■魔法都市ルミナエア アイゼン家
鉱山都市イーヴェリヒトで起きたスタンピード事件から10日ほどたっていた。
オレはアイゼン家の当主である父上の部屋で椅子に座り、体を固くして待つ。
父上に静かに見られながら、どれだけ沈黙の時間が続いたのかわからなかった。
ほんの少しだったようにも思えるし、かなり長い間のようにも思える。
ただ、確かなのはオレの状況は
「フレデリック」
「はい、父上……」
沈黙を父上が破る。
いつも優しく語りかけてくる声色ではなく、冷たく鋭いものだ。
あの5年ほど前に
「報告を受けた内容に間違いはないのだな?」
父上が羊皮紙の束をまとめて執務机に置き、大きなため息をついた。
羊皮紙の束は報告書であり、それを書いたのは今回、オレと同行していたエリオット教授である。
「はい、間違いありません」
オレはあの場所で起きたことを思い返しながら、答えた。
◇ ◇ ◇
オレは火竜が暴れて、上の階層へと去ったあとでエリオット教授と合流し、スタンピードの波を避けて避難していた。
溶岩階層より上の結晶洞窟階層の一角へ向かう際に冒険者ギルドで雇ったポーター二人が死ぬ。
結晶スライムに不意打ちされて溶かされていくのをオレは見ることしかできなかった。
テントなどの道具がなくなり、回復もポーターが持っていたポーション頼みだったので、回復手段も食料もなく俺達4人は結晶洞窟の奥で救助を待つ。
「どうしてこんなことに……早くおうちに帰りたい……」
体育座りをしていたセシリア先輩が涙を流しながら、呟いた。
こんなことの原因がオレだとは言い出せない。
「大丈夫です、皆さんは僕が守りますから」
オレが俯いているのを後悔ではなく不安と思ったのかエリオット教授が優しくオレらの頭を撫でていった。
◇ ◇ ◇
「そうか……それでローレライ公爵家からいただいた指輪も壊してしまったと……」
「はい……しかし、父上!」
「言い訳は聞かん!」
オレが反論しようと立ち上がるのを執務机を強くたたく音が止めた。
父上の顔は怒りで暴れたくなるのを必死に抑えているように見える。
ギリリと握った拳に血管が浮かび、歯ぎしりの音さえ聞こえてくるようだ。
オレは何も言えず、椅子に座り直す。
「お前には期待していたんだがな……5年でこうも変わってしまうとは……ジュリアンを放逐したのは間違いだったか……」
最後のぼそりとつぶやいた言葉をオレは聞き逃さなかった。
兄貴を見直すことが増えてきている。
どうして、魔力量8のゴミのような兄貴がこうまでもてはやされているのか、オレにはわからなかった。
結晶階層で、伝説の魔法使いミリアム・ブラックウッドに助けられた時も彼女はジュリアンに期待するような様子を見せている。
腹立たしさがなおさら膨れ上がってきた。
「フレデリック! この後、ローレライ家に謝罪に行くぞ。どういう経緯であれ、いただいた指輪を壊してしまったのは事実。その責任を貴族の一員としてとる覚悟をせよ」
「かしこまりました、父上……」
オレに足りないものはなんだ、あの兄貴にあってオレにないものは……父上の命に従いながらもオレはより一層、兄貴への黒い感情を膨らませていく。
その黒い炎はもう簡単には消せないほど燃え上がってきていた。