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第16話 充気作業

 しゃがみこんだ中型スチーマンと、派手に体を動かして何かを伝えている男。慌てた様子から察するに、地下から逃げてきた奴と言ったところだろう。

 流石に遠巻きから会話内容を聞き取ることはできそうにないが、どうやらクラッカは上手くやっているようだ。程なく、中型スチーマンは男を拾い上げると、猛然と砂煙を巻き上げて後退していった。


「あの中型は連絡役って訳か。足の速さだけは一人前だぜ」


「やるなら今しかないね」


「管の準備しとけよ」


 そう言い残し、俺は最初に訪れた入口の傍へと走った。

 正直、自分のデカい図体で隠れられるとは思わないが、一応瓦礫を背にしつつ、残ったレイルギャングが居ないかを見回す。

 出入り口に見張りすら残さないとは、本隊に余程の自信があるのか、それとも警戒をこなすための戦力すらなくなった間抜けか。なんであれ俺にとっては好都合だ。

 廃墟の傍らに転がしておいた愛機をよじ登る。どうやら連中にはこいつが、きっちり放棄されたゴミに写ってくれたらしい。おかげで中を荒らされた様子もない。

 とはいえ、俺と同じでオールドディガーの図体はデカい。勢いよく動かして、派手な見た目と音で気付かれた、なんてことにならないよう、いつもよりずっと慎重にレバーを操作する。


「っかぁー……やっぱこういうみみっちいのはイライラするなァ。我慢我慢」


 機体を屈め、廃屋を踏まないよう、また瓦礫を崩さないように気をつけながら、ゆっくりゆっくり。

 つい力の入りそうになる手足を、必死に歯を食いしばって押さえ込む。本当に俺には向いていない作業だ。

 そもそも、こんなにチンタラ動いていては、敵が戻ってくる方が早いのではないだろうか。そんな言い訳がましい考えが脳裏を過った所で、足元に配管と工具を持った女の姿が目に入った。


「やぁ、お見事お見事。君ってこんな風にも動かせるんだね」


「どういう意味だヨそりゃ」


 口では強がりつつも、内心大きく息を吐く。機体にしたってそうだが、精密な作業は基本的に苦手なのだ。サテン・キオンの想像は何も間違っていない。


「充気管接続よし! 送り弁、バルブ開放!」


「送りバルブ開!」


 捲揚機のオペレーターをしていた野人達だろう。わざわざ手伝いに追いかけてきてくれたらしく、サテン・キオンが耐圧ホースをつなぎ終わって手を挙げれば、慣れた調子で赤いハンドルをぐるぐる回していた。

 圧力計の針がジワリと動く。


「どーおー?」


「オーケーだ。続けろ」


 あのタンク1つで果たしてどこまで。それでもないよりはずっとマシ。

 ただでさえスチームパイルを最大出力でぶっ放したのだ。何もしなければ戦闘中に息切れは必至だろう。

 ゆっくり上昇していくメーターを見ながら、これで一息つけると目を閉じる。

 しかし、俺の視界が瞼の裏を捉えていられたのは果たしてどの程度か。ふいに嫌な気配が背中へと纏わりついた。


「……この感じ」


 センサー系のスナップスイッチを弾く。

 今まで動作していなかったオールドディガーの頭が、ぐるりと周囲を見渡した。


「ヒュージ君?」


「いっちいち気の早い客だぜ。おちおち飯も食わせてもらねぇらしいナ」


 まだ遠い。だが、確実に捉えた砂塵の煙。

 瓦礫の向こうに見えたそれが何なのかなんて、今更考えるまでもないだろう。


「充気中止! バルブ閉めて!」


「も、もう来たのか? 早すぎるぞ……」


 野人達がざわつく中、耐圧ホースが音を立てて外れる。

 とはいえ、俺は立ち上がるでもなくその場にオールドディガーをまた寝かせたのだが。


「キヒヒッ! こっからは俺の仕事だなァ? テメェら全員、踏みつぶされたくなきゃさっさと穴に戻ってろ」


「しかし!」


「足元でチョロチョロされる方が鬱陶しいってんだヨ。散れ散れ」


 コックピットハッチから手を振ってもなお、野人の男は何かまだ言いたげだったが、結局何ができるとも言い出せなかったのだろう。

 ギっと拳に力を籠めると、静かに息を吐いた。


「……分かった。総員構内へ退避だ! 急げ!」


 随分と気の利いた野人連中の背を見送ってから、俺はウッソリとコックピットに体を沈ませる。

 後は戦いに備えるのみ。山ほどあるレバーの内から1本を捻って引っ張り出し、そいつを前へ押し出せば、背中の方からガリガリと火花の散る音が聞こえてきた。

 背負子を切り離し。これで俺の大事なお家が戦闘でぶっ壊されることはない。中身はまた、固定していない物が盛大に散らかっているだろうが、それくらいなら可愛いものだ。


「さぁて、ようやく孤独の時間だナ。酒でも飲みながらのんびり待たせてもらいますかネ」


 予想以上の面倒に巻き込まれたナァ、なんて苦笑が漏れる。それでも、たとえ相手が10倍であっても、二言は無い。

 せめていい仕事と終わらせよう。その為なら、ご褒美にと隠しておいたいい酒を開けたって文句は無いはず。

 だったのだが。


「ふーん? 美味しそうなもの持ってるじゃない。ちょっと分けてよ」


 瓶を握る手に落ちた影。

 コックピットハッチを開けっ放しにしていたことを、今ほど後悔したことは無い。


「……なんでテメェがここに」


 野人共と一緒に逃げればよかった。いや、正しくは逃がすつもりだった。

 この喧嘩は俺の道だ。たとえ雇い主だろうと、ついでを巻き込むつもりなんてない。

 それなのに、サテン・キオンはまるで何も考えていないかのように笑いながら。


「そりゃあ相棒だからね? 私が居ないと寂しいでしょ?」


 なんて言いやがった。

 相棒なんて、オールドディガーの他に考えたこともないが。


「キヒッ! 酒飲む前から頭ふやけてんのかァ?」


「照れなくていいのに。後ろ入るよ」


「いちいちハッピーな思考しやがって。怪我しても知らねぇぞ」


 するりと横を抜けていく彼女に、俺は毒づきながらコックピットハッチを閉ざす。

 今さら外に叩き出したとて、逃げ切れる保証なんてない。それくらいに、敵の音は迫っている。

 あるいは、だからこの女は今になって。


「ふふっ、頼りにしてる」


「はーぁ……調子狂うぜ。酒飲む気も失せた」


「あら残念。じゃあ、勝った時のお祝いで開けようか」


「生きてたら好きにしろよクソめェ」


 そう言いながら、俺はコックピットの隙間に、酒瓶を押し込み直したのだった。

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