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第15話 閉鎖地区

 坑道の中に重い足音が、いくつも重なって響く。

 武装した人間の一群を先導する鉄の鎧。少々刺々しく不格好で、しかし坑道を難なく進める小柄なそれらは、黄色いランプで暗がりを照らしながら奥へ奥へと進んだ。


『野人共にゃあ感心するなぁ。なんだってこんなクソみてえな場所にこだわるかね』


 前から3番目を進む小型スチーマンは、男の声でボヤきながら肩を竦める。


『ただの頑固なジジイじゃなかったってことでしょ。兄貴が見くびられたんじゃなければね』


『くくっ、兄貴ねぇ? ボスと付き合いが長いってだけの役立たずが、いい加減見放されたってだけだろ』


『口だけだからなアイツ。見返しかったのか知らんが、自分から動いて野人に捕まりましたじゃ、今度こそ再起不能だ』


『違いない。下手すりゃもう生きてないかも』


 冷静な女の声は2番手から、軽薄な男の声は先頭から。

 3機の小型スチーマンは、後ろから続く生身の連中をカバーする形で、物陰を警戒しながら歩いていく。

 尤も、その口調を聞く限り、仲間を助けるために行動しているようには見えなかったが。


『野人連中にそこまでの度胸があるとは思えんが――』


 仲間意識の薄い2人に肩を竦めつつ、3番手の男は分岐している道の奥をチラリと覗き込む。

 そこには暗がりが広がるばかりで何も無い。だから、後続の歩兵連中を手招きしつつ、気にせず通り過ぎ。

 カァンと乾いた音が響いたのは、彼の視界が切れた瞬間だった。


「お、おい!」


 彼の後ろで誰かが倒れる。

 咄嗟に物陰へ身を隠せた奴は正解。慌てて倒れた奴の元へ駆け寄ろうとした間抜けは、何が起こったのかを血花を咲かせる形で教えてくれた。


「撃たれた! 撃たれたぞ!」


 そう聞こえた途端、スチーマンを駆る3人は弾かれたように生身の連中の前に出た。

 乱雑な装甲に火花が走る。だが、遠くで瞬いたマズルフラッシュに、鋼の小人を貫く力は無い。


『アッハハハハハ! ご機嫌じゃねえかモグラ共! シンプルに行こうやぁ!』


 先頭のスチーマンは銃身の短いマシンガンを構えると、スキップでもするかのような勢いで銃火の方へと飛び込んでいく。


『全くこれだからバカは……追跡だ。モグラ相手でも油断しないでよ』


『へいへい、ケツ持ちはしますよっと』


 血の気の多い切り込み役の後を追って、レイルギャング達はじわりじわりと前進し始める。

 彼らに恐れの色はない。それくらいにまで、野人達の銃声はまばらだった。

 何より自分たちの前にはスチーマンがついている。中型以上の機体と比べれば大きくパワーに劣り、ダウンサイジングの為にコックピットさえ箱を背負っているだけに見える小型機だが、それでも無理矢理に追加された攻撃的な芸術センスの装甲が、旧式のライフル弾を訳もなく跳ね返す。


「くそっ、スチーマンが前に出てきた! 退け、退けぇ!」


『オラオラどうしたぁ! やり逃げなんて許すかよォ!』


 逃げ遅れた者は重々しい足に蹴っ飛ばされて血溜まりを作り、運の悪い者は機関銃を受けて体を弾けさせる。

 狭隘きょうあいな空間において、同時に対人用小火器程度しか持っていない野人達にとって、本来戦闘向きではない小型スチーマンは、一種抗いようのない脅威だった。

 唯一、野人達に強みがあったとすれば、それは地の利に他ならない。

 武器を持った彼らは、揃って坑道の分岐を駆け抜けたかと思えば、先行していたスチーマンが辿り着くよりも早く、天井から奇妙な壁が下りてきた。


『チッ、なんだあこりゃ?』


 あれだけ興奮していた男も、突如現れた薄っぺらな壁には足を止める。少なくとも、勢いに任せて突っ込まないだけの分別は残っていた。

 彼が立ち止まって程なく、他の仲間たちも追いついてくる。野人達の抵抗がなければ、大した距離を移動してはいないのだ。


『何? こんな所にシャッター? アイツら、要塞でも作ってるのかい?』


『無駄な足掻きを。こんなもんぶち破ればいいだけだ』


 後からついてきた男のスチーマン乗りは、生身の連中に下がるように合図すると、短く切り詰められた散弾銃を構える。

 坑道に反響した銃声は1発だけ。弾けた薬莢が地面に落ちた時には、薄っぺらなシャッターはしっかり破れていた。

 あまりの呆気なさに、撃った本人が肩を竦める。


『勿体なかったかもな』


『もうちょっとスマートにできないもんかね?』


『やり方なんてどうだっていいさ。さっさと追い詰めてやらぁ!』


 まだ遊び足りないと言わんばかりに、血の気の多い男がシャッターを押し破る。

 木でできたあまりにも簡易なそれは、スチーマンのパワーに成すすべもない。


『うぉあぁ!?』


 ただ、彼は1歩踏み出した瞬間、見事なまでに足を滑らせた。

 唐突に消えたスチーマンを追って、すぐさま2人がシャッターの向こうから覗き込んだが、そこには単純にひっくり返っている彼の機があるのみ。

 同時に見えたのは、ぬかるんだ地面と緩い窪みになっている空間だった。これには慌てて見に来た女も、呆れた様子で首を横に振る。


『アンタねぇ……調子に乗るからそうやって足を取られるんだ』


 生身の連中からも馬鹿にしたような笑いが浴びせられる。そのせいか、ひっくり返った機体はピクリとも動かない。

 あれだけ勢いよく突っ込んだのだ。あまりの恥ずかしさに声も出ないのだろう。そう思ったもう1人の男は、肩を竦めつつも手を貸してやろうと機体を前へ進めた。


『少しは懲りただろ。次からはちゃんと気を付けて――ぇ』


 異変が起きたのは、小型スチーマンが窪みに入った瞬間である。

 よろよろと不安定な動きを見せたかと思えば、躓くように倒れていく。


『おい、シャラ。お前まで』


 彼女はただ、バランスを崩しかけた彼の機の腕を取ろうとしただけ。

 だが、それで十分だった。目にも見えず臭いもしない危険物の支配する空間は、コックピットが気密されていない小型スチーマンのパイロットたちから、一瞬で意識を奪い去る。


「た、大変だ! スチーマンが……あ……」


 様子を見に来た生身の男は、叫んだ瞬間に大きく息を吸いこんだのだろう。たった一呼吸で、彼はぐるりと白目をむいて倒れ込む。

 混乱から、誰もが理解した。ただの窪地が、目に見えない罠だったのだと。


「ヒィ!? ま、まさか毒ガスか!?」


「上に伝えろ! 応援を呼ぶん――ぎゃあ!?」


 後ろから、あるいはもう1つの分岐から、いくつもの銃声が響き渡る。

 生身の彼らは武器こそ持っていても、既に自身を守ってくれる盾はない。暗がりの中で無暗に発砲することもできず、20人にも満たないレイルギャングの一団は、あっという間に冷たい坑道に倒れ伏した。


「無知とは恐ろしかろう。なぁ平地の」


 血を流す男の隣に、顔を覆うマスクを着けた一団がゆらりと現れる。


「やれやれ、封鎖地域へ誤進入した挙句酸欠事故とは。安全会議で詰められますぞ職長」


 彼らは良く知っていた。古くに役目を終えた坑道であっても、当時の危険は今なおそのままに残されていると言う事を。

 酸欠空気。石炭の酸化やガスの突出によって酸素を失ったそれは、ただ呼吸が苦しくなるだけ、などという可愛いものではない。空気マスクを装備しない者が一息でも吸いこめば、その瞬間に昏倒してしまうような危険物である。

 どんなに屈強でも、どんな武勇を誇っていようと、酸素を消費する生き物である限り、逃れられない無味無臭の罠だった。


「職長はよせ。いい思い出がない」


 職長と呼ばれた男。ドーフォン・クラッカは懐かしむように小さく肩を竦める。

 そんなやりとりに緊張がほぐれたのか、周りの者達からもいくらか笑い声が上がった。


「しかし、これでいよいよ引き返せませんな。蒸気圧の備蓄も、人命も」


「何を失っても越えねばならぬ壁だ。あんな若造に尻を叩かれているようでは、長老も形無しだがな。怪我人を奥に。手の空いたものは第四鉱区へ回せ」


 クラッカは古い部下の言葉に表情を引き締める。

 守るものの形は代われども、己の双肩にかかる責任は、何も変わっていないのだと。

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