテール女にジトリと睨まれる。

 まだ少女と呼べるであろう年齢のそいつ。整備屋のオリヴィア・ニフローは、整備用の革手袋で部品の一点を指さしながらギッと奥歯を噛んだ。


「何があったか知らんけど、どっかから盛大にジャンプでもしたっしょ?」


「あ、あー……した、かも?」


 身に覚えがあり過ぎて困ると、視線を逸らしつつ唇を尖らせれば、拳がカウンターへと派手に叩きつけられた。


「バカ! ディーちゃんの部品は中々届かないから大事に使えって、いっつも言ってんじゃん! 特に駆動部のメインピストンなんて、ヘロン・ストロングスチーマー社だって在庫置いてないんだから、仕事できんくなってもしらんよ!」


 耳に指を突っ込んでもなお貫通して響く高い声に、思わず体がのけぞる。店の奥から不安げにこちらを覗いていた店主も、顔を青ざめさせているではないか。

 とはいえ、ここで彼女の忠告を突っぱねられる程、物を知らない俺ではない。


「わかったわかった悪かったから、そうキンキン叫ぶんじゃねぇヨ。俺だってやりたくてあんな大ジャンプかました訳じゃ――」


「ホントに分かってんの?」


 ギロリと強く睨まれる。

 リヴィは年齢こそまだ成人前だが、スチーマンを触ることに関してはベテラン共が舌を巻く天才だ。そもそも、時代遅れの大型をここまで丁寧に扱おうという整備屋は居ない。

 加えて誰にも物怖じしないこの性格である。これには俺も素直に頭を下げるしかなかった。


「……へい、すんません」


「ならよし! それで、次はどこ弄るん? この間アフターマーケットで最新のギアロッド見つけたけど、試す?」


 さっきまでの剣幕が嘘のように、彼女はパッと表情を入れ替える。全く後に引きずらない部分も、リヴィが都市外労働者連中に可愛がられている理由でもあるだろう。

 ただ、能力があるのは認めるとして、整備に持ち込むと毎度改造しようとしてくるのはいただけないが。


「んなもん、アレの何処につけられるってんだよォ。規格合わねぇって」


「そこはほら、アタシさんの腕をもって、周りをちょちょいとワンオフすれば」


「いっつも言ってんだけどヨ、俺の財布にそんな金入ってると思う?」


「まったまたンなこと言ってぇ! この間、鉄道会社から感謝状貰ってたじゃんかぁ」


 ポンポンと腹のあたりを叩かれる。残念だが、そんなところを叩いたとて金は生えてこない。

 損傷したオールドディガーの修理、消耗品類の交換、スチーマン操縦免許の更新費用に税金。

 今回の仕事は収入こそ多かったが、同時に出費も大きく嵩んだ。特に奴らが気持ちよくつけてくれた弾痕の修理費用が痛い。気付いていなかったが、フレームにまで到達している損傷もあったのだ。

 レイルギャングの討伐でもらった報奨金を足してギリギリの黒。実質、手元に残ったのは感謝状と書かれた紙きれ1枚だけだ。


「あんなもん屁の役にも立ちゃしねぇぜ。で、いつ直る?」


「明日には仕上げるよ。それよりさぁ――」


「んじゃ後は任せるぜ。俺も暇じゃねぇんだ」


「えー、残念……また来なよー」


 どうしてもオールドディガーを弄繰り回したいらしいリヴィに手を振り、俺はのっしのっしと整備屋を後にする。

 適当に話を切っておかないと、次々案を吐き出してくるのだ。その内こっちが根負けして、ローンの書類にでもハンコをつかされようものなら、来月から火の車が急加速してしまう。


「飯買って帰るか」


 整備屋のある第三層は下層区画と呼ばれるエリアの最上部であり、ちゃんと家を持つ奴らが暮らし、それなりにまともな商店も軒を連ねる。

 ガキの頃は、この場所でさえ俺にとっては遥か天上だった。おかげで相変わらずあまり居心地がよくないが、せっかく上がってきたのだ。たまにはちょっといい飯を買って帰るくらいいいだろう。

 俺の記憶が正しければ、枯れた噴水のある公園の向こうに、いい串焼き屋があったはず。距離的にもすぐだし値段も手ごろだから、明日までぐーたら過ごす身としてはちょうどいい。


「何か探し物かな?」


「飯だよ飯。この先の屋台が結構うまい――」


 串焼きを、と言いかけて足を止める。

 俺は今、誰と話していた。連れ合いなんて居なかったはずだが。


「へぇ、あの串焼き屋さんかぁ。いいこと聞いちゃった」


 ゆっくり顔を横へ向ければ、顎に手を当ててうんうん頷いている見知った顔が隣にあった。


「……なんでテメェがここに」


「うん? 散歩だよ?」


 何も不思議はないだろうと、にこやかに首を傾げるサテン。

 膨大な人口を抱える大都市で、特定の誰かに偶然会う可能性が不思議がない訳ないだろうが。何より。


「旅行者様はもっと上層に居るべきじゃねぇのォ?」


「んー、あんまり面白くなくてね。私さ、無理に整えられた物より、生きてるって感じの雑多な場所の方が好きなんだ」


「何言ってんのかサッパリ分かんねぇわ」


 後ろ頭に腕を組む。俺も中層以上のエリアの空気は肌に合わないが、だからと言ってゴミ溜めの下層が居心地よい訳でもない。

 どちらも総じてクソなのだ。そこに整っているとか生きているとか言われても理解できない。

 が、そもそも彼女にとって俺の理解などどうでもよかったのだろう。


「まぁまぁいいじゃない。こうして君にも会えたし、ね?」


 サテンはどこかトロリと目を細めると、少し前かがみ気味にこちらを見上げてくる。

 元々面の整った女だ。何も知らなければトキメキか下心でも覚えそうなものだが、俺にはその前提が不足していた。


「ってこたぁ、なんか用があったってこったな」


 見下すようにぎろりと睨みつければ、明らかに作られた表情が面白くなさそうにプゥと膨れた。


「お姉さん、もうちょっと可愛い反応を期待したんだけど」


「歳なんざ大して変わらねぇだろが。勿体ぶってねぇでサッサと言え」


 今日俺を探していたかどうかはともかくとして、この様子なら遅くとも明日明後日にはコンテナを訪ねて来ていたことだろう。


「前にミスタークラッカから貰った設計図、あったでしょ?」


「ああ。親父、肉の串5つ」


 こちらの見た目に若干尻込み気味な店員の前に、ポケットから取り出した小銭を叩きつける。


「あっ、私も1つお願い」


 サテンは金を出さなかったが、それより先に串焼きが出てきた。多分だが、店主はさっさと店の前から立ち去ってほしかったのだろう。

 いいからいいから、なんて引き攣った表情で笑っていた。

 彼女がそれをどう捉えたのかは知らないが、歩き始める俺の隣で、にこやかに手を振っていた辺り、ちょっと得をしたくらいの感覚でしかなかったのではないだろうか。まぁ、どうだって構わないが。


「それでさ、試作してみようと思ったんだけど、ホテルで何かする訳にもいかなかったから――あちっ」


 湯気の上がる串肉を齧る俺の隣、サテンはふーふーと息を吹く。どうやら猫舌らしい。


「そんで?」


「うん、第5層で工房を借りたんだ」


「ほーん……ハァ?」


 肉の塊を呑み込みつつ相槌を打とうとして、喉を通った言葉が途中で予期せぬ音に変化した。



 ■



「という訳で、ここが私の工房です。どう?」


 細い通り沿いに並ぶモダンな低層ビルの中、サテンに案内されたのは元々店舗でも入っていたらしい建物の1階部分だった。

 まぁ、それはいいとして。


「なァんだって俺がこんな高ぇ場所に……」


 第三層でさえ滅多に顔を出さないというのに、市民層産業区である第五層なんて記憶にすら曖昧なレベルである。

 唯一の救いは、人通りの少ないエリアだったということだろうか。エレベーターを降りた瞬間なんて、周囲からは明らかに奇特な視線を向けられまくった上に、誰が呼んだのか暫くは後ろから警察らしき奴が尾行してきていたくらいだ。俺のような奴が居るべき場所でないのはわかるだろう。

 しかし、サテンは何を気にした様子もなく、狭い部屋の中に詰め込まれた謎の圧力機器の間をくるくると歩いていく。


「作業室だけだから狭いけど、一通り必要な機材は揃えてもらったつもりだよ」


 凄いでしょ、と笑う彼女に俺は毒気を抜かれた気がした。

 人の顔色を伺うなんて自分らしくもない話だと。


「んで? テメェ様の隠れ家はともかく、物の方はどうなんだ?」


「まだまだこれからかな。試作するにも素材が届いてないし、だから先に次の仕事の話をしよう。コーヒーでも淹れるよ」


「キヒッ、そっちが本題って訳だ。目星は?」


 近場にあったスツールに腰を下ろす。俺が座るには少々小さく、予期せぬ重量にか足のパーツがギィと軋みを上げた。

 目の前のカウンターに銅製のカップが置かれ、黒い液体が静かに注がれる。俺には似合わねぇな、なんて思いながら暫く香りを嗅いでいれば、その隣でサテンはスクロールになっている地図を大きく開いた。


「ミスタークラッカから聞いた例の研究者の足取りを辿るなら、東の方が可能性高いって踏んでるよ」


 細い指が置かれた先に、俺はコーヒーをひと口含んでから、大きく息を吐く。


「東ィ? おいおいふざけんなよ、国境沿いの空白地帯じゃねぇか」


「何かある?」


「何もねぇからヤベェのさ。鉄道の最寄りがこの位置で、地形図が正しいなら山間部だ。片道だけでも圧力が持たねぇ」


 基本的にスチーマンの行動半径は鉄道線に、ひいてはタンク貨車を利用した圧力の再補給に大きく依存する。

 勿論、蒸気タンクを鉄道以外の方法で輸送することもできなくはない。だが、何を利用したって大量輸送のタンク貨車に比べて遥かにコスト高であるため、利益重視のスクラッパーは勿論、引退したダウザー連中も容易には手を出さなかった。

 割に合わないぞ、と暗に警告する俺に対し、サテンはまたコーヒーを息で冷ましながら首を傾ける。


「成程、足枷はスチーマンの活動限界か……でも、君たちだって鉄道から離れた場所に行くことはあるんでしょ? そういう時ってどうするの?」


「短い距離なら複数機でチーム組んで補給線を敷く。だが、今回は蒸気屋を頼るしかねぇな」


 前者は比較的距離が短く、それでも稼働時間を伸ばしたい際に用いられる方法だ。圧力タンクを輸送する専用のスチーマンを用意し、駅と作業現場の間を往復させて補給する。

 だが、距離が長い場合は不可能だ。輸送担当の圧力が尽きてしまう。

 そういう時に致し方なく利用するのが、デミロコモと呼ばれる都市外輸送蒸気車を保有する蒸気屋という存在なのだが。


「ハッキリ言っとくが、どう足掻いても確実に儲からん仕事だぜ?」


 それこそ、完全蓄圧コアが見つかりでもしない限りは、と言いかけてやめた。

 本当にあるとなんて思ってはいないが、こいつを信じると決めたのは俺なのだから。


「蒸気屋ね……分かった、考えてみるよ」


 サテンは俺の飲み込んだ言葉に気付いた様子はなく、ようやく飲める温度になってきたらしいコーヒーをちびちびと啜っていた。

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