膝をついたオールドディガーの、背面に備えられたタラップをよじ登り、辿り着いたのは背負子の底に置かれたコンテナである。
他のガラクタと違い、背負子のフレームにガッチリと固定されたそいつに潜り込んで照明を点ければ、サテン・キオンがわぁと驚きの声を上げた。
「驚いたな。まさかコンテナが部屋になってるなんて。わっ、意外とフカフカ……いいベッド使ってるね」
フン、と小さく鼻を鳴らす。
ここは国に住所を持たない俺の家なのだ。多少いいベッドくらい置いたって罰は当たらないだろう。とはいえ、固定されている僅かな家具の大半は、貰い物か拾い物か、でなければスクラップを繋ぎ合わせて自作した物で、市民様からすればゴミ山に毛が生えた程度の質だろうが。
「そいつァ俺の寝床だ。いいか、物には勝手に触んなよ。それさえ守るなら、好きな場所で寝りゃいい」
俺の体に合わせた大きなベッドに横になる。
ゴミゴミした空間ではあるが、ソファもあるし寝床には困らないだろう。都市の外なら悪くないサービスのはず。それこそ女子どもでなければ、有無を言わさず外で寝ろで終わっていた話なのだから。
「んー……相談いいかな?」
と、思ったのに、如何にも面倒臭そうな雰囲気の声が寝転がった背中に届く。
「あぁん?」
「ねっ? もう少し積むから、そのベッド貸してくれない? 私、寝心地って大切だと思うんだ」
沈黙。
俺はもしかすると、とんでもない奴を大事な家に招いたのではないだろうか。
自分が市民様のようにお上品だと思ったことはないが、それでいてなお、厚かましいと思わせてくれるなんて考えもしなかった。
うっそりと半身だけ起こす。予想外なことを言われたせいか、勝手に変な笑いが出た。
「ずーいぶんと気が合うじゃないのォ。俺の言いたいこと分かるよなァ?」
「お願いッ! ほら、女の子に優しくすると思ってさ!」
パチンと掌を合わせるサテン・キオン。それが何処の国のどういう礼儀なのか知らないが、少し溜めてから頭の上で大きくバツを作った。
「ンンンンン拒否するゥ。って訳で、いい夢見ろよォ」
「あっ、ズルい! ちょっとくらい貸してくれてもいいじゃないのさー、ねーえー」
「きこえなーいきこえなーい」
後ろから身体を押したり引いたりされるも、あんな細身で俺様の立派なボディが揺らぐはずもない。
暫く寝たふりをしていたら、如何に変な女とて諦めたのだろう。軽い足音はようやくのこと遠のいていった。
■
都市外労働者の朝は早い。
というか、夜は明かりが無さ過ぎて作業ができないから、陽が落ちたら寝るし陽が上がると同時に働き始めるのが普通なのだ。その中において誰かとチームを組んでいない自分は、かなり自由で無精な方だと思う。
だから周囲が明るくなって暫し。可愛い鳥のさえずりが騒がしくなる頃に目を覚ますものと思っていた訳だが。
「すぴー……くかー」
見慣れた天井と馴染みのない温もり。足すこと胸板にかかるちょっとした重さ。気持ちよさそうな寝息のサービス付き。
「……こりゃどういう状況だよ」
ゆっくり頭だけを持ち上げてみる。
見えたのは黒い毛玉とつむじ。ほんのり鼻をつく爽やかな香り。
欲求不満が溢れ出した夢であったとしてもここまでリアルなことはないだろう。一旦枕に頭を戻し、大きく息を吐く。
「ガッデぇぇぇぇム!」
全身に力を込めて勢いよく立ち上がる。自分が投石器になった気持ちで。
ベッドのスプリングが激しく軋みを上げ、それから程なく床から石をぶつけたような音が響き渡った。
「痛いッ! えっ、何々!?」
突然夢の世界から引き揚げられたサテン・キオンは、寝ぼけ眼のままキョロキョロと周りを見渡す。
その顔にランプ越しの影が落ちる。
「聞きてぇのはこっちだぜェお姫様よ。なんだってテメェが俺様のシーツになってんだァ?」
気持ちよさそうに涎まで垂らして寝ていたのだ。どういう理屈かくらいはハッキリしてもらいたいものである。
が、彼女は何を思ったか暫く自分の恰好とベッドとソファとを見比べると。
「……やん、大胆」
なんて言って胸元を隠しながら腰を捻った。
あと一気圧でも高かったら額から血を吹いていたかもしれない。それを硬く拳を握りしめるだけで耐えたのだ。褒めよう、流石は俺様の血管。
「キッヒヒ! 面白れぇこと言うなァ! その素敵なオツムに拳でオハヨウゴザイマスした方いいかァ?」
「待って待って! 冗談だから! 暴力反対!」
ブンブンと両手を振ってみせた彼女に、それでも一発ぶん殴っておいた方がこいつの為ではないかとさえ思ったが、どうにかこうにか拳をしまい込む。
散らかったシーツを整えなおしたベッドに、ゆっくりと腰を下ろす。その正面にサテン・キオンが正座したのは、俺がブロー寸前であることを悟ってだろう。
その姿勢を尊重し、最低限話くらいは聞いてやろうではないか。
「で?」
「わざとじゃないんだってばー。寝た時はちゃんとあっちのソファに居たんだよ?」
「普通に考えて、寝ながらベッドよじ登るかァ? どんな寝相してんだテメェは」
寝ている間に動き回る病気です、と言われた方がまだ納得できる。どこで聞いたのだったか忘れたが、そういうのもあるらしいし。
「うーん、夜中におトイレ行って戻ってきた時かなぁ。私、眠たいとあったかいところ目指しちゃう癖みたいなのがあるみたいなんだよね」
「女としての危機感をかーちゃんの腹ン中に忘れてきたのかテメェは」
あはは、なんて照れた様子で後ろ頭を掻くサテン・キオンに、がっくりと首が落ちた。
もう今更ではあるが、なんで俺の方がまともなことを言ってるんだ。そういう性質じゃないんだぞ。
ただでさえ、この女は顔がいい。背丈は平均的だが、腰の位置は高いしバランスという意味ではスタイルだって悪くない。
それがアウトローに生きる男の寝床に潜り込むことの意味を、こいつは本当に理解しているのだろうか。
「私のこと心配してくれるんだ?」
「お前今日から外で寝ろヨ」
訂正する。こいつは絶対分かってない。でなければ分かっていてやっている痴女だ。
正座したままの首根っこを、猫のように摘まみ上げれば、ようやく事態を察したようでわーわーと手足をバタつかせた。
「ごめんごめん、冗談だって! それにほら、ヒュージ君の上、あったかかったし寝心地よかったよ」
「おま――だからそういう事を」
「信頼の証だと思ってくれると嬉しいな。ねっ?」
ねだるようなウインクを1つ。
グッと腹の奥に力が籠った。
「……次に潜り込んだら、コンテナから放り出すからナ」
これだから、女は嫌なんだ。