「坑道っつったってなァ」
乾いた土の上を、オールドディガーはゆっくりと進む。
だが、辺り一面は見渡す限りのアリジゴク。掘り返された地面ばかりが顔を覗かせる中、俺は早くも欠伸を噛み殺さねばならなかった。
「ホントに残ってんのかァ? 作られたのぁ燃料戦争より前なんだろ?」
「分からないから探すんだよ。全部全部ね」
背後から聞こえる妙にポジティブな言葉に、ふぅんと気のない返事を鼻から伸ばす。
自分のように堪え性の無い奴より、こいつの方が余程ダウザーに向いているのではないだろうか。それで当たりを引けるかはともかくとして。
「だが、目に頼ってばっかじゃ終わりが見えねぇぜ」
そろそろ昨日の探知範囲は出ただろうと当たりをつけて、俺は再びスチームパイルを地面へ叩き込む。
――チッ、やっぱり殴り合いで使うのは頂けねぇな。圧力消費が早ぇわ。
マテリアへの対抗策として、一応は有効であるスチームパイルだが、あくまで緊急時には武器としても使える、という程度。
高温高圧を突き刺した内側から噴出するブラストは強力であるものの、緊急対応だから圧力効率なんて考えられておらず、全くもって経済的では無い。
愚痴を吐いたところで圧力が戻る訳でもないが、予想より遥かに早く低下していくメーターを見るのは嫌になる。
「どう?」
ガァンと鳴ったスライドハンマーの音に、何かが肩へと触れた気がする。多分、サテン・キオンの長髪だろう。
計器を覗き込むのは構わないが、もう少し距離感を大事にしてもらいたい。仮に俺が人畜無害に映っているなら、こんな仕事に金を払ってないで眼医者に行け。
「……地盤がスッカスカってくらいだナ」
オシロスコープが示す波形は、多少すが入った地質を示すのみ。重機の通り道には気を付けろ、と警告されているようなものだ。
できることなら、今すぐにでも帰りたい。だが、それでこの変人雇い主が納得するはずもなく、後ろの座席から身を乗り出した彼女は、波形の一部を指さした。
「ここ、怪しくないかな」
今にも触れそうな体をどうにかこうにか避けながら、整えられた爪の先を睨む。
「あぁん? 俺にゃサッパリ違いが分からねぇけど?」
「違和感って大事だよ。行ってみよう」
有無を言わさぬ口調に、仕方なく再びオールドディガーを歩かせる。
サテン・キオンには何が見えているのだろう。
都市外労働者にあるのは経験と勘だけだ。都市上層の学校で学んだような賢い奴の頭の中なんて、俺には到底想像もつかない。
どちらがより優れているかなんて興味はないが、結果は確実に現れる。これで何もなかったら、ただの当てずっぽうだと笑えば済む話。
だったのだが。
「……ホントに出てくるなんてなァ」
開いたコックピットハッチにもたれながら呟く。賭けは俺の負けだった。
一見すると、露天掘り地形からほんの僅かに外れた場所にあるただの平地に過ぎない。周りにあるものも、僅かばかりの廃墟の瓦礫くらいで目を引くこともなかった。
しかし、サテン・キオンは先にも言っていた通り、違和感に対して敏感なのだろう。オールドディガーを止めるや否や、俺を押しのけて外へ出ると、瓦礫の中にぽっかりと開いた口を見つけ出した。
「よぉ、なんで分かったんだァ?」
「足元の鉄板だよ。多分それ、塞がれた立坑の開口部なんだ」
言われてオールドディガーから降りてみれば、確かに砂から何かしらの金属が覗いている。
「マジかよ。ただの瓦礫じゃねぇのかコレ」
「あとそっちにも基礎が埋まってるでしょ? 元々は昇降機用の櫓が設置されてたんじゃないかな」
「……こォんなコンクリの残骸だけで、そこまで分かんのかよ」
感嘆の息が漏れる。ある種、常識がひっくり返ったと言ってもいい。
都市外労働者でもたまに学がある奴は見かける。だが、そういう奴は頭で考えられても手が動かせない間抜けばかりで、外で働くなら学より経験だと誰もが口を揃えていた。
だが、そいつはどうやら迷信だったらしい。これでも12歳の頃から仕事を始めて10年以上になるが、目利きに関しては最早全く敵う気がしないのだから。
「よっ――と。こっちが入口みたい、だけど」
躊躇いなく進むのかと思って振り返れば、意外にもサテン・キオンは木の板を持ち上げたまま固まっていた。
「なんだァ?」
「……ううん、なんでもないよ。中を調べてみよう」
立ち止まったのは奇跡だったのかもしれない。今度こそ躊躇いなく踏み出した彼女の首根っこを、俺は慌てて掴まえなければならなかった。
「むぐっ」
「いきなり生身で突入って正気かヨ。こういう古い穴っつったら、ガスだのなんだの出ててヤバいんだぜ?」
「けほっ……あぁうん、よく知ってるね。でも安心してよ。酸素濃度計と有毒ガス検知器なら、ちゃんと自分用のを持ってきてるからさ」
軽く咳き込みながらも、サテン・キオンはポーチから2つの機械を取りだした。
どちらも外では誰でも持っているような類の道具ではある。尤も、こんなに小型で綺麗な見た目のモデルは初めて見たが。
「そりゃまぁ、無いと困るんだがよ」
「んん? もしかしてヒュージ君、怖い?」
額に青筋が走ったのが、自分でもよくわかる。
何せあまりにも真顔で、しかも真っ直ぐこっちを見ながら言いやがったのだ。
それだけならまだいい。だが挙句の果てには。
「だったらここで待っててくれてもいいけど」
「んな訳ねぇだろがあ゛ぁ゛ん!? テメェ俺を誰だと思ってやがるぅ!?」
手近に蹴っ飛ばせそうなものがなくてよかった。あったら間違いなく遥か彼方まで吹き飛ばしている。
俺だって人間だ。怖いものがない訳では無い。だが、今まで都市の外で働いたこともなさそうな細身の女を前に、何が怖いなどと言えよう。
そんなこと、死んでもプライドが許さない。たとえ乗せられていたとしても、俺は絶対に背を向けられない。
「決まりだね――って、あれ? 潜らないの?」
「いいかァ! 俺が戻るまでそこを動くんじゃねぇぞ! 絶対だからな!」
捨て台詞のように吐き散らしつつ、俺は再びオールドディガーのコックピットへとよじ登った。
頭が蒸気圧を出せそうなほど加熱していてもなお、体に染み付いた経験が外での手順を守らせる。
都市の外には法律の目なんてほとんど届かない。だから都市外労働者は、自らの商売道具を無造作に放置してはいけないのだ。
軽く辺りを見回せば、そう遠くない場所にうずたかく積み上がった瓦礫の山があった。
その中へ紛れさせるように、俺はオールドディガーを寝転ばせる。後はボディの上に鉄骨あたりを軽くトッピングすれば完成だ。
「まぁこんなもんか」
コックピットを降りて遠巻きに眺め、景色と一体化した愛機にうんうんと頷く。我ながらいい出来だ。
「もしかしてだけど、オールドディガーがこういう色合いなのって、廃材に擬態させるため?」
気付かない内に、サテン・キオンがすぐ後ろに立っていた。
「いんや? ジジイが錆止め塗装しかしてなかったから、面倒くせぇしそのまんま使ってるだけだけどォ?」
「ふぅん? じゃあ、もうちょっと可愛い色とか、明るい色とかにしてみない? この子、結構に合いそうだよね」
「全塗装にかかるお値段の話するゥ?」
「そっちが本当の理由だったかー……」
なんとも世知辛い話であろう。
苦笑するサテン・キオンに対し、俺の顔面が丸めた紙屑みたいになるのもむべなるかな。