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第17話 無法者

 それはキャラバンのようだった。

 蒸気タンクとスチーマンを積んだロコモトレーラーの群れ。車体の派手な塗装には錆が浮き、それでもガンガンとピストンの音を立てながら、廃墟の町を駆けていく。

 その中でも一際大きなトレーラーの荷台からは、ぼんやりと葉巻の煙が風に靡いた。


「ああ許せねぇ、許せねぇよなぁ」


 寝かされた寝かされたスチーマンの上に腰かけた男は、赤茶けたツーブロックヘアを撫でながら、心底悔しそうに赤々と染まる葉巻を噛む。

 ただ、その目に涙が浮かんでいるかどうかは、溶接眼鏡かのような真っ黒のゴーグルに覆われて見えないが。


「アイツらはお話しに行っただけで、何にも悪いことしてないってぇのによ。なんだってこんな酷いことができるんだ? お前らもそう思うだろ?」


 無理矢理トレーラーに括りつけられた拡声器から彼の声が轟けば、周囲を並走するトレーラーたちからも賛同するような声が上がる。

 尤も、性能の悪い拡声器はノイズとハウリングだらけであり、半分くらいは反射的に声を上げているに過ぎなかったが、彼は満足そうに頷きつつ煙を呑む。


「でだ。そんな可哀そうな兄弟達をやった奴らは、今どこに隠れてる? お前は知ってるんだろう? 知ってるからそれを知らせに帰ってきたんだろう?」


 ゆっくりと吐かれた煙は、スチーマンのマニピュレータに掴まれているアウトローの顔を覆ってすぐに消えていく。

 即席の牢獄、とでも言えばいいだろうか。手足の自由を奪われている彼は、涙と鼻水塗れになりながらも必死に言葉を吐いた。当然だろう。一緒に報告へ戻ったもう1人の仲間は、トレーラーの後ろに引きずられて叫び声すら聞こえなくなってしまったのだから。


「や、奴らはまだ、坑道の中に……」


「んーん、前から分かってたけど、お前さんちょーっとばかし頭がゆるぅいなっ? 俺が聞きたいのはだ、その坑道のどの辺りで、どんな風に奴らが待ち構えてるかってことなんよ。詳しく話してみろ、見たんだろう? なぁ?」


「ひぃっ……!? か、勘弁してくださいボス! 俺はあいつみたいに逃げたんじゃなくて、中型だと一緒に入れないから警戒に残っただけで!」


 ゆっくりと近づいてくるボスの顔に、スチーマンパイロットだった男は堪らず悲鳴を上げる。

 黒いゴーグルはそんな様子をひとしきり眺めたかと思うと、葉巻を持った手でポリポリと自らの頬を掻いた。


「あぁそう、そうだったかぁ。お前はアイツと違って臆病者じゃなかった訳だ」


 うんうんそうだよねぇ、なんて優しい声を挟んだ後、ボスはカクンと首を傾げる。さも自然と疑問が浮かんだかのように。


「ならどうして俺を見て怖がる? どうして震えている? 俺たちは家族だろう、兄弟だろう。違うか?」


「は、ははははい! その通り、その通りですボス!」


「素晴らしい! そうだな、せっかくの機会だ、いいことを教えてやろう」


 ボスは満足そうに手を叩きながら、ようやく彼から顔を離すと、スチーマンのコックピットから伸びるロープへ手を伸ばした。


「俺は嘘つきが嫌いだ。どんな小さなことでも、嘘を吐く奴は家族を壊す。粉塵のハロルドが家長であるこの場所に、嘘つきは必要ない」


 その口元からは表情が消えていた。

 粉塵のハロルドと名乗ったボスは、躊躇うことなくロープを引く。それが繋がっている先はコックピット内の操作レバーであり、中型スチーマンは寝ころんだまま腕をトレーラーの外へ伸ばすと、そのまま男を包んでいた手を静かに握りこんだ。

 数秒ばかりの断末魔。元仲間の悲痛な叫びにさえ、粉塵のハロルドは動じた様子も見せず、それどころか膝を叩いて立ち上がると、両手を大きく天に向けて広げた。


「さて我らが兄弟姉妹よ。失われた家族を弔おう。頭が緩いばかりに、モグラ共の犠牲となった彼らへその血を捧ぎ、せめてその魂よ安らかなれと祈ろう」


 白い蒸気を大きく吐いて、トレーラーは大きな露天掘り炭鉱を前に停車する。

 粉塵のハロルドは広げていた手を静かに下ろすと、軽く肩を揺らして真正面を指さす。


「――蹂躙だ。皆殺しにしろ。爆炎と銃弾をもって穴蔵から奴らを炙り出せ。この粉塵のハロルドに歯向かったこと、あの世で公開させてやれ」


 声に合わせ、周りで続々とスチーマンが立ち上がる。

 メーカーも製品もバラバラで、カスタマイズを含めて同じものは一つもない。


「野郎ども、出撃だァ!」


 二番手らしき男の号令に、スチーマンの群れはそれぞれ形の異なる走行装置で地面を削った。

 露天掘り炭鉱を下るものもあれば、崖となっている地上部を走る者も居る。しかしその行き先は決まって同じ。

 先頭を行く奴は道をよく知っているのか、器用に瓦礫を避けて進み、一切迷うことなく蓋の開け放たれた立坑へと辿り着いた。


『間抜けが言ってたのはこの穴だな?』


『炙り出してやるぜ。連中でバーベキューだ!』


 我こそはと踏み出した機体は、背負っていた大きなボンベを複雑な構造のアームで力強く持ち上げる。

 その側面に書かれていたのは火気厳禁、そしてアセチレンを示す記号。

 下卑た笑い声も高らかに、三脚式のスチーマンを操る男は操縦レバーを押し込む。


『精々楽しむんだっぜェッ!?』


 スチーマンの腕が不必要なまでに振り上げられる。

 その場に居た誰もが、暗い筒の奥底から響く派手な爆音と、赤黒く染まる地底の地獄を想像したことだろう。

 鉄の弾ける音がカァンと聞こえるまでは。


『やっ――伏せろォッ!?』


 爆轟が辺りを駆けた。

 掴んでいた機体は熱と圧力に押し潰され、取り巻きの中型スチーマンも衝撃に転がされ、近すぎた者は火炎に巻かれた。

 そんな中、どうにか混乱から立ち直った者達は、ノイズが走るモニター越しに周囲を見回す。

 あの瞬間に何が起こったのか。それを知ろうとして。


『キヒッ、随分と楽しそうなことしてるじゃねぇかよオイ。俺も混ぜてくれるかなァ?』


 想像だにしなかった。地面を覆うように落ちた黒い影が、まさかこんなに恐ろしいとは。



 ■



『お、大型スチーマン、だぁ!?』


 原型が分からない程刺々しいカスタムが施されたスチーマンが、悲鳴にも似た声を響かせる。

 だからどうなる物でもなく、俺は煙突のような顔面に、ショベル用バケットを改造したナックルプロテクターを叩きつけた。


「っとと、ホントに荒っぽいね」


 見た目通りが過ぎると苦情を零すサテン・キオン。俺としては、その小脇に抱えたライフルの方がよっぽどだろうと思うが。

 まぁ、始まった以上細かいことなんてどうだって構わない。作動油を噴き出して動かなくなった敵機を蹴っ飛ばし、高らかな笑い声を響かせた。


「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ! せっかくのパーティなんだろォ!? ちゃんとダンスに付き合ってくれよォ、なぁ!?」


 普段より遥かに高い蒸気圧を各部へ突っ込めば、オールドディガーはその古ぼけた身体を軋ませて走り出す。

 大きさは威圧感だ。ただの野盗連中がビビるのは当然のこと。


『こ、こいつ、どこから出てきやがった!?』


 怯えた声に、俺はぺろりと唇を舐める。

 どうやら今の今まで、こいつらはオールドディガーを見つけられていなかったらしい。錆止めだけを塗られたポンコツがスクラップにしか見えなかったなら、金がないのも悪いことばかりではないということだ。


『構うこっちゃねぇ! この数相手に何ができるってんだよ!』


 無限軌道装備の重機モドキは、他より混乱から立ち直るのが早かったらしい。ランスのような長柄を振り回して周囲に発破をかければ、周りの連中も続々と雑多な鈍器、あるいは鉄くずに毛が生えたような何かを構え始める。

 だから、なんだ?


「数、数、数ゥ! 言ったからには押さえ込んでみろよカス野郎ォ! キャーッホォッ!」


 へっぴり腰がいくら増えた所で、喧嘩の優劣は変わらない。飛び込んでくる勇気すら出せない角ばった奴を殴り飛ばし、大股に跳んで次の1匹を跳び越えて、3歩目には例のランス持ちにまで迫る。


『やっ、野郎ッ! 舐めるなァ!』


「アッヒャヒャッヒャ! どこ狙ってるんでちゅかァ!?」


 間合いの遠い刺突を肘で挟み込めば、硬いはずのランスがギギギと音を立てて歪む。


『な、なんて馬鹿力……がッ!?』


 ケンカキックが背の低い敵機の顔面に突き刺さる。

 あくまでセンサー系が潰れただけ。そう思っていたのだが、それきりピクリとも動かなくなった辺り、どうやらコックピットが頭部にあるタイプだったらしい。

 これで3つ。そう思った時、機体が微かに揺れた。


「後ろから中型、ライフル持ち!」


「あ゛ぁ゛ん゛!? ダンスパーティに無粋なもん持ち込んでんじゃねぇぞぉゴラァ!?」


 どうやら肩あたりに1発貰ったらしい。運よく損傷には至っていないが、傷を入れられた以上そいつは優先目標だ。

 メインの操縦レバーから隣のグリップへ持ち替え、専用のトリガーを握りこむ。すると左肘の裏で炸薬が弾けた。


『ち、チェーンウインチか!? うおぁっ!?』


 勢いよく飛翔した鉄鎖は、先端に備えられた電磁石によってライフル持ちの腕に食らいつく。


「んダッシャオラぁ!」


 後は力任せだ。機体のパワーとウインチの巻き上げ力で一気に敵を引き寄せ、勢いそのまま反対側へ放り投げてやった。

 パワー負けしている敵の、情けない悲鳴が木霊する。空中で何ができるものでもないスチーマンは、そのまま他の敵機が逃げ惑う中へ突っ込んでいって土煙を上げた。


「ンンンゥ、今の投げ方だったらスペアくらいかなぁ?」


 ウインチを巻き上げ、俺はゆらりと後ろを振り返る。

 場の空気は完全にこちらが支配していた。こうなってしまえば数など関係ない。


『あ、あんな機体で、4機も……!?』


『どうする? 一旦距離をとるか?』


 こちらが前へ踏み出す度、数に勝るはずの敵がじわりじわりと後ずさる。中には小賢しく回り込もうと試みる奴も居たが、上から見下ろしていて気付かないはずもない。

 さぁ次はどいつだ。俺はまだまだ遊べるぞ。


『やんれやれ、困った奴らだな』


 時間稼ぎにはもってこいの威圧を続けていた最中である。怯えも恐れもない声は瓦礫の影から現れた。


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