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第13話 敵之敵

 スコップだのツルハシだのを手にしたまま、間抜け面を晒す男たち。

 全く、頭の回転がトロ臭い奴らである。ちょっと鉄格子が開いたままになっていて、その周りに顔面の変形した馬鹿が気持ちよさそうに寝ているだけだというのに、いつまで呆然と突っ立っているつもりなのか。

 わざわざ説明してやるのも面倒くさいので、俺は欠伸をしながら小指で耳を掻いていた。


「なんてことをしてくれたんだ……! これでは、これでは……!」


 ようやく我に返ったのか、その中心に居たクラッカとかいう初老の男がわなわなと身体を震わせる。


「何がァ?」


 指についた汚れをフッと息で吹き飛ばしてから、軽く舌を覗かせれば、皺が一層深くなったように見えた。


「ふざけるな! 貴様のせいで我々は、最早皆殺しにされる他なくなった!」


 強く柱を打った拳と剣幕に、辺りが静まり返る。

 それが切っ掛けとなったのだろう。周りを囲んでいた間抜け面共も敵意のようなものをこちらへ向けてきた。

 これでも最初はちゃんと堪えていたのだ。だが、無駄に眉間を寄せた奴らの顔が並んでいるのを見渡せば、どうしても耐えられなくて噴き出してしまった。


「アッヒャッヒャッヒャッ! あぁんだけ啖呵切っといて、今更ビビってんのかよ! くっだらねぇ漫才だなァオイ!」


「下らない……? 下らないだと、貴様!?」


 しわがれた手に胸倉を掴まれる。

 ああ、働いていた奴の手だ。元は力もそれなりにあったのだろうが、今の細さで俺を揺すれるはずもない。

 それでも、ギラギラと怒りに燃える瞳は往年のままと言った所か。髭面の口からゴォと気炎を吐いた。


「貴様には分かるまい! ここに暮らす誰もの命が、ただ一時の蛮行によって潰えようとしていることなど――!」


 下らない。本当に下らない。

 俺の眼は冷え切っていたことだろう。こいつは何を言っているのだと。

 殴るほどの価値もない。後ろで眺めているだけの男どももだ。道具で威嚇しているつもりなのだろうが、それだけならカカシと何が違う。

 これ以上、何を聞く気にもならない。全員突き飛ばして帰ればいいか、と考えを巡らせ始めた矢先。


「おじいちゃん、止めて!」


 クラッカの腰に跳びつく影があった。


「え、エルツ……お前、何故ここに?」


「お兄ちゃんは、攫われそうになった僕を助けようとしてくれた。僕らの勘違いで怪我したのに、あいつらをやっつけてくれたんだよ。それなのに……」


 ガキというのは凄いものだ。ついさっきまで、いつ爆発するかと思える程渦巻いていた怒りの感情が瞬く間に霧散していく。

 ただ、あまりにも良すぎるタイミングにチラと部屋の奥へ視線を送れば、青い瞳がパチリとウインクを返してきた。

 この場を支配している奴が誰なのか。分かった気がする。

 深いスリットの走る独特な衣装を翻しながら、サテン・キオンは立ち上がると、コホンなんてわざとらしい咳ばらいを拳へ落とした。


「ミスタークラッカ。既に事態は動き始めています。状況を改善したいなら、我々に必要なのは無益な責任の押し付け合いではなく、建設的な対話かと思いますが」


「対話、だと……?」


「少なくとも、私にはその用意があります。ね?」


 同意を求めるような視線に、男たちは揃って口を噤む。その中には当然俺も含まれた。

 唯一クラッカだけは何か悩んでいるようだったが、それも束の間。エルツに袖を引かれると、諦めた様に大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「……分かった。だが、どうするつもりだ。そこの輩が言うには、かの賊共は10機ものスチーマンを抱えた大所帯。我々では到底太刀打ちできん」


 顎で指し示された相手は、通路の奥で伸びている線の細い男だ。

 そういえば兄貴とか呼ばれていたような覚えがある。多分だが、顔役として動き回っていたのだろう。脅しのつもりか知らないが、数まで吐き散らすのはどうかと思うが。


「10機かぁ……ヒュージ君はどう思う?」


「ンンンンンンン、無理ィ」


 わざとらしく掌を向けてくるサテン・キオンに対し、俺は舌を出しながら指で小さくバツを作る。

 聞くまでもないだろう。オールドディガーは無敵の勇者様ではないのだ。どれだけ修理や改造を施して、最新の中型機より高いパワーを有しているといっても、十倍の戦力差をひっくり返せるような能力など望むべくもない。

 何より、俺の仕事はダウザーだ。軍人でも傭兵でも喧嘩屋でもない。武装がないとは言わないが、どれも緊急時用の気休め程度。飛び道具に至っては、作業用のワイヤー射出機くらいである。


「その無理は、1機も倒せないってこと?」


 収まったはずの血管が、額で脈打った気がする。

 やれやれと肩を竦めるサテン・キオン。乗せられてはいけない。このわざとらしい言い方、絶対わざと挑発している。

 アンガー、アンガーナントカ。確か6秒耐えれば怒りは収まるとか誰かが言っていた気がする。俺だって獣ではないのだから、それくらい。


「うーん、この間マテリアを倒したのもマグレかぁ。戦えない人に、無理にやれなんて私言えないしなー」


「あぁん!? バカ言うんじゃねぇよ! 死ぬ気でなら3つは道連れにしてやらぁ!」


 叫びながら詰め寄って、我に返った。

 目の前にあるのは満足そうなしたり顔。それも、細い指にとんと胸を押し返される。


「それでも半分以上が残るね。ミスタークラッカ、そちらの武器を教えてくださいますか。最初は賊と渡り合おうとしていたようですし、全くない訳ではないでしょう?」


「武器らしい武器は古いライフル銃くらいだ。後は、大昔に使われていた発破用のダイナマイトがいくらか残っているが」


 もしかするとこの爺さん、本気で阿呆なのかもしれない。それっぽっちの装備しかないのにあんな罠を仕掛けて、失敗したらどうするつもりだったのか。それこそ、賊連中を全員誘い込んで自爆するくらいしかなくなるだろうに。

 否、今だって状況はそう変わらない。ダイナマイトとライフルだけで、二桁を数えるスチーマン相手に何ができるというのだろう。


「ダイナマイト……ふぅん?」


 視線を落としてみれば、雇い主様は何やら拳で口を隠していた。尤も、それは野人質に対してであり、隣に居る俺には三日月型に開かれた口元がハッキリと見えていたのだが。


「お前……めちゃくちゃ悪ぃ顔してない?」


「ふふふっ、ちょっと楽しそうだなって」


「何を考えているか知らんが、複数のスチーマン相手に戦える程の数はないぞ。そもそも、動き回る機体に当てることなど至難の業だ」


 クラッカが訝しむのは当然だろう。普段の飄々とした雰囲気に混ざって、何か毒のありそうな気配を漂わせているのだから。

 それも柔和な笑みで明るく拭い去ると、彼女は野人たちの方へと歩み寄った。


「もちろん理解していますよ。そしてその仰られようだと、貴方はダイナマイトを扱う術をご存じだと、そう考えてよろしいですか?」


「ん……ああ。若い頃はこのブラックブリッジで、最後まで残った技術継承炭鉱の職員をしていたからな。それが?」


「わぁ、それはいいことを伺いました!」


 パンと手を叩くサテン・キオン。無邪気に振舞っていても、さっきまでの姿を見ていればそれが芝居に過ぎないことは誰にでもわかるだろう。

 ただでさえこいつは顔がいいのだ。それに釣られて、最初はどこか興味深げに人垣の奥から覗いていた若い男も、今では劇物を避けるかのように顔を引き攣らせている。俺も付き合いが長い訳じゃないから断言はできないが、多分お前の勘は正しいぞ。

 同時に、俺は元の仕事のこともあって、妙な明るさには少々どころではなく引っかかる。


「でしたら是非、色々と教えていただきたいことがあるのですけれど」


「なぁ、先に聞いとくがそれ、今回の作戦の話だよな? 俺たちの仕事じゃなくて」


「信用無いなぁ。ブラックブリッジの全体図についてだよ。作戦に関係のある、ね?」


 とんでもなく胡散臭い。顔がいいから余計にそう思ってしまうのかもしれないが。



 ■



 古い構内図が広げられた机を前に、野人の長老。ドーフォン・クラッカは不精髭をゴリリと撫でて唸った。


「――成程な。元鉱員としてはとんでもない話だが、やってやれんことはない、か」


 その反応に、サテン・キオンは絵にかいたような営業スマイルを返す。


「どうでしょう?」


 机を囲む野人たちからは、僅かなどよめきすら起らなかった。

 誰もが何をするかを理解している。その結果に希望を抱いている。そんな空気。

 ほんの僅かな時間だけで、彼女は容易く野人たちを呑み込んだ。エルツの声で霞んでいた僅かな警戒心すら影を潜め、今や俺にも分かるくらい男たちが若い女の策に乗ろうとしている。


「今更是非もあるまい。エルツ、年寄りたちを集めてくれ」


「う、うん」


「第一班は坑道の準備、第二班は荷物の輸送、第三班は罐の管理に努めろ。時間はないぞ」


 採決は下った。

 エルツを含めた野人たちが足早に散っていくのを尻目に、サテン・キオンは緊張をほぐすかのように軽く首を回す。


「では、私達も準備に入りますので」


「……一つ聞かせてくれんか」


 踵を返した彼女に続こうとした所、投げかけられた冷静な声に振り返る。

 机に手をついたまま、クラッカはこちらを見つめていた。つい数十分前の怒声が嘘であったかのような雰囲気で。


「君らは何故こちらに味方する。君らだけなら逃げ出すことも難しくないだろう。それに、我々の間にある印象は最悪だったはずだ」


 サテン・キオンが俺を見る。それに応じて肩を竦める。


「私はここに用がありますから、荒らされたりするのは困るんですよ」


「ヒュージ・ブローデン、君はどうだ。彼女の意志と切り離した、君個人としてだ」


「あぁん? ンなもん、テメェらより糞共のがなお気に食わねぇって以外何がある?」


 回りくどい言い方だと笑いながら、今度こそクラッカの爺さんに背を向ける。

 その理由すら酷く単純な物だ。察せないようだから、わざと言葉に出してやろう。それも軽く手を振りながら。


「精々、エルツに感謝しとけよ」


「……信じよう。今更かも知れんが、すまなかった。それと、どうかよろしく頼む」


 歩き出した俺の隣で、サテン・キオンが小さく頭を下げた。ということは多分、長老様とやらも頭を下げていたのだろう。

 人の顔面に丸太をぶつけたことを許したつもりはない。だが、感情はともかく俺はポリシーに従う。それだけのこと。

 暗い坑道の中を、教えられた通りに進む間、隣を歩く雇い主様は何かを考えているようだった。下手に話しかけるとうるさくなりそうなので、何をとは聞かないが。

 沈黙のままやけに重厚な扉を開ければ、想像よりしっかりしたタンク室が現れた。


「ヒュゥ、間欠泉もなしに大したもんだな。圧力もきっちり詰まってやがる」


 確か成型炭塵と言ったか。野人たちが言うには、炭鉱の中に残っている石炭の微細な塵を集めて、燃料にしているとかなんとか。

 都市に持ち込めば、僅かな数でも中々いい値段になるだろう。レイルギャングが裏で流通させたがるのもわかる。

 だが、野人たちが暮らすために使うのでもギリギリというのだから、生産効率は極めて悪いのだろう。でなければ、新しい燃料資源を求める国が放っておくはずもない。

 その成果物を、今回はありがたく使わせてもらうとしよう。早速と蒸気タンクのバルブを閉じ、レンチをくれとサテン・キオンの方へ手を出せば。


「ホント、見かけによらないよね、君って」


 工具のついでに妙な言葉がついてきた。


「何がだ」


「私とは泣いたのを気にして契約してくれて、さっきもエルツのことは人質にしなかった。女性とか子どもには優しいんだって思ってさ」


「言ったろォ。全部ポリシーの話さ」


 補給用に繋がれていた配管に工具をかけ、接続部のボルトを緩めていく。


「自分と対等以上の相手としか喧嘩はしない、だっけ。理由を聞いてもいい?」


「あぁん? なァんだってそんなクソの役にも立たねぇ話をテメェにしなきゃならねぇんだァ?」


「うーん……仕事の相棒に対する興味、じゃダメ?」


 少し引っ張られていた配管はゴンと音を立てて切り離され、フリーとなった蒸気タンクを持ち上げる。

 それを置いてあった台車まで担いでいき、衝撃を与えないよう静かに下ろした所で、俺は小さく息を吐いた。


「――ガキの頃の話だ。俺ぁ親ってのが居なくてよ。マンホールの中かゴミ箱の横を寝床にしながら、そこらを歩く奴から食い物を盗んで生きてた」

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