粉塵のハロルドを含め、レイルギャングの面々は全員、しっかり間抜け面を晒していた。
比喩としてサーカスだとは言ったが、まさか本当にサーカス紛いの事を相手がやってのけるなど思いもしない。それもあんなに重々しい機体でだ。
『お、大型が……露天掘り地形を飛び越えた、だと』
スチーマンにとって跳躍とは楽な動作ではない。何せ脚部への負担が凄まじく大きい上、蒸気圧の消費だって無暗に多いのだ。
その上、運よく飛び越えられたからいいものの、失敗して露天掘りの中へ落下していれば、それは着地ではなく墜落と言うべきもの。機体は奇妙なオブジェになるだろうし、パイロットだって無事で済む保証はない。
馬鹿なのか、いや馬鹿なんだろうと、彼の頭の中には言葉が渦巻いた。おかげで冷静になれたとも言えるが。
『ボス! 俺たちも行けます!』
今にも負けじと飛び出しそうな部下の機体を、猫のようにひっつかむ。
アイツにやれたんだから俺も俺も、なんていかにも頭の悪い話であろう。粉塵のハロルドは、彼らと同じアウトロー上がりであるからこそ、チンピラ共の思慮の浅さに呆れ返った。
『頭を冷やせ。速度はこっちが上なんだ、直進すりゃ追いつけるだろうが。馬鹿な真似に付き合うな』
『し、しかしボスぅ』
『目的を忘れんじゃねぇ。ただでさえ、家族がこれだけやられてるんだ。確実に仕留めて墓標に添えにゃならん。違うか?』
なお名残惜しそうなスキンヘッドに、彼は機体のラッパ頭を傾ける。
口調こそ優し気ではあったものの、その裏には明らかに、これ以上余計なことを言うな、という圧力が込められていて、部下たちはブンブンと首を縦に振った。
『う、ウス! 直進だ! クレーターを突っ切るぞ!』
雑多なスチーマンの一群は、揃って露天掘り炭鉱を下っていく。
この程度のロスであれば、鈍重な大型スチーマンとの距離はさほど開かない。その上、向こうは無駄に蒸気圧を消耗したはず。後はオオカミのように周りを囲みながら追い詰めれば、どう足掻いても勝ちは揺るがない。
粉塵のハロルドは今後の展望を考えてから1つ頷き、部下たちの後を追おうとしたところで、ふと傾斜路を前に立ち止まった。
『……いや待て。なんでアイツ、わざわざ蒸気を無駄にしてまでクレーターを跳んだ?』
彼は大型スチーマンのパイロットを認めていた。これは本心からのものである。
スチーマンを操る都市外労働者は多くとも、レイルギャングを前にして単機で戦いを挑むような度胸のある奴は珍しい。それもただの蛮勇ではなく、言葉に違わない実力を備える者となれば一握りだ。
そんな奴が、何故無駄な行動を取ったのか。首を捻った所で、彼の思考は猛然と訪れた地響きによってかき消された。
『な、なんだ!? わぁッ!?』
階段状に削られた露天掘りの地面が、あるいは傾斜のついた壁面が、突き上げるような揺れにひび割れる。
なんの前兆もなく訪れた地震に、地形の底を走っていたスチーマン達は、一斉に足を止めざるを得なかっただろう。
それでも、止まってはいけなかった。
『地面が!?』
『た、たすけ――!』
崩れるはずのない大地は、男たちの悲鳴を掻き消しながら、水槽の栓を抜いたかのように落ちていく。
人間の何倍もの力を発揮するスチーマンさえ、揺らぐ大地を前にしては玩具も同然。大きく開いた地割れに、いとも容易く飲み込まれていった。
ただ1人、遅れて足を踏み出していた粉塵のハロルドを除いて。
『落盤、だと……まさか、あの野人共が……!?』
彼は知らなかった。
露天掘りの真下を古い連絡坑道が走っていたことを。
彼は知らなかった。
網目のように張り巡らされた坑道が、如何に複雑で如何に緻密な計算で地面を支えているかなど。
ただ、直感で分かっただけ。穴蔵に暮らす野人が、捨て身とも言える方法で自分たちを陥れたのだと。
あれだけ居た仲間が一瞬の内に消えた。眼前に広がるその事実に、粉塵のハロルドはチョコレートリリィを後ずさらせる。
だが。
『よォ、気付くのがちょっと遅かったなァ馬糞野郎』
背中に投げかけられた耳障りな声が、それ以上の後退を許さなかった。
■
全く大したガキだと首を回す。
視界の端には、耳を塞いで転がる小さな体。それもオールドディガーが立っているのを見るや、どこか安堵したような笑みまで浮かべやがる。
エルツの事だ。自ら進んで外の監視をしていたのだろう。老練の穴蔵野人共との合わせ技となった発破のタイミングは、文句のつけようのないものだった。
何せ、一番美味しい所までキッチリ残してくれたのだから。
「これでようやく、ノイズ無しのタイマンだぜ。なぁ?」
ナックルプロテクターで覆われた両のマニピュレータを叩き合わせる。
さっきの跳躍で蒸気圧に余裕はない。だが、害獣1匹ぶん殴るのに足りない程、こいつのタンクは小さくないのだ。
『ふふ……ただのアウトローが? 頭張ってるこの俺とォ? タイマンだぁ?』
右の掌を差し出す形で天に向け、指先だけで来い来いと煽る。
するとチョコレートリリィは右手にハープーンガンを構えなおし、左手に斧のような形をした蒸気加速型の武器を握りこんだ。
『はははははは! 舐めるなクソガキがァ!』
クローラーで地面を叩くと、中型スチーマンは出力を上げたのだろう。白い蒸気を噴き上げて一気に加速する。
3連続で撃ち込まれるハープーン。内1発は左へ大きく逸れ、1発は腰の外装に弾かれ、最後の1発が右肩の外装に突き刺さった。
俺は回避動作をしなかった。それどころか、1歩も動かないまま突き刺さったハープーンを引っこ抜いて投げ捨て、こちらの頭をかち割ろうとするかのように振り上げられた大きな斧をジッと見ていた。
息を吐く。
「その言葉、そっくり返してやるぜ」
ただ前へ、大股の1歩を踏み込ませる。
亀裂の走った肩部の外装が斧の柄を叩く。だがそんなのは偶然だ。俺はただ、オールドディガーの拳を野郎の腹目掛けて、下から振り抜かせただけ。
『ごは……っ!』
鈍い打撃音が響く。
鉄パイプで組まれたケージのような増加装甲がひしゃげ、その内側にある本物の外装板が大きく陥没する。
それでもなお殺しきれない衝撃に、チョコレートリリィは大きくよろめいてどうにか転倒を堪えると、接近戦は不利と見てかクローラーで一気に後退していく。
「甘ぇなぁオイ」
せっかく詰まった間合いである。そこが俺のテリトリーだと知らなかったようだが、だからと言って逃がすはずもない。
左上腕部で炸薬が弾け、勢いよく射出されたチェーンはチョコレートリリィのボディへと絡みついた。
『野郎、こんな玩具でよォ!』
力づくで後退しようとしてか、クローラーが激しく地面を削る。
だがそれだけだ。特殊合金のチェーンは軋みこそすれど、敵機はピクリとも動かない。
「ハッ、現行モデルだかカスタム機だか知らねぇが大したことねぇな。大型スチーマンを舐めんじゃねぇ!」
伸びたチェーンを握りしめ、そのまま全身のパワーと重さを使って引き寄せる
情けない叫びと共に、チョコレートリリィの足が浮いた。一度バランスを崩してしまえば、後は機械力が全て。
「群れねぇと何にもできねぇようなオムツ野郎が――」
引きずられるように真正面に転がってきた敵機の頭を掴んで持ち上げる。ラッパのようなそれが圧力と重さに負けて火花を散らす中、俺はスチームパイルの起動レバーを最奥まで押し込んだ
「喧嘩最強の俺様に、タイマンで勝てる訳ねぇだろがよォ!」
突き出した金属の棒が敵機の胸を貫く。
その先にあったのは主蒸気管か蒸気タンクか。どちらにせよ、行き場を失った高圧の煙があちこち激しく噴き出した。
『こんな奴に、俺の、チョコレートリリィがァ!?』
叫び声は蒸気の奔流に消えていく。いくらか火花も散っただろうか。
スチームパイルを引き抜けば、崩れるようにチョコレートリリィは地面に付した。
「敵機、コックピット及び蒸気タンクの損傷確認。撃破完了、だね」
冷静なサテンの声に、ぐるりと肩を回す。
野郎をぶっ殺すのは確定だったとして、ちょっとやりすぎたか、と俺は顎を掻いた。
「ふぃー……久しぶりに暴れ散らかしちまった。後の事考えると頭が痛ぇ」
「そうは見えないけど? ヒーローさん」
なんて、からかうような声に振り返らず答える。
「あぁん? 目ぇ腐ってんじゃねぇの?」
「そんなことないよ。少なくとも、そう見えてるのは私だけじゃないと思うしさ」
お前以外に誰が居るんだ。そう聞くより早く、モニター上に動く人影が見えた。
「お兄さーん!」
片目を白髪に隠したオーバーオール姿の子どもに、こりゃ不味いと機体に膝をつかせコックピットハッチを開く。
このデカブツが足元まできっちり見えていると思ったら大間違いなのだ。
「へいへいへーい。あんまり近づくなよ。危ねぇだろが――とォ!?」
ロープを伝ってするすると地面に降りるなり、腰辺り目掛けて軽い体が跳び込んでくる。
「すごい、すごいよ! ホントに、やっつけたんだ!」
「お、おぉ……?」
図体のデカい俺に対し、細く小さいエルツの腕は背中まで周りもしない。
それでも、瞳を輝かせながらこちらを見上げてくるガキに、俺はどうしたらいいのかわからず両手を万歳させたまま固まっていたのだが。
「ふぅん? ヒュージ君ってそんな顔もできるんだ」
背後からの何処となく粘り気を含んだような声に、ハッと我に返った。
自分のキャラが崩れかけている。アイデンティティとやらが喪失するのはよろしくない。
「き、キヒヒヒッ! あったりめぇだろうがァ! 俺ァ喧嘩じゃ負けなしだぜェ?」
余裕余裕と見栄を張って笑う。だがあまりに取ってつけたようなそれに、エルツはニコニコ笑顔を崩さず、サテン・キオンは視界の片隅で含みのある笑顔をこちらへ向けていた。言いたいことがあるならはっきり言え。
「腕っぷしは本物らしいな。1人で半分近くも持っていくとは」
近づく足音に舌をレロレロさせながら首を傾ける。
見れば周りからいくつもの人影が姿を見せていた。それもスコップやらツルハシやらを担いだ老人達ばかり、一様に汚れた顔に笑みを浮かべてこちらを見ている。
どうやら、地下坑道を吹っ飛ばしたのはこの枯れ枝共らしい。あの短時間で準備を整え、よくここまでピンポイントに爆破ができたものだ。
俺が感心する一方で、サテン・キオンは前へ出ると自信満々と言った様子で胸に手を添えて鼻を鳴らした。
「ふふん。これでも私の相棒ですから」
「……俺そんなこと言ったっけぇ?」
「ん? ダメだった? 息は合ってたと思うけど?」
「いやまぁ、そりゃそうなんだがヨ」
ゴリゴリと後ろ頭を掻く。
先の戦いで勝てたのは間違いなくこの女のおかげだ。聞きたいことも色々あるし、それが俺に理解できるかは分からないが、ただの積載物と呼ぶには無理があろう。
余計に取扱いが難しくなった雇い主を前に困惑する俺を見てだろうか。野人の長であるドーフォン・クラッカはクックと肩を揺らした。
「若いな。しかし、お互いにおいて最良の結果が出た以上、何を言う事もあるまい。君らの尽力に感謝する」
「感謝だなんてとんでもありませんミスタークラッカ。貴方の仰る通り、これはお互いの為」
サテン・キオンは深いサイドスリットの走る異国の衣装をふわりと揺らす。
表情には柔らかい笑み。なのに俺はどうして彼女の後姿に背筋が冷たくなるのだろう。見ろ、野人の長でさえ眉を跳ねさせているじゃあないか。
「む? と、いうと……?」
長い手指が胸元に添えられ、整った顔立ちが静かに傾く。笑顔を保ったまま。
「私、タダ働きをするなんて一言も申しておりませんよ?」
「こわ……っ」